序章
【序章】
北に黒剣山の山並みを仰ぎ見るこの町の名は、アグラーヤ。
王都ハイネスブルグと港湾都市シグロを結ぶ街道の丁度中間に位置する黒剣峠南側の宿場町だ。
港湾都市シグロから王都へ向かう商隊が峠を前に骨を休め、日の出と共に出発する。
そんな日々を繰り返す宿場は『平穏』という言葉がそのまま形になったかのような場所だ。
竜魔大戦後期には、港湾都市シグロで加工された品々の流通が滞ったことから町の存続も危うい時期があったが、その頃の記憶を持つ者が圧倒的少数となった今ではその影を見る事は無い。
そんな宿場町アグラーヤでは最近風変わりな『語り部』が話題となっている。
その『語り部』は町で寺子屋のような私塾を開いている老人で、何でも竜魔大戦の折、かの八勇者と直接話す機会があったとか。
吟遊詩人のような技術は無いが不思議と耳を傾けてしまう語りは、皆が知る立派な勇者様の話等ではなく、世に出る前の失敗談や甘い恋の話であり、闇曜日の夕暮れ前に町に古くから在る酒場『お酒とパイプ亭』にフラリとやってきては居合わせた人々を楽しませてくれるのだそうだ。
ガチャ!
「ハァハァ」
「着いたぁ!」
「おじぃちゃん話し始まっちゃった?」
転がるように入ってきた3人の子供達の元気な声が『お酒とパイプ亭』に響き渡る。
「まだじゃよ」
自身も入店したばかりなのか老人は何時もの定位置となる席に腰を下ろしながらそう答える。
「セーフ!よかった」
安堵の言葉を口々に、子供達は何時もの事なのか勝手に近くにある椅子を老人の前に持ってくると腰を下し、さぁ何時でもどうぞと言わんばかりの顔付きとなる。
「今回は人が多いのぅ」
老人は目を細め周囲をぐるりと見渡しながら苦笑交じりでつぶやいた。
「いつもは子ども達ばかりじゃったが今回は大きい子どももいるようじゃ」
見れば何時の間にやら子供達の後ろに仕事終えた?男衆が頭や頬を掻きながら罰の悪そうに応える。
「そうゆう言い方はないよな!」
「昔を思い出して爺さんの話しを聞きたくなったのさ」
「まぁ童心にかえるって奴さぁ」
埒も無い言い訳を口にする男衆を見かねた酒場の亭主が進行役を買ってでる。
「まぁ始める前に子ども達にはミルクとお菓子を」
「やったぁ」
子供達から歓声が上がる。
「大きな子供達はお酒とおつまみかな?」
「お!まってました!」
今度は男衆からさっきより大きな歓声が上がる。
「それが目的かよ、本当に大きな子どもだよな~」
ジト目で子供達に非難される男衆は肩を竦ませる。
「うるせぇ!ああ大きな子どもだよ、ああ子どもさ」
「おいおい、開き直ってるよ」
亭主の小さなつぶやきは思いのほか店に響き、誰からともなく笑みがこぼれる。
「「「「あははははは」」」」
「ほっほっほぉ」
一頻り笑うと老人は白く伸びた顎髭を一撫でしつつ思案げに口を開く。
「さてさて、今日は何を語るかのぅ…ふむ」
周囲を見渡し目の前に陣取った活発そうな少年に質問する。
「ダズは剣聖様の出身国を知っているかの?」
「ヴァレンティア王国でしょ!」
ダズと呼ばれた少年は自慢げに答えたが、たまたま居合わせた行商人達から疑問の声が聞こえてくると「えっ?違うの?…」と幾分声を小さくしながら続ける。
「だって八勇者の歌で『我が国最強の剣』ってみんな唄うよ?」
老人はダズの頭をやさしく一撫ですると笑いながら語った。
「ほっほっほぉ、そうだのぅ…実はその歌は隣の国や、またその更に隣の国でも同じ様に皆に唄われておるんじゃよ、皆自分達の国から勇者が出たと思いたかったのじゃろうなぁ」
大人達が成程と頷くなか、子供達は口々に何処の出身だったのかと騒ぎ始める。
「これこれ、そう騒ぎなさんな。 では今日は剣聖タカキ・シノサト様の旅の始まりから語るとしようか、剣聖様はここからずぅっと南、クレセントという島国の生まれだそうで…」
老人は語る、この世界を救った勇者…いや冒険者達の物語を…
本当に最後まで書けるのか不安だ;