109 クマさん、エレローラさんに頼みごとをされる
「それで、ユナちゃん。わたしからもお願いがあるんだけど」
絵本の話が終わると、唐突にエレローラさんがそんなことを言う。
「なんですか?」
「ユナちゃん、暇よね」
エレローラさんが含みがある笑顔で尋ねてくる。
このような笑顔をするお願いには、ろくなお願いはない。
それに人を見て暇とは失礼にもほどがある。
だから、答えは一つ。
「いえ、忙しいです」
「そんな嘘はいけないわ。クリフがあなたが暇そうにしているって、愚痴を吐いていたんだから」
「わたし冒険者だから、仕事をしないといけないし、お店もあるし、孤児院のこともあるから」
「あら、そうなの。なら、ギルドカードの内容を見せてくれるかしら。それで依頼状況が分かるから。それと、お店と孤児院は他の人に任せているって聞いたけど」
「…………」
クリフ情報としか考えられない。
夫婦の会話なら、わたしのことじゃなくて、娘のことを話してればいいのに。
「それでお願いなんだけど」
「まだ、引き受けるって言ってないけど」
無駄と分かっても抵抗してみる。
「聞くだけ、聞いてくれるかな。ユナちゃんには学園の生徒の護衛をしてほしいの」
「生徒の護衛?」
「しばらくすると、生徒の実習訓練があるの。訓練と言ってもたいしたことはしないわ。近くの村に行って戻ってくるだけ」
「たった、それだけ?」
エレローラさんのお願いだから、もっと面倒なことだと思ったら、簡単なことだった。
「ええ、それだけよ。その護衛をしてほしいの。冒険者ギルドに依頼を出しているけど、都合がつく冒険者が集まらないのよ。一応、参加するのは良家が多いから、それなりの実力者が欲しいの」
「なら、そんな危険なことをさせなくても」
「一応、参加者は成績優秀者のみにさせてもらっているから、ある程度は自己防衛できるわ。ユナちゃんには、もしものときに守ってほしいの」
「この経験はな。街の外が危険なことを知り、軽はずみな行動、護衛の大切さを知ってもらう目的も入っている」
エレローラさんの言葉に国王が説明を入れる。
「旅の苦労、馬の管理、夜営の大変さ、魔物の怖さ、仲間との信頼、旅の護衛との信頼関係。どれでもいいから、少しでも学ぶための実習訓練なの」
「理由は分かったけど、それは学園の管轄の仕事でしょう。どうしてエレローラさんが冒険者集めをしているの?」
「あら、わたし学園の雑用係だからよ」
また、雑用係だ。前回もお城の雑用係とか言っていた記憶がある。本当にこの人、何者なんだろう。
「話は分かったけど、まだ、日にちはあるんでしょう。別にわたしじゃなくても」
「なるべく、早く確保したいのよ。それにユナちゃんが思うほど護衛に適した者はいないのよ。実力も有り、時間も有り、貴族の子供の暴言も受け流せるスキルを持っている人ね。過去に暴言を吐いた生徒がいてね。それに怒った冒険者が生徒を途中で放り出して帰ってきたことがあるの」
「その生徒は?」
「一人は魔物に殺され、一人は大怪我をして、二人はトラウマを抱えたわ」
「それじゃ、わたしダメね。わたしが暴言を吐かれたら半殺しにして、ゴブリンの巣に放り込むわよ」
中には貴族の子供も居るみたいだし、もし、クリフから聞いた孤児院のお金を横領した貴族のような子供がいたら、間違いなく見捨てる。助けることはしないと思う。
「半殺しはいいけど、わたしの娘もいるからゴブリンの巣に放り込むのは止めてね」
「シアもいるの?」
「ええ、今回の訓練に参加するわ。あの子も一応貴族の娘だからね。上に立つ者なら知らないといけないことは沢山あるわ」
「シアがいるってことは、同い年か、年上ってことでしょう。そんな子がわたしを護衛として認めてくれるの?」
護衛対象の年齢のことをすっかり忘れていた。
普通に考えれば、学生なんだから、年下は十二歳から年上は十八歳のはず。
普通に考えて、同年代では自分が優秀と思っている学生が、同年代のわたしの護衛で了承するのかな?
まして、わたしの身長は同年代の子よりも下回っている。
「そんなの、わたしの命令で黙らせるわよ」
「エレローラだけで十分だと思うが、なんなら、俺からも言ってやろうか」
国王がそんな物騒なことを言い始める。
もし、国王が教室に来るってことは、日本で言えば総理大臣が来るってことだよね。そりゃ、断ることもできないよね。
「あら、面白そうね。わたしも参加しようかしら」
王妃様までそんなことを言う始末。
「わたしもいう~」
親がそんなことを言うからフローラ様まで真似をする。
「ちゃんと、冒険者ギルドの依頼として出すから、依頼料も出るわよ」
別にお金に困っていないし。
それに、貴族って言うところが面倒臭がする。
「別に護衛は冒険者で無くてもいいじゃない。 このお城には騎士でも魔法使いでもいるでしょう。その人たちに護衛をさせれば」
「お城に働いてる騎士や魔法使いの指示に従う者は多いわ。それだと、生徒の本当の考えや行動は見えないから駄目なのよ。自分たちよりも下と見ている冒険者と一緒に行動して、どう考え、どう行動するかを知りたいの」
話を聞けば聴くほど、面倒にしか聞こえない。
「だから、ユナちゃん、お願い。ちゃんと依頼料は払うから」
「面倒そうだからお断りします」
どうやっても首を縦に振らないわたしに、エレローラさんは違う条件を取り出す。
「なら、わたしに貸し一つでどう。自分で言うのもあれだけど、わたしに貸しを付けられる人はいないわよ」
エレローラさんに貸しか。面白そうだけど、お願いするようなこと、なにも無いんだよね。
「クリフに貸しを作るよりも価値があるわよ」
領主のクリフよりも価値があるって、エレローラさん本当に何者なんですかと、問い詰めたくなる。
「わかりました。今回だけですよ」
今回の貸しで、エレローラさんの正体を聞くのもいいかもしれない。
「それで、具体的にはなにをすればいいの?」
「さっきも言ったけど、基本は生徒の身の安全をお願い。あとは生徒たちの行動の報告かな」
「報告?」
「たとえばうちの娘が、夜営の準備をサボったとか、魔物が現れたから一人で倒しに行ったとか、護衛をしてくれているユナちゃんの指示に従わなかったとか、そういうことを報告してくれればいいわ」
ようするに試験官の代わりか。
「あと、ユナちゃんに暴言を吐いたら、その報告もお願い。減点対象になるから」
「魔物が現れた場合の対処は?」
「基本は見守り、危険そうなら助けてあげて」
「生徒はどのぐらい対処できるの? ゴブリン百体ぐらい大丈夫?」
「そんなのユナちゃんしか無理よ。一体を倒せる程度よ」
そんなものですか。
今更ながらクマ装備はチートだね。
それから、エレローラさんから実習訓練の説明を受けることになった。
その間に国王と王妃様は部屋から出ていっている。
フローラ様は静かに絵本を読んでいる。
アンジュさんはわたしたちに飲み物を用意してくれる。
「それじゃ、当日に家で待っていればいいのね」
「朝、迎えに行くわ。さすがにユナちゃんの格好だと学園には入れないからね」
話も終わり、エレローラさんはフローラ様から絵本、『くまさんと少女 一巻』を借りて部屋を出ていった。
本当にエレローラさんの仕事は雑用が多いな。でも、国王とも親しいし、本当に分からない人だ。
わたしもフローラ様にお別れの挨拶をして帰ることにする。
「くまさん、ありがとう」
大事に新しい絵本を抱きかかえている。
「喜んでもらえて、嬉しいですよ。それじゃ、アンジュさん。わたしも帰りますね」
「今日はフローラ様のためにありがとうございました」
頭を下げるアンジュさん。
「それから、ユナ様。絵本の件もありがとうございます」
「やっぱり、アンジュさんも欲しかったんだ」
フローラ様が持つ絵本をチラチラと見ていたから、丸分かりだった。
「はい、とても可愛らしい絵で、フローラ様に見せていただいたとき、娘にも見せてあげたいと思いました」
「娘さんいるんだ。何歳なの?」
「はい。フローラ様と同い年になります。そのおかげもあって、フローラ様の乳母をさせてもらうことができました」
「それじゃ、絵本は無いけど。娘さんにこれを持っていってあげて」
プリンと人気のあるパンを出してあげる。
「よろしいのですか」
「プリンは冷やしてから食べてね。パンはこのままで大丈夫だと思うけど」
「ありがとうございます」
わたしはお城を出ると、王都で買い物をしてからクリモニアに戻ることにした。
やっぱり、王都の住人のわたしに向ける視線は多かった。