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ほいほい

ほいほい

作者: ひんべぇ

短めですが、よろしくお願い致します。

 ――じいちゃんの住んでた屋敷が取り壊される。


 ある五月の晴れた日、母からのそんな電話で、何となく、じいちゃんの住んでいた田舎に足を運んでみた。


「――もう、ほとんど終わってんじゃん……」


 記憶を頼りに辿り着いた時には、既に家屋部分は取り崩され、数本の腐りかけた柱と家の土台だけが残されているだけだった。


 工事担当のおじさんが「今日はもう終わりだから」と言うので、許可を貰って屋敷の跡に足を踏み入れる。


「ああ、そう言えばこんな感じだったような……」


 じいちゃんの事を思い出しながら、そう言えば、昔はここからの階段が暗くて怖かったなぁ、とか、この辺りでじいちゃんが囲碁やってたな、とか呟きながら屋敷の跡をなぞっていく。


 やがて、空が薄紫色に染まってくると、流石に足元も見え辛くなる。そろそろ、帰ろうかな、なんて考えていると、どこかからすすり泣きの様な音が聞こえてくる。


「何だろう……? 迷子か?」


 僕はちょっと大声を出すのが恥ずかしかったので、中途半端な声で「おーい、誰か、いるの?」と呼びかけてみる。


 すると、すすり泣きの様な音はピタリと止まる……どうやら、こちらの様子を伺っているみたいだ。


「ぐすっ……どなた?」


 ――その声を聴いた瞬間、僕の背中をゾクゾクとしたものが駆け上がってくる。


 何て、綺麗な声だろう……


 声を聴く限りは、恐らく僕と大して変わらない、十代~二十代と言った所かな……? 鈴を転がすような声――と言うのは、きっとこんな声の事を言うのだろう。夕暮れの静かな空気の中、その女性の澄んだ声は、美しく響き渡っていた。


「どこ、ですか?」


 僕は、女性を驚かさない様に、静かに問い掛ける。


「こ、ここです。この中です……」


 声の位置を探し、僕は屋敷の瓦礫を見る。まさか、何かの弾みで生き埋めになったのか?


 僕は慌てて、中から声のする、瓦礫の山をどかしていく。


 ――何時間経っただろう……空はもうすっかり暗くなり、田舎だからなのか、綺麗な星々が瞬いていた。


「誰も……いない?」


 瓦礫をどけてみれば、そこには人どころか犬猫すらいない。もしかして、からかわれたのか……?


 僕がそんな風に、ガッカリする反面、生き埋めの人がいなくて良かったなと考えていると――


「ここです、この中です……」


 相変わらず、声が聞えてくる。目の前には誰もいない、いる――いや、あるとすれば引っ越し用の段ボール箱位……


「この中です、段ボルの中です……」


 声は、段ボール箱の中から聞こえてくる。


「ええ……」


 目の前の段ボール箱には「どなたか拾って下さい」とお決まりの文字が書かれている。


 ――遺棄か……?


 僕の頭の中で物騒な物語がスタートしてしまいそうだ……


「開けて、開けて下さい」


 僕は息を呑み、そっと段ボール箱を開ける……が、そこには誰もいなかった。ただ、開けた瞬間、モクモクと煙が上がったが。


「やっぱり、気のせい……だったのか?」


「ここです、ここです」


 首を傾げる僕に再度、あの声が聞こえる。今度は頭の上から。


「え……え?」


 声の元を辿ると、そこには確かに人がいた――空に浮かぶ、二mを超える巨躯を『人』と呼ぶなら、だが。


 空には、おかっぱ頭に尻顎、着物と草履姿の厳ついおっさんにしか見えない、何かがいた――


「お陰様で、外に出られました……ありがとうございます」


「あれ……? 女の人は……? 声が聞えるのに、姿が……」


 僕は必死で目の前の現実を否定していた。


 しかし、現実はいつだって残酷だ……「私です」「女の人は?」「だから、私です」のやり取りを幾度か繰り返した後、僕は漸く自分の現実を受け入れた。


「で、あなたは一体、どなたなんでしょう?」


 じいちゃんの知り合いか? などと考えていると、その人(?)は鈴を転がすような声で答える――


「私は、その、信じて貰えるか、分からないんですけど……世間様では『座敷童』と、呼ばれているモノです」


「は……? いえ、続きをどうぞ」


 僕は必死でツッコミを耐え、続きを促す。


「ありがとうございます……実は、昨今の座敷童業界では、私達の姿を見る事が出来る人がメッキリ減ってしまいまして……」


 そこからの話を纏めると――


 座敷童のベテラン(?)達が、ある日、この状態はマズイ、と考えたらしい――人に遊んでもらえなくなるから。


 そして、そんな状況になったのも、若手が上手く育ってないからだ! と言う結論に至った。


 じゃあ、座敷童を育てる学校でも作ったら良いんじゃない? と別の座敷童が提案した――何か面白そうだから。


「そんな訳で、新人の座敷童は、試験として、割り当てられた家に幸福を運ばなければいけないんですけど……」


 この人――座敷さんがこの家に憑いた時には、既にじいちゃんは末期の癌で最後は家で――の状態だったらしい。


 それでも、じいちゃんは、座敷童の姿を見る事が出来たらしく、座敷さんを可愛がってくれたらしい。


「それでも、おじーちゃんを幸せに出来ませんでした……」


 そう言うと、座敷さんは僕に「ごめんなさい」と三つ指ついて謝ってくる。


「ふぅん……嘘を付いてるとは、思えないけど……」


「信じて、くれるんですか?」


 僕は少し迷って、こくりと頷く。座敷さんはそれを見ると、「ふぇーん」と豪快に泣き出す。


「え? 大丈夫?」


 正直、見た目益荒男が綺麗な声でワンワン泣くのは非常に心臓に悪い……心が壊れそうだ。


「グス……すいません、あなたが、おじーちゃんと重なって……」


 どういう事か聞いてみると、最初は何件か試験対象候補の家があったらしいのだが、どの家も座敷さんの姿を見ると、妖怪である事は納得するが、座敷童である事は信じてくれ無かった様だ。


 声には出さないが、それには僕も同意する。でも、じいちゃんが可愛がったなら、多分、良い人なんだろう……


「この後、座敷さんはどうするの?」


「多分……試験失敗で、天邪鬼にされちゃいます……」


「え、そうなの?」


「はい……学校を作る時に、天邪鬼の人達も面白がっちゃって……」


 どうやら、試験失敗イコール天邪鬼コースに転向、そして、以後心に思っている事と反対の事しか言えなくなるらしい。


 ――多分、生前じいちゃんに会った時、優しい顔をしてたのは……


「ねぇ……座敷さん、それなら僕の家に来ない?」


 僕は何となく、じいちゃんが受けた恩は孫の僕が返さなきゃって思った。


「で、でも、私……まだ試験受かってないから……座敷力無くて、幸福を運ぶ能力無いんですよ?」


 え、それ座敷童じゃなくない? なら……


「それなら、尚の事だよ……じいちゃん、死ぬ直前、この家で会った時……優しい顔してたんだ……そんな顔出来たのも多分、座敷さんのお蔭なのかなって……だから、その恩返しをさせてよ?」


「ほ、本当に……良いの……?」


「うん!」


 僕は思いっ切り頷いてみた。


「ふ……ふぇーん! ありがどうございまず」


 それから、座敷さんが泣き止むのを待って僕は座敷さんと一緒に僕の住むアパートまで帰った。


 アパートに帰ると、僕は瓦礫をどかしたのが堪えたのか、そのまま布団に潜りこむ……


「あ、あの私は、どうすれば……?」


「ああ、布団とか、明日買ってくるから……今日は一緒の布団で良いかな?」


 まあ、男同士だから、良いでしょ。


「わ、わ、わ、わ……」


「わ?」


「私、女の子だもん!」


 そう言うと、思いっ切りビンタかましてきた……僕の意識はそこで一旦、途切れる。


 ――どれだけ、気を失っていたんだろう。


「~♪~~♪」


 歌が聞こえる……綺麗な……澄んだ声……


 耳に響く心地良い音色と頭を撫でる優しい手に導かれて、今度は心地良い微睡に包まれる――寝ぼけて霞む視界に、綺麗な女の子が写っていた気がするけど、僕はそのまま、意識を手放した。


「あれ……? 朝?」


「あ、起きましたか?」


 コトコトと鍋を煮込む音で目を覚ます。


「座敷さん……? 朝食、作ってくれたの?」


「はい! 私、こんな事しか出来ないので!」


 僕は「いやいや、十分だよ」と答えて、味噌汁を啜る――


「座敷さん……味見……した……?」


「え? お口に合いませんでしたか? 出汁が良い感じに取れたので、色々混ぜてみたんですけど……」


 座敷さんはコテンと首を横に倒す――相変わらず、声と、外見が噛み合わない……


「ぼ、僕……味噌汁は、豆腐だけが良いんだ!」


 余りに無垢な瞳に、僕は真実を告げられず、曖昧に微笑む。


「じゃあ、僕、今日は朝一で講義があるから、行くね? 何かあったら、そうだな……電話の掛け方、分かる?」


 座敷さんはプルプルと首を横に振る。


 ――仕方ない。


 僕はパソコンを立ち上げ「緊急!」とだけ書かれたメールを作成し「送信しますか?」の状態まで作業を進める。


「良い? 何かあったら、ここを人差し指で押してね?」


 僕はキーボードの「y」ボタンに付箋紙を張り、座敷さんに教える。


 座敷さんはブンブンと勢いよく、首を縦に振り、必死にメモ帳に書き込んでいる。


 そして「帰ってきたら、買い物に行こうか」と伝えると、嬉しそうに「はい」と言っていた。


「行ってきます」


「いってらっしゃい!」


 僕が部屋を出ると、座敷さんは窓からいつまでも僕に向かって、手を振っている。その姿が、一瞬、昨夜の微睡の中の女の子とダブって見えたけど、きっと気のせいだろう……


「あれで、中身は子供か……」


 座敷さんが手を振る姿に、改めてあれでも座敷童なんだと納得し、僕は再度手を振り返す――


 何にしても、誰かに「行ってきます」「ただいま」を言えるのはちょっと嬉しかったりする。


「さてと、今日も頑張るかな!」


 五月のある日、僕と厳つい童との同居生活がスタートした――

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