第二章 タカキ・シノサトという青年
漸く主人公の登場です。
この話此処からが本編です。
一章が長過ぎましたね;
- 港湾都市シグロ -
不知火のもとを離れたタカキは、ヴァレンティア王国南西方面を旅する者の御多分に漏れずシグロを目指した。
近頃では魔物に遭遇する商隊が増えてきたと聞いていたが、道中是と言った障害も無くシグロに着いてしまったため、如何にも拍子抜けしてしまう。
「ここが港町シグロか…直ぐに到着しちゃったな~。話では聞いていたけど大きな街だよな~」
街を覆うよう聳える防壁を見やりながらそう呟くタカキの容貌は2年前に比べ精悍さが増し、肩幅胸板共に見るものが見れば良く鍛えられている事が一目でわかる程だ。
タカキはややずれた肩ひもを「よっ」と軽やかに担ぎ直すと入門を待つ人たちが並ぶ列へと足を向けた。
列で然程待つことなく門前に辿り着くと門番には何用でこの街に来たのかを訊かれたので、ギルド登録をしたい旨を告げ不知火から受け取った推薦状を差し出す。
門番は胡乱げにタカキが差し出した推薦状を見るが、一通り目を通すと急に丁寧な物腰に変わりギルドの近くまで案内してくれるという。
どうやら師匠のくれた推薦状は火種以上の価値は確りと在るようだ。
タカキは然程期待していなかった推薦状の効果に少しばかり気分を良くすると門番の後に続いた。
暫く歩きギルドが見える場所まで来ると、門番は遅くなりましたがと一言添えて「ようこそ港湾都市シグロへ」と笑顔をくれる。
タカキもつられるように笑顔で礼を言うとギルドへと足を向けた。
門番と別れ早速ギルドに入ろうとすると、奥から何やら怒鳴り声が聞こえてきた。
「さっきから何度も言ってるだろう、兎に角ここでは亜人の登録はしていないし、これ以上の情報提供もお断りだ!さっさと帰ってくれ!」
ギルドの護衛達に押し出されるようにドワーフとエルフ3人が建物から掃き出されてくる。
「何よ!けち…(もが)…」
エルフにしては珍しい小麦色の肌をした小柄な少女の怒鳴る口を慌ててもう一人のエルフが手で塞ぐ。
何とか小柄なエルフを落ち着かせた4人は、はぁ~と溜息を異口同音ながら崩れるようにそのままギルドの壁に座り込んでしまう。
「あの…何かお困りですか?」
座り込んだ上背のあるエルフと偶然目が合い、ついと言った感じでタカキは声をかけてしまう。
師匠から散々直すように言われた癖だったな~等と頭の片隅で思いながらも、ま~愚痴だけでも聞いてあげれば相手も気が済むだろうし、このまま無視して入るのも気不味い。
「聞いてくれるか?ある人物の事を聞こうとしているのだが、ギルドも街の人達もまるで相手にしてくれないので途方にくれている所だ」
「この街じゃ、俺達みたいな亜人はまるで信用なし。悪魔の使いなんだとさ」
エルフ二人がふと視線を上げ、タカキの顔を見上げる。
「それは大変ですね…私が無事冒険者登録出来た暁には何かお手伝い出来ると良いですね」
タカキは何となくこの場から早く移動した方が良いように感じ、愛想笑いを付加して4人の前を通り過ぎようとした…が、何故か右足が重くて前に進めない。
まるでバインドの魔法を右足だけに掛けられたような、何かが絡みつく感覚にタカキはゾッとする。
(街中だからと気を緩め過ぎていたか…常在戦場。師匠、俺はまだまだ未熟です)
タカキが後悔の念に駆られながらも視線を右足に向けると、先ほど怒鳴り声を上げていた小柄なエルフがしっかりと足を掴みながら上目使いでこう言った。
「じゃあ、私達のリーダーになってアウロラさんの居場所を聞いてきて」
「はぃ?」
タカキの口から言葉とも返事とも取れない声が漏れる。確かに手助けはしてやろうかな?位の気持ちはあったが、パーティーを組む程の仲ではない。
ただ、このまま振り切って行くのは男として…というか、元王国騎士団の一員としてどうか?という気持ちもあった。
正直なところ聞くだけなら何の障害にもならない…聞くだけなら。
「事情は良くわからないが、アウロラという人の事はさり気なくギルドで聞いてみる事にしよう。仲間になるとかリーダーとかはまた改めての話だな。…とりあえずその手を離してもらえないかな。お嬢さん」
何となくこのままでは右足に絡みついている少女が絶対に離してくれないような気がした事が一番の理由なのだが、それは噯にも出さず「情けは人の為ならず」を地で行くような微笑を湛え協力する旨を伝え、まずは話を良く聞くためにひとまず場所を変えようと向かいの酒場で話をしないかと提案するタカキに4人は同意を現した。
タカキが酒場に入るまで少女は右足から離れてはくれなかったが…。
「とりあえず自己紹介からだな。俺はタカキ。タカキ・シノサト。一応の剣術は修めたのだが未だ未熟者でね、鍛錬の旅を始めようとした所だ」
「私はルージュ。ルージュ・カームベルクだ。」
「俺はディオーネ。」
「アランだ」
「で、私はミール。ミール・ハウディ。ここにはミネシグローネっていう絶品のスープを食べに来たの。でね…」
ミールはスープの味等幾度も脱線を繰り返しながらも何とかアウロラとの出会いと受けた恩の経緯を話した。
「…なるほど。そのアウロラという男も訳ありみたいだな。」
「そうなの。よくわからない人だけど根は良い人だよ。絶対!」
「とにかく手がかりがゼロじゃ、探す事も出来やしないぜ…ギルドも街の奴らもダンマリだしな」
投げやりなディオーネの言葉と態度に少し呆れ気味なタカキだったが、全員の『お礼がしたい』という気持ちに押され、思っている事をつい口に出して言ってしまう。
「人探しは本業じゃないが、これも鍛錬だな。よし。引き受るとするかな」
「わーい!ありがとう!タカキリーダー。よろしくねっ♪」
無邪気にはしゃぐミールを見て「やっぱ今の無し」とは言えず、タカキは苦笑を返すと今後の予定を口にする。
「いや、リーダーって…とりあえず、ギルドに登録してからいろいろ聞いてみることにするよ。皆はそれまで此処で待っていてくれるか?さっきの感じじゃ一緒に行ったら上手くないだろ」
「それもそうだな…任せても良いか?正直藁をも掴む気持ちなんだ」
「了解…藁よりは頼りにしてくれて良いよ。あぁ~と、それから、タカキリーダーって呼ぶのは止めてくれよ」
ルージュの言葉に応え席を立つと、ミールに向かっては念押してタカキはそそくさと店を出た。
その足で再びギルドに向かい、真直ぐに受付に向かうと登録の依頼を口にする。
懐から不知火に貰った推薦状を出し受付に見せると、受付の男は一瞬息を止め驚いた顔でこう言った。
「っ、あんた…いやいや、貴方は剣豪・不知火様のお弟子さんなんですね」
「師匠の事をご存知なんですか?」
「昔、噂で聞いただけですがね、何でも凄腕の剣豪で幾つもの街の危機を救ったとか。まぁ、最近は噂も聞かないので詳しい事…と言うか、顔も解りませんけどね。……そうですか。お弟子さんですか…」
受付の男は、なにやら一人で納得している。
「あの~…冒険者登録は?」
「あぁ…申し訳ない。本来ならギルド試験があるのですが、不知火様のご推薦ならば問題ありませんね。この用紙に名前と特技を書いて頂ければ登録完了となります…文字は書けますか?」
「ほい。『タカキ・シノサト』特技は…(妄想と)『剣技』…っと」
記入を終えた用紙を受付に渡すと躊躇なく登録の捺印をされ、用紙を脇の小箱に入れると代わりに小さな剣が二つ交わった形をしたペンダントが差し出される。
「このペンダントが登録の証になりますので、受注、報告の際にご提示願います。では、宜しくお願い致します。剣士タカキ様」
何だか簡単に登録が終わったので、拍子抜けしたタカキだったが4人との約束通りアウロラの事を尋ねてみる事にした。
「アウロラさん?あぁ、ハンターの卵の方ですね。まだ登録前試験の途中なんですが、明日が期限なんですよね…4回目の。で、早速タカキ様にお願いがあるのですが此れも何かの縁でしょう、アウロラさんにハンター諦めるように説得して頂けませんか?」
「え?私にですか?」
「そうです。私達がいくら才能が無いと言っても聞き入れて貰えなくて…特別危険な依頼はしていないのに毎回大怪我をして来るんですよ…オマケに試験には不合格でして」
「なるほど。そのうちに命にも関わるかも知れないって事ですね…分かりました。…で、そのアウロラさんは今何処にいるんですか?」
「今回の依頼はギルドが隠した石版の探し物なので、街付近の森にいるはずなんですが」
「分かりました。試験なしで登録してもらった私が説得できるかは分かりませんけどね…見つけ次第話しをしてみますよ」
「宜しくお願い致します」
深々と頭を下げる男の姿からは4人を蔑ろにするような人物には到底見えない。
何か理由があるのかもなと思案しつつ、タカキは4人が待っているであろう酒場へと向かうためギルドを後にした。
結局のところ、お願いされただけで正式な『依頼』ではない。
4人からのお願いも含め報酬など無いのだが、その辺りを全く気にせず自身の使命と決めてしまうタカキ・シノサトという青年は本日から正式に冒険者を名乗る事になった。
何だかルージュやディオーネの容姿を書き忘れているような…まっ、内輪小説ですからね、それでも良いか;