105 クマさん、冒険者ランクCになる
そんなわけで、数日ぶりの商業ギルドにやってくる。
ぐるっと見渡すが、ギルドマスターの仕事をサボって受付に座っているミレーヌさんの姿はない。もしかすると、あの光景はしばらく見れないかもしれない。そう思うと寂しいと思うが、他の職員にとっては嬉しいことかもしれない。
ミレーヌさんがいないので、どこの受付で聞こうかと思っていると。先日、土地の件でお世話になったリアナを見付けたので、そちらに向かう。
「ユナさん、いらっしゃいませ。今日はどのようなことで? もしかして、先日購入した土地に問題が?」
「違うよ。土地は問題はないよ。逆にあんなに安く売ってもらって、いいのかと思うぐらいよ」
「いえ、先日、ギルマスからミリーラの町の件を伺いました。それを考えれば土地の件は安いものです。未来は商業ランクSですね」
大きなことを言い出す。
ランクSなんて王都にいる大商人ぐらいだと聞いている。そんな大商人になれるとは思っていないし、なりたいとも思わない。
「ランクSなんて夢ね」
わたしがそう言うと、リアナがわたしに近づいて小声で話し始める。
「いえ、夢じゃありませんよ。先日のギルド会議で、トンネルの使用料の一部が、ユナさんのカードに振り込まれるようになるとお聞きしました。そうなれば、かなりの金額になると思います。だから、数年後には間違いなくなっていますよ」
「ちょ、そんなこと会議で話しているの!」
リアナが口に人差し指を当てて静かにするようにアピールをする。
「いえ、ユナさんの件は一部の者しか知りませんから安心してください。職員の中で知っているのは会計担当者と、ギルマスの直属の部下ぐらいになります」
「ミレーヌさんはギルドマスターだよね。全員部下じゃないの?」
「言い方が違いましたね。ギルドマスターの代わりができる者です。ギルマスが居ないときに代わりに仕事をする人です」
「つまり、リアナはミレーヌさんの代わりなの?」
「そんな、偉いものじゃありません。ギルマスが居ないときの、ユナさんの受付担当になったぐらいです」
なにそれ。わたし担当の受付とか。
「先日の土地の件で、わたしがユナさんの担当をしたせいだと思います。だから、ギルマスがいないときは気軽に声をかけてください。わたしで対応できないときはギルマスにお伝えしますので」
リアナは頭を下げるので、わたしも頭を下げてしまう。
「でも、トンネルの通行料の一部が入ると、どうしてギルドランクが上がるの?」
「それは通行料の利益から商人としての税金が納められますから、商業ランクは上がりますよ」
つまり、トンネルで商売をしているようなものってことかな。
商業ランクか。上がってもあまり役に立ちそうも無いんだけど。
「それでユナさん。本日はどのような用件で来たのですか?」
おっと、忘れるところだった。
リアナにハチミツの件を尋ねる。
「最近、ハチミツが手に入らなくて高騰しているらしいんだけど、どうしてなの?」
「その件ですか。それは蜂の木に魔物が現れたためです」
蜂の木?
聞き間違いかな?
蜂の巣だよね。
「蜂の巣に魔物が現れたの?」
「ユナさん。蜂の巣ではなく、蜂の木です」
聞き間違いじゃなかったらしい。
蜂の木ってなに?
「その蜂の木に魔物が現れたの?」
「はい。そう聞いてます」
「ちなみに蜂の木ってなに?」
「ユナさん、知らないのですか?」
「うん、初めて聞いた」
「蜂の木は蜜を集める蜂が木に作る巣のことを言います。巨大な巨木に何万、何十万という蜂が群がり、木全体が蜂の巣になった巨木です」
蜂が何十万って気持ち悪いんだけど。
「そんなに蜂がいたら採るのも危険じゃ?」
「蜂は大人しいですから、こちらから攻撃しない限り大丈夫です。それに採りに行くのはベテランの専門の方々ですから危険はないです」
ハチミツ採取の専門家なんているんだ。
まあ、日本にもいるけど。
「それで、現れた魔物はなにか分かっているの?」
簡単だったらサクッと倒してくるけど。
「そのハチミツを採取しに行った方々が言うにはゴブリンの群れだそうです。蜂の木に群がっているのを見たそうです。それで、先日、冒険者ギルドに討伐の依頼を出しましたから、近いうちに討伐されると思います」
ゴブリンぐらいだったら冒険者でも倒せるから、わたしの出番はないかな。
「ありがとう。ちょっと、どうなっているか冒険者ギルドで聞いてみるよ」
わたしはリアナにお礼を言って商業ギルドを後にする。
そんなわけで、今度は冒険者ギルドにやってきました。
中に入ると、いつもよりも、冒険者の数は少ない。わたしを見た冒険者は、なぜか皆、一歩下がる。わたしなにもしないよ。怖くないよ。
そんなことを思いつつ、ヘレンさんがいる受付に向かう。
「ユナさん。どうしたんですか?」
どうしたもなにも、冒険者が冒険者ギルドに来て、疑問形で尋ねられても困るんだけど。まあ、最近来てなかったけど。
「ちょっと聞きたいことがあってね」
「聞きたいことですか。その前にユナさん、ギルドカードをいいですか?」
「どうして?」
「ギルマスから、ユナさんが来たらランクを上げるように指示を受けています」
「ランク?」
「はい。先日、うちのギルマスとクリフ様がお会いになりまして、ユナさんのことで話し合っていたみたいです。どんな話があったのか、詳しい話は聞けませんでしたけど。ギルマスが頭を抱えて、ユナさんのギルドランクを上げる指示をもらいました」
もしかして、クラーケンのことでも話したのかな。そう考えると辻褄が合う。
あのクラーケンの依頼はランク未定の依頼内容になっており、わたしでは受けられない依頼になっていた。だから、保留扱いになっていたけど。
「そして、ギルマスからの伝言です。『好きなランクを選べ』だそうです。ユナさん、いったいなにをしたんですか? ランクAでも良いと言ってましたよ」
もしかすると、王都の話も知られたかな。
「えーと、どういうこと?」
「もし、ユナさんがランクAと言えばランクAになれます。ちなみにランクSは選べませんので注意してください。ランクSは複数のギルマスから推薦がないとなれませんから」
「別に、今のままでもいいけど」
「ギルマスからの追加伝言です。『ランクを上げなかったら俺の評価が下がるから絶対に上げろ』とのことです」
「・・・・それじゃ、一つ上げてもらおうかな」
確か、今のランクはDだったはず。
「いいのですか? ランクAになれるんですよ。なりたいと言ってもなれるものじゃないんですよ?」
「わたしがランクAとか言っても、誰も信じてくれないでしょう。なら、それなりのランクでいいよ」
「本当にいいんですね」
わたしは頷く。
「わかりました。それでは、ユナさんのランクを一つ上げてランクCにさせてもらいますね」
水晶板を操作して、カードのギルドランクが変わる。
「数ヶ月でランクCでも凄いのに、本当になにをしたんですか。ランクAでもいいなんて」
「さあ、わたしもよく分からないけど」
「本当ですか?」
ヘレンさんは疑いの目で見てくる。
クラーケンのことは直に知られる可能性はあるけど。王都で起きた魔物1万匹のことは話せるわけがない。
「それよりも、聞きたいことがあって、来たんだけど」
「うーん。分かりました。今度、教えてくださいね。それで、聞きたいことってなんでしょうか?」
「ハチミツの件で魔物が現れたって聞いたけど。その依頼がどうなっているかなと思って」
「ハチミツですか?」
「うちの店でハチミツを使った商品を販売しているんだけど。ハチミツが高騰して、困っているの」
「えーと。少し、お待ちください」
ヘレンさんは水晶板を操作する。
「先日、依頼を受けている冒険者パーティーがいますね。でも、まだ、依頼達成はされてませんね」
「その冒険者で大丈夫?」
「はい、大丈夫だと思います。依頼内容はゴブリン退治。50匹ぐらいなら、難なく討伐できます」
なら、大丈夫かな。
いつになるか分からないけど数日後には、ハチミツが採れるようになるかな。
「ああ、その冒険者が戻ってきたみたいです」
ヘレンさんが入り口に目を向ける。
入ってきたのは男性冒険者5人のパーティーだった。
でも、なにか様子が変だ。
依頼を達成できたような表情には見えない。でも、失敗して怪我を負っているようにも見えない。
冒険者たちは受付に向かうと叫び出した。
「おい、依頼内容が違ったぞ!」
受付をしてる女性が驚く。
「どのような依頼でしょうか」
男たちが話し始める。
ゴブリンの群れの討伐に行ったら、居たのはオークの群れだったという。
それを見た冒険者たちは戦わずに戻ってきたと言う。
オークの群れね。ゴブリンとオークでは戦闘能力は差があるからね。逃げて帰ってくるのは仕方ないかな。
冒険者たちは依頼の取り消し申請をおこなっている。
「ああいう場合。依頼は失敗扱いになるの?」
「保留状態になります。次に依頼を受けた冒険者がオークを発見すれば、依頼は失敗扱いにはなりません。依頼内容の間違いになりますから」
冒険者たちは文句を言いながらギルドを出ていく。
これで、誰もハチミツの依頼を受けていないことになる。そうなると、ハチミツが手に入らなくなる。
「その、ハチミツの依頼、わたしが引き受けても大丈夫?」
「ユナさんがですか。別に構いませんが。お一人で行くつもりですか?」
「そうだけど」
「ブラックバイパーを倒せるユナさんは心配はないと思いますが、ユナさんは女の子なんですから、あまり、無理をしないでくださいよ」
「ありがとう。気を付けるね」
素直にお礼を言っておく。
「それでは処理をしますのでお待ちください」
再度ギルドカードを出し、依頼の登録を行う。
蜂の木の場所を教えてもらい。先ほどの冒険者が見たオークの位置も聞き、ギルドを後にする。