【#003《アルカティアからの追手》】
「いま茶汲むから、待ってる間適当に座っていてくれ」
あれから良夜の自宅に魅紅を連れていき、色々と事情を聞くため居間に案内してから、お茶を出すために台所へ向かった。一人残された八畳一間の居間で、部屋の内装をきょろきょろ見回す魅紅。
(……不思議な造りの家……)
無理もない。魅紅は生粋のお嬢様育ち。今まで暮らしていた城に比べたら、一般人の家など見たこともあるはずがなく、そもそもにアルカティアと比べて家の造りからして異なっている。新鮮感と奇妙な気持ちに捕らわれるのも無理はない。
そうこうしていると、ドアの向こうから足音を立てて良夜がやってきた。
「悪い。茶請けはないんだは。コレだけで我慢してくれ」
コトッとコップに注がれた緑色の飲み物。ほのかに葉の匂いがする。匂いを手で煽って嗅いだ魅紅は、苦そうな表情を浮かべて感想を述べた。
「これは……、クスリかしら?」
「ああ、そうか。外国ではお茶はあんまり飲まないのか。これは緑茶って言うんだが、そちら風に言えばティー、つまり紅茶かな?」
「紅茶の仲間ってことかしら?」
「そうなるかな。でも、紅茶は分かるんだな」
「ええ。よくハーベルトが淹れたくれたから……」
「そうか。君……じゃなくて、えぇっと、名前なんて言うんだ?」
魅紅はハーベルトのことを思い出す。強引に家を出てきてしまったけど、きっと怒っているんだろうな。……それに、家族にもバレているだろうし。そんな心配が身に募ってくる。
(……でも直ぐに追手が来ると思ったんだけど……そんな気配もしないし……)
そこは疑問だった。天塚一族には優秀な魔導師や魔導騎士がたくさんいる。
いくら“世界の全てが範囲となる”超長距離転移門で逃げたとは言え、同じ門を使われれば探知されると思っていた。何か違和感と言うか嫌な予感がしていた。
「おーい?聞こえてるー?」
突如の呼び掛けに、魅紅は気付きビクッとする。つい色々な事を考え過ぎて、周りの事が見えなくなっていた。
「な、なに?」
「いや、だからさ。君のフルネーム知らないから教えて欲しいなと」
「あ、ごめんなさい。最後まで自己紹介していなかったわね」
本当は天塚の名を出すのは嫌だったのだけど、家に上げてくれた上におもてなしまでしてくれたのだ。ここで名乗らないのは礼儀に反する。魅紅は変に驚かれると覚悟して自分の名を名乗った。
「……私の名前は、天塚スカーレット」
「天塚……?」
大袈裟な反応をされる。そう身構えていたが、良夜の反応は予想とは真逆のものだった。
「へぇ、天塚スカーレット!なんかかっこいいとかわいいの二言を言いたくなるような名前だな!俺は早乙女良夜。友達からは女っぽいとか言われる……、言われるんだよ……仲の良い奴ほど名字で呼んできたり、良子ちゃんって呼ばれたり、中学の頃文化祭で女装コスさせられた時に女狐って呼ばれたり……だから羨ましい……見た目に合った名前のアンタが羨ましい……」
「そ、そんな物欲しそうな目で見られても挙げられないわよ!?て言うより最後の呼ばれ方可笑しくない!?」
すると良夜は気が変わったように、普通の表情に戻り魅紅に質問してきた。
「ところでさ、アンタのこと何て呼んだら良い? 天塚……さん、とか?
「構わないわ。名前の呼ばれ方には拘りないもの」
「そっか。んで、天塚」
「……!」
魅紅は何やら衝撃を受けたかのような顔をした。何か不味い事を言ったのかと良夜は心配になる。
「え?どうした!?俺なんかした!?」
「あ、ち、違うのよ? その……名を呼び捨てで呼ばれるの……初めてだったから、ちょっと……」
かぁぁと赤面して地味に上目遣い。だけど嬉しそうだった。まるで子犬が頭を撫でて欲しがってるかの如く、可愛い照れ顔があり良夜はドキッとしてしまう。
(……よく見ると、すげぇ可愛いよな天塚って)
なんだかこちらまで照れ顔になって来てしまう。
魅紅自身も今までは家柄の事情で、魅紅様や御嬢様と言った呼ばれ方しかされて来なかった為、他人に(しかも異性に)呼び捨てにされるのは嬉しいだけに凄く照れくさい事だった。その証拠にまだ赤面した状態でいる。
それから互いが落ち着いて、まともに話せるようになるまでに10分ほど掛かっていた。
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異世界・アルカティア、この世界には大気と同じように魔力と言われる自然エネルギーが満ちている世界。この世界の住人は、その魔力を身体の内に取り入れ、魔法と言う超常的な力を扱うことが出来る。
しかし、魔力の不活性効果か、もしくは最初から在るべき存在なのかは未明であるが、アルカティアには人類以外にも魔族と言われる人外な生物がいる。
魔族には魔法は使えない。いや、正確には使わないといった方が正しい。
魔法を使えないわけではない。なぜなら、魔族は外から魔力を取り込んで魔法を扱う人間とは違って、存在そのものが魔力によって構成されて出来た存在だから、世界に満ちる魔力と存在が魔力の魔族は、外の魔力を取り込む事が出来ない体をしているのである。
つまり、魔族が魔法を使うと言うことは、魔力(身体)の一部を使うことと同意で、自らの寿命を減らしてしまうことになる。
言わば両刃の剣だ。それ故に、魔族は魔法を扱うことは、まず無きに等しいのである。
だが魔族は人々から怖れられる。なぜなら、魔族には固有能力があるからだ。
その多くが謎だが、石化させたり、血を吸うことで生物を隷属させたり、見ただけで相手を魅了したりする力も固有能力である。
その能力は魔族の上位種のみに発現し、また能力の種類も様々である。
他にも魔族には人間がつけたLVがある。
一重に説明するとこうだ。
LV1~LV2(下位種)
LV3~LV4(中位種)
LV5(上位種)
LV6(最上位種)
となっているが、LV6(最上位種)はアルカティアにおいても伝説級・魔王級に匹敵するほどの存在で、記録以外では存在を見た者等いないほどだ。
しかし、ここまで種を栄えている魔族が、唯一畏れる存在がいる。
アルカティアにおいて唯一絶対敵な天敵、それが騎士三家【天塚一族】【屯朶一族】【日之影一族】だ。その内、天塚一族は特に忌み嫌われ、畏れられている。
その理由は、昔に行われた“魔族掃討戦線”と言う、魔族による人的被害が盛んだった頃、人間が魔族を潰す為に仕掛けた戦争である。その戦争を指揮したのが天塚一族を筆頭にした騎士三家だったからだ。
天塚一族が特異とする焔は、魔族を一瞬の内に焼滅させるほどに強大で、今でも鮮明に記憶に残っているのである。
そして今、その天塚一族の本城では、一人の執事と二人の魔導騎士が転移広場に居た。
朱色のオールバックヘアーに、細い目にぴったりなフレームのメガネをつけて、タキシードをピシッと着こなしている天塚一族切ってのお嬢様付き有能執事、ハーベルトは後ろで待機している民族衣装のような格好をした魔導騎士に目を向ける。
「良いですね、我々の目的は魅紅御嬢様の捜索及び確保、最終的には無事に城へ連れて帰ることです」
その言葉に続けてハーベルトは物騒な事を言った。
「もし、御嬢様を確保する前提で、邪魔をして来た者が居れば、全力をもって排除しなさい」
魔導騎士の二人は、その号令に頷く。瞬間、転移広場に巨大な魔法陣が出現した。はーベルトは深刻な顔で考える。
(それに魅紅御嬢様には危険が迫っている。それをなんとしても伝えねばなりません)
『to be continued』
次の配信は月曜日です。
未定で予定でもしかしたらですが、明日未来の彼方を更新させるかもしれません。ではでは~