【#002《天塚一族のお嬢様、魅紅》】
突如目の前に現れた良夜に、魅紅は驚いていた。
さっきも感知したように、この周辺からは魔力が全くと言っていいほど感じられない。
それ故に魔法や身体強化等が出来る筈がない。魔法とはそういう物なのだ。
常識を越えた力(魔法)を使うには、自然界に存在する魔力を身体に取り込まなければいけない。その魔力が無いのも不思議だが、今は他に驚くべきことがある。魔力の無いこの環境下において、自分たちのような魔導師は一般人と同じで、ひ弱な存在になってしまう。
だからこそ驚いている。先程の弾丸、恐らくこの国特有の古参武器か何かなのだろう。
見たところ、鉄を圧縮して作った塊を弾として高速で発射させる武器のようだ。通常なら魔法障壁で弾くことも出来るのだが、今は障壁を張る力すらもない。しかし、良夜は弾丸を“弾いた”。
普通の人間が、あんな高速で迫り来る弾丸を弾くなんて不可能なはず……。そう考えるのは魅紅だけではなく、弾丸を放ったヤクザの兄貴分もだった。
「お前……何をした?」
ヤクザの兄貴分が訝しげに聞いてくる。
だが良夜は答えない。どうせ説明しても信じて貰えないだろうし、もし信じて貰えても話が大きくなって騒ぎになるのは困る。それに……と考えてから兄貴分に向かって指を指した。
「アンタ、何考えてんだ?こんな無抵抗な女性に銃向けるどころか、実際に撃つなんて」
兄貴は無抵抗な女性と言うところに反論しようとしたが、今は他にも聞くべきことがあり置いとくことにした。
「お前、弾丸を弾いたな?にわかに信じられないが、確かに見たぞ!お前が右手で弾丸を弾くところを!」
「そんなこと、どうでもいい」
「何?」
兄貴が少しイラッと来た。そんな様子に追い打ちを掛けるように、雰囲気を変えた良夜が声を低くして言った。
「細けぇこと言ってねぇで行動に示したらどうだ?無法者!」
口調や雰囲気を変える良夜。その時、ブチィと冷静だった兄貴がキレた。
「礼儀の知らねぇ糞ガキだなぁ?ああ!?」
「わりぃな。俺ぁ今ムカついてんでな」
良夜は魅紅の姿を見る。そこには見たこともない服装をして、疲労している姿があって、心なしか表情から焦りや恐怖の感情が溢れていた。それが、突如アルカティアでは有り得ない魔力の存在しない地区に対する驚きや、魔法が使えない状況での命の危機から来る恐怖によるものだとは思っていないだろう。
恐らく事情の知らない良夜は“無理矢理変な格好をさせてR指定の撮影”をしていたのだろうと思った。そして、強制的なやり方に“恐怖し、逃げて”来たのだろう、と。
そう核心して疑わなかった良夜は、そんな非道な事をするヤクザに対してキレていたのだ。良夜はヤクザに向かって歩き出す。
「チッ!死体の処理も楽じゃねぇーっつのに」
ドドン!
ヤクザは銃を撃った。二発も。しかも、正確な射撃だ。おそらく暗殺者として訓練していたのだろう、心臓と脳を狙って来ている。先の弾丸を弾いた事から、人間の急所を二箇所同時に狙ったようだが、それでも良夜はニヤッと笑い、歩く事を止めない。弾丸は迫って来ているのに。
その瞬間だった。弾丸が良夜の50cmに近付いた時、空間がブレた。ポワァンと弾丸は謎の壁に軌道を変えられ、二発とも左右に弾かれ、良夜に届くことはなく地面に落ちた。
「弾く弾くばかり言うから、今度は反らしてやったぞ?」
「……ッ!化け物が!」
ヤクザは恐怖し、毅然と歩いてくる良夜に銃を撃ちまくる。だが、そのどれもが当たる事はなかった。弾が切れたヤクザは焦り、魅紅すらも唖然としていた。
良夜はすでにヤクザの目の前にいる。
「もう抵抗しないのか?……なら、沈め!」
拳を握り締めた良夜は、力強くヤクザを殴り飛ばした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
治安の悪い街から離れた団地の公園に良夜と魅紅はいた。
ヤクザを縛り上げて、交番前の電柱に放置してから、良夜は魅紅を連れて落ち着いて話せそうな公園に来ていた。
「助けてくれて有難う。本当に助かったわ……でも、さっきの力は何? 魔力が無いのに、どうやって魔法を使ったの?」
魅紅と話す内に、良夜は自分が色々と勘違いしていることに気付いた。
一つ、彼女の特殊な服装は自分の物だと言うこと。
一つ、彼女は無抵抗ではなくヤクザを普通に二人程倒すと言う意外なことをしていたこと。
(……来た時に何故か二人程延びていたから何だとは思ってたけど……)
一つ、先程から言っている魔力やら魔法といった妄想発言。どうやら彼女は中二病みたいだ。
(きっと服もコスプレか何か何だろうな……お手製か?よく出来ている)
まあ、ここまでなら良い。問題は“弾丸を防ぐ際に使った能力”の説明を求められていることだ。
(中二病なら確かに知りたがるようなネタだが……この異常を説明するのは個人的には嫌なんだよな……どうしたものか)
良夜は小学生の時に交通事故にあった。だが奇跡的にも無傷だった。車が当たろうとした瞬間、良夜は壁を作って自分を守るイメージをした。その瞬間に目の前に見えない壁が出来たかのように、車がぴたりと止まっていたのだ。それはまるで、柔らかいクッションにぶつかったように車にほとんど衝撃はなく、運転手も無事と言う奇跡を起こした。
その頃より、ちらほらイメージした見えない壁を稀に出せるようになり、中学から徐々に扱えるようになっていき、今ではほぼ自在に発動して自由に操作できるようになった。
その力を良夜は仮に“結界”と名付けた。なぜなら漫画とかアニメで出てくるソレと似ていたからだ。
それから特訓していった結果、頭でイメージした結界を、自在に出すことが出来て、使いようによっては攻撃にも転じる事が出来るのが分かった。
なぜこんな力が生まれたのかは分からないが、良夜はこの力が嫌いだった。
普通の人と外れた力は、自分自身を未知の存在へと変えてしまう。
極めて普通を愛する良夜としては、必要のない物である。そんなわけで、この忌々(いまいま)しい力について説明するには気が引けると言うことだ。
「それより家はどこだ?なんなら送るけど」
なので、良夜は話題を無理矢理変えることにした。
「家……?」
そこで魅紅は考えた。━━━正直に話すべき否かを。
家、つまり魅紅の住む城のことは出来るだけ話したくなかった。
異世界・アルカティア創世記より存在する騎士三家と言われる三つの一族があった。
『天塚一族』、『屯朶一族』、『日之影一族』の三家だ。その中でも天塚一族は、強大で世界的にも知らぬ者は居ないほど有名な一族だった。
紅炎と言われる特殊な焔を操り、一族の人間全てが並々ならぬ力を持った魔導騎士と言う戦闘一族。
魅紅はそこの娘、お嬢様であった。だから迂闊に名乗れば、噂となり一族の者に知られ、絶賛家出中の自分は連れ戻されてしまうと危惧したのだ。
だから、誤魔化すことにした。
「私は両親と一緒に、この国に来たスカーレットよ。途中で両親とははぐれてしまい、気付いたら道に迷ってこんな所にいたの」
まごうことなき偽名と、うさんくさい理由を述べたが、意外にも良夜はそれを信じた。
「そうだったのか。外国人かぁー。どうりで髪の色が真っ赤な訳だ。とりあえずウチに来なよ。行く当ても無いんでしょ?情報を聞きながら、両親を探すの手伝うからさ」
魅紅はきょとんとしていた。あんな嘘を信じた上に、手伝いまでしてくれるなんて……。確かにこのまま歩いても、あてはないし、とりあえず今後の行動方針が決まるまでは、無闇に動かない方が良い。だから良夜の言葉に甘えることにした。
「ありがとう。少しだけお邪魔します」
『to be continued』
どもども、焔伽 蒼です!
深夜に投稿しました!テンション高かったのですが、そろそろ眠たいです。てことでおやすみなさい!
今日中にもう1話送ろうと予定しています。