【#001《異世界からの渡航者》】
日も沈みだしてきた時間帯、空一面を紅色に染める夕暮れを空に、学校帰りの良夜と夢奈は二人で土手を歩いていた。
「んんーっ」
夢奈は両手を伸ばして背伸びしながら、「夏でも川の側って涼しいですよね」と良夜に話し掛けた。
「そうだな。風通りも良いしな」
二人はいつものように平和な日常を送っていた。いつものように家に帰って、いつものようにご飯を食べたり、いつものように風呂へ入ったり、いつものようにテレビ観たりすることの出来る日常生活。良夜は普通の人の誰よりも、その“平和な日常”を噛み締めて堪能していた。
学校でも良夜は“異常なまでに普通好きだよな”と言われている程だ。そこまで普通が好きなのには理由があった。早乙女良夜が異常であるせいだ。
そして、異常であるが故に気付けることもあった。例えば今、良夜は風が流れて来る方を見ている。
(……何か嫌な感じがするな)
その風に違和感を感じてしまうなんて……どうかしてる。
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良夜達がいる土手のある場所から3km離れた所にある街。ここは治安が悪い。なぜなら、ここら一帯は水商売をする闇商人やヤグサが経営している怪しいビルが密集しているからだ。特に日が落ちだして来ている今の時間帯は、いっそう物騒になってくる。
そんなビル郡の1つの屋上に、突如円周状の魔法陣が出現する。その魔法陣の中には複雑怪奇な文字が刻まれていて、陣そのものから赤紫色の光が発せられている。電気類の無いビルの屋上を照らし尽くす。
まだ夕暮れ時だから、光を誰かに目撃されることはなかったが、これが完全に日が沈み切った夜だったら確実に目撃されていたことだろう。そして、その魔法陣の光が消えていくと同時に少女が出てきた。
その少女はワインレッドに彩られた美しく長い髪を靡かせ、どこかお姫様のような気品さと凛々しさを纏っていた。服装も日本どころか外国にすら無いようなドレスを着ていて、まるで漫画やアニメの世界から飛び出してきたような異質な格好をしていた。
彼女は辺りを見回す。風が強い。それに遥か彼方まで街が続いているのが見渡せる。
どうやら“高い建物の上に転移”してきたようだ。
「ここはどこかしら……。見たこともない建物がたくさんね。まるで大都市……アルカティアに、こんな国があったなんてね」
それよりも驚くべきことがある。だが、それを考える前に彼女は気配を察知した。
誰かがここに来る。その気配の方には、扉がある。おそらく屋上に出るための階段があるのだろう。
その扉がガチャリと開く。タチの悪そうな人相をした男が三人程ほどやってきた。そいつらは、この建物(闇金融)の従業員だった。煙草を吸いに出てきたようだ。
「例の件ですが、サツに感づかれないよー工作練った方が良いですかね?」
「構わねぇ。こっちのルートが潰されねぇように、上の方々が手回しをしてくれる。こっちが余計なことをすると、オヤッサンにも迷惑かけちまう。今まで通りやれ」
「へい!」
「あん? 兄貴ぃ、誰か居ますぜ?」
「ああ?」
そこでヤクザの連中と、彼女は目が合った。双方ともしばらく互いの異質な格好に硬直状態になったが、やがて彼女の方が口を開いた。
「貴方達、この国の人ですね。少し聞きたいことがあるのですが……」
「ひゃっはー!兄貴ぃ見て下さいよぉ!外人さんですぜ、それも飛びっきりマブい!」
「ああ、そういえばオメーは、外人路線だったな」
「つうかテメェ、何でここに居やがる?どうやって入った?」
ヤグサの一人は、彼女に近付く。
「あ、ごめんなさい。ここ貴方達の所有地だったのですね。直ぐに出ていきます。ただ……その前にここがどこだか教えて貰えませんか?」
「ここは東京の中心にある街だよ、ねーちゃん」
兄貴と呼ばれるヤクザが、口に煙草を添えて火を付ける。
「トーキョー……分かりました。中央都市って事ですね。ありがとうございます。それでは失礼します」
笑顔を向けてお辞儀をすると、彼女は階段の方へ向かいヤクザの連中の横を通ろうとした瞬間━━━
「おい」
『へい』
兄貴の合図と共に、二人のヤクザが彼女の両手を掴む。
「あ、あの、どうかしましたか……?」
不安そうな表情でヤクザを見る彼女。兄貴は煙草の煙を彼女に吹き掛けて話す。
「ねーちゃんさ。組のシマに不法侵入してただで帰れると思ってんの?」
「あの……お金でしたら今は無いので、後で必ず支払いに来ますから……」
「身体で払えや。オメーら犯って良いぞ。逃げる気も失せるぐらいになぶってやれ」
「へい!外人とヤるのは初めてだぜ」
「闇ルートで映像高く売れそうッスね」
ヤクザが彼女の手足を触っていく。
「や、止めて下さい……」
ヤクザが彼女の静止を聞くはずもない。やがて手は、彼女の大事な所へ触れようする。
その瞬間、彼女の目付きが変わった。
「止めなさいと言ってるのが聞こえないのかしら」
今までに感じたことのない気配。殺気や威圧に近い。ヤクザは手が止まり、兄貴も彼女の変貌に煙草を吸うのも止めていた。彼女は坦々と告げる。
「どうやらこの国の秩序は最悪のようね。貴方達のような無法者が普通に闊歩しているのだから」
その言葉にヤクザの若い衆がキレた。鬼のような形相で彼女に掴み掛かる。
「おい、あんま舐めくさってんじゃねェぞ!くそアマがァァァア!」
胸ぐらを捕まれて罵声を浴びさせられたが、彼女は嘆息して虫けらを見るような瞳を向けた。
「下品な言葉使いだわ。品性のカケラもない……」
その言葉にさらにぶちキレた若い衆は、彼女を殴ろうとした。━━━したのだが実際に殴られる事はなかった。
ドタンッ!と言う鈍い音がした。
「かはっ」
地面に目をやると、殴りかかったヤクザが倒れていた。しかも、口からヨダレを溢して悶絶していた。
「テメェ……ッ!殺す!」
チャッと胸ポケットから折り畳み刃を取り出したもう一人の若い衆が、彼女に向かって突撃した。
刃を向けられれば誰だって本能的に怖がるものだが彼女は違った。
刃を持った若い衆の右手を掴み、重心を下に崩させた。そこで彼女は左足を使って、ヤクザの足を払う。そこからは一人目の時と同じだ。
ヤクザは地面に倒れるまでに三回転半ぐらいして、勢いよく地面に背中から叩き付けられた。
その衝撃が背中から身体全体に行き渡り、ヤクザは悶絶した。
それらの光景を見ていたヤクザの兄貴分は、経験からこの女は危険だと言うのを感じ取っていた。
あの身のこなしから体術に至り、極めつけは“あの瞳”だった。
確かに何度かの抗争と言ったドンパチを繰り広げる中、殺意を込めた眼をしている者もいた。
だが彼女はそんな殺気とは違う。しいて言うなら、そう━━━威圧感だ。
彼女の瞳から放たれる威圧感には、絶対に勝てないと思わせるような気と勝つことに満ちた自信のようなものを感じる。
故に兄貴分のヤクザは、対体術戦最強の武器である拳銃を取り出した。
「死ねやっ!」
ドォン!
銃声が鳴り響く。だが彼女は焦らない。なぜなら彼女には、その銃弾を防ぐ術を持っていたからだ。
炎。正確には天塚家特有の力と言われる紅炎であった。
彼女は手のひらを銃弾の射線上に向けると、いつものように紅炎を放とうとした。
「━━━!?」
だが異変に気付いた。“紅炎が出ない”。いや、出せなかった。
(うそ……!?紅炎がっ……どうして!?━━━まさか、さっきから感じていた、この地の魔力濃度の薄いせい!?)
突如知った事実に反応が遅れ、銃弾は彼女の額に迫った━━━━━━瞬間だった!
突如後方の扉が開かれ、誰かが走ってきた。
ガキィィン!
そして“何か弾ける”音がした。
「え……?(弾が……砕けた……?)」
入って来た男━━━
「何か異質な気配を感じたと思ったら━━━」
━━━早乙女良夜は苦笑して言った。
「まさか事件の現場に居合わせる事になるとはな!」
これが現実世界の早乙女良夜と、異世界の天塚魅紅の初めての出会いであった。
『to be continued』