111 クマさん、従業員ゲットする
トンネルを抜けると、木が伐採され、遠くに蒼い海が見えた。こちら側のトンネル付近の伐採は終わり、平地が広がっている。その中に、建物が一軒建っている。
「あれが海?」
「うみ?」
二人は遠くに見える蒼い海を見ている。
天気も良く、晴れ渡っている。
晴れていて良かった。初めて見る海が、空がどんより黒く、雨が降り、風が強く、波は荒れ狂った海だったら、トラウマになるかもしれない。
三人で綺麗な海を見ていると、声をかけられた。
「クマの嬢ちゃんか?」
声がする方を見ると、建物がある方から男性が歩いてくる。
「えーと」
見覚えはありません。
「ミリーラの町のもんだ。いきなり、トンネルから出てくるから驚いたぞ」
「お久しぶりです?」
首を傾げる。
「俺が一方的に知っているだけだ。だから、気にしないでいいぞ。それで、どうしたんだ」
「この子たちに海を見せにね」
「海を見せにか? 海なんか、見て楽しいか? クリモニアの領主様も言っていたが、わざわざ、遠くから海なんか見に来るのか? 俺には分からんな」
「それは毎日海を見ているからですよ。海を見たことがない人には、感動する景色ですよ」
「そんなものか」
男性は納得してない感じだ。
綺麗な景色でも、毎日見れば飽きるのかな。
「二人とも、海はどう」
「はい、凄いです!」
「きれいです」
「そうか。そう、言ってもらえると、俺が褒められているようで、嬉しいな。ありがとうな」
男性と別れ、ゆっくりと町に向けて出発する。
フィナとシュリの二人はずっとクマの上から海を眺めている。
「少し、寄っていこうか」
くまゆるたちを砂浜がある方へ進ませる。
砂浜に来ると二人はくまゆるから降りて、海に向かう。
「大きい」
「これ、全部水ですか?」
「塩水だね」
「塩ですか!」
二人はゆっくりと海に近づく。
「濡れないように気をつけてね」
小さな波が二人を襲う。
ギリギリのところまで来ると、波を手で触れる。
「冷たい」
二人は手に触れた海水を舐める。
「本当にしょっぱいです」
「お姉ちゃん、しょっぱい」
二人が舌を出しながら戻ってくるので、クマボックスから口直しに水を出してあげる。二人は水を飲むと、また海に向かう。
このまま遊んでいると、日が沈んでしまうので、二人を呼び寄せる。
「それじゃ、遅くなる前に町に行くよ」
二人は返事をして戻ってくる。
わたしたちはくまゆるとくまきゅうに乗り、町を目指す。
クリモニアの街があるトンネル側同様、ミリーラの町の方も開拓は進んでいる。町までの森林は伐採され、整地もされている。所々に木材が山積みされている。あの材木を使って、建物でも作るのかな?
さらに進むと見覚えがある壁が見えてくる。
壁が見えてくるってことは、必然的に中にある物も見えるようになる。
「ユナお姉ちゃん……」
「なに?」
「もしかして、ユナお姉ちゃんのおうちですか?」
壁の中に建つ、クマの建物を見てフィナが問いかける。
「大きなクマさんです」
シュリがクマハウスを見て喜んでいる。
「よく分かったね」
当たったから褒めてあげたら、ジト目で見られた。
「ユナ姉ちゃん、クマさんの家で泊まるの?」
「それでもいいけど、美味しい食事を出してくれる宿屋があるから、今日はそっちに泊まるつもりだよ」
ミリーラの町に到着する。
くまゆるたちは手袋の中に戻し、門番のところに行く。
門番は一瞬、驚いた顔をするが中に入れてくれる。
町の中を歩いていると、あっちこっちから挨拶が飛んでくる。
「ユナお姉ちゃん、大人気です」
「ユナ姉ちゃん、すごい」
恥ずかしいので、早くデーガさんの宿屋に向かう。
宿屋に入ると、相変わらずのガラガラの宿屋。
海も街道も通れるんだから、人がいてもいいはずなんだけど。
「いらっしゃいませ。お泊まりですか……ユナさん!」
「お久しぶり」
宿屋の一階にいたアンズがわたしを見て驚く。
「ユナさん、どうしたんですか?」
「この子たちに海を見せにと、欲しい食材を手に入れにかな?」
わたしは後ろにいる二人を紹介する。
「フィナです」
「シュリです」
二人は小さく頭を下げる。
「可愛い子たちね」
「それで、わたしたち泊まりに来たんだけど、大丈夫?」
「うーん、ユナさんも知っていると思うけど、トンネル付近の開発のために、クリモニアから多くの人がお手伝いに来てくれているの。それで、部屋は満室の状態なの。ユナさんにはお世話になったから、どうにかしてあげたいんだけど」
「そうなの?」
ガラガラだと思ったけど、みんな仕事に行っているだけだったんだね。
「でも、ユナさん、うちに泊まらなくても、あのクマの家があるんじゃ」
「この子たちにデーガさんの美味しい料理を食べてもらおうと思ったの」
「なら、食事だけでも食べていってください。お父さんに言ってきますから」
夕飯には少し早い時間帯だけど、食べるには問題はない。
「二人とも、少し早いけど、食べれる?」
「大丈夫です」
「食べれるよ」
「それじゃ、お願い」
その言葉を聞くと、アンズはデーガさんがいるキッチンに向かう。すると、キッチンから大きな声が聞こえた。
「本当か!」
デーガさんの声がキッチンからしたと思ったら、大きな足音をたてながらやってくる。
「デーガさん、お久しぶり」
「おお、よく来たな」
「デーガさんの料理を食べに来たよ」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。それで、そっちの子たちは?」
「わたしの命の恩人のフィナとその妹のシュリ」
「ユナお姉ちゃん! その紹介は止めてって、前に言ったよね」
「ごめん、ごめん。でも、本当のことでしょう」
「わたしが、命を救われたのに」
「とりあえず、自己紹介をして」
「フィナです。ユナお姉ちゃんに命を救われました」
「妹のシュリです」
二人は頭を下げる。
「俺はデーガ。この宿屋の主人だ」
「それで、お父さん。ユナさんに食事の準備をしてくれないかな。泊まりに来たんだけど、部屋がないから、せめてお父さんの料理だけでもと思って」
「そうか、満室か。それはすまないな」
デーガさんは悪くもないのに謝罪する。
「泊まるところならあるから、気にしないで大丈夫だよ」
「その代わり、美味しい料理を作ってやるから、座って待っててくれ」
「お父さん、わたしも手伝うよ」
「おまえは嬢ちゃんに話すことがあるだろう。自分でしっかり、話すんだぞ」
デーガさんはアンズをおいてキッチンに向かってしまう。
アンズがわたしに話がある件は一つしかない。
「あのね。ユナさん」
「なに?」
「こないだのお店の件だけど。本当なんだよね」
「うん、冗談でも、嘘でもないよ」
「わたし、引き受けようと思う。だから、ユナさん、迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくお願いします」
頭を下げるアンズ。
「こちらこそ、よろしくね」
「はい!」
嬉しそうに返事をする。
「それで、ユナさん。クリモニアに行くのに一つお願いがあるんですが」
言い難そうに目線を下げる。
「なに? できることなら聞くけど」
「ユナさん。盗賊に捕まっていた女性たちのことを覚えていますか?」
覚えている。救いだしたあと、言葉一つかけることができなかった。親族を殺され、愛する者を失い。さらに自分たちも酷い目に遭った女性たち。
「その女性たちもお店で一緒に働いてもらうことはできませんか。わたし一人じゃ大変だし。みんな、この町で育っていますから、魚も捌けるから、お店のお手伝いもできます。それにわたしも一人で行くよりも、知り合いがいた方が嬉しいし……」
だんだんと声が小さくなってくる。
自分が無理なことを言っていると思っているのだろう。
従業員を一人と、プラスαでは賃金の件や、いろいろと問題が出てくる。親が宿屋経営をしているから分かるんだろう。
でも、そんな小さいことを気にするわたしではない。
「でも、どうして?」
「ユナさんも知っていると思いますが、みんな、家族を失っています。この町に暮らしていても悲しいことを思い出してしまいます。だから、この町を出ていきたいと思っても、他の街に行く知り合いも、お金も、仕事もありません。それで、わたしがクリモニアの街に行くことが知られて、頼まれたんです」
そんな理由があるなら、断る理由はない。
「いいよ。何人いるの?」
「いいんですか!?」
「いいよ。わたしも、アンズ一人だけじゃ大変だと思っていたし。もちろん、手伝いは付けるつもりだったけど。魚介類についてなにも知らないから、一から教えることになる。そうすると、アンズに負担がかかると思っていたから、魚を捌ける人が来てもらえるなら、わたしも助かるよ」
「ありがとうございます。人数は6人です」
「6人ね」
意外と多い。
それなら、料理教室もできるかな。
「多いですか?」
「大丈夫よ。ただ、もしかすると違う仕事をしてもらうかもしれないけど」
「違う仕事ですか?」
「アンズに料理の責任者になってもらうつもりだけど。だから、別の人にお金の管理、食材の管理をしてもらうつもり。一人じゃ大変でしょう」
「そうですね。お金の管理や仕入れの仕事があるんですよね。お金はお父さんが、食材はお兄ちゃんが捕ってきた魚を、調理してましたけど、これからは自分でやらないといけないんですね」
「もちろん、始めは手伝うけど、最終的にはアンズたちでやってほしいから。まあ、クリモニアには仕入れのプロがいるから、その人に聞けば大丈夫だから」
「はい」
「あと、子供好きがいれば、孤児院の面倒も見て欲しいし。もちろん、ローテーションでやってもらってもいいし。だから、そのことを了承してくれれば大丈夫よ」
「ありがとうございます。伝えておきます」
アンズは嬉しそうにお礼を言う。
それから、アンズから町の状況を聞いたりしていると、キッチンから美味しそうな匂いが漂ってくる。デーガさんが、料理を運んでくる。
「またせたな。アンズも話したみたいだな」
「娘さん、貰っていくね」
わたしが冗談で言うと、
「おお、持っていけ! ついでに調理ができる婿でも見つけてくれ」
「お、お父さん!」
アンズが真っ赤な顔をしてデーガさんを叩く。
この町に恋人はいないのかな。いたら可哀想だったけど、今の話からするといないみたいだね。