【#060《My Memory DaysⅧ》】
雅が紗耶香のエレメントを引き抜こうとした瞬間、紗耶香の中の廡魔が出てきて暴れだした。
「くそがぁ!放せェェェェェェェェェエ!」
さっきから廡魔は真気功を紗耶香に発動させようとしているが、エレメントがほとんど抜き出されている為、エレメントが足らず発動させれないでいた。
廡魔は焦った。せっかく戦争後、力のほとんどを失った自身を修復する為に、何十年と人の不の心を喰らい続け、全盛期の7割も取り戻したと言うのに……また屯朶の力によって倒されようとしている。憎い。屯朶が憎い。御三家が、人間が憎い!憎悪の念が不運を呼び起こした。
チャリン……
そんな音と共に、紗耶香の首につけてあったペンダントが落ちた。そして蓋が開き、その中には━━━雅と紗耶香の若かりし姿の写真が納められていた。
それがいけなかった。雅は一瞬、ほんの一瞬、その写真を見て意識を反らしてしまった。エレメントを奪うと言うのは、屯朶にとって魔導士から魔力を奪うのと同意で、身体にどのような障害が発生するか分からない。それが、一瞬の躊躇いを生んでしまったのだ。
「!」
その隙を、衰えても四外魔王の廡魔が見逃す訳が無かった。
「生んだな!不の感情!“憑異”!」
「しまっ━━━!」
わずか一瞬で廡魔は紗耶香から雅へ、乗り移った。それを見ていた真美が心配そうにしていると━━━
「よォ、紗耶香。母さんはもうダメだ。何せ、このエレメントは俺が頂くからなぁ!」
そう言った瞬間、雅はイジェクトで紗耶香からエレメントを抜き取った。
「あぐぅ!」
紗耶香は苦しそうにしながら、地面へ倒れた。
「……はぁ……はぁ……お父さん……?」
途切れ途切れの声で、正気を取り戻した紗耶香が雅を見据える。
そこで何が起きたのか分かってきて、悔しさに悲しさに涙が零れ落ちた。
「んだよ?エレメントを抜き取ると死ぬんじゃねぇのか」
雅が廡魔の台詞を吐く。
「お父さん……?」
真美が父の元へ歩いていくのが見えた紗耶香が、それを引き止めようとする。
(真美!?どうしてこんな所に……!)
憑異されている間の記憶がほとんど無い紗耶香は、真美に向かって叫ぶ。
「駄目です!今のお父さんに近付いては!」
その声に真美が気付く。
「え?母さん……?正気に戻ったの!?それじゃ、父さんは!」
そこで真美は気付く。いま父は廡魔に操られているのだと。
「そんな……」
近付くのを止めた真美に、雅はいつもの明るい調子で喋りかけてくる。
「真美、どうしたんだ?怯えているのか?」
「廡魔……!変な小芝居は止めろ!」
つい口調を強めてしまった真美の言葉を聞いて、雅はニタァと醜悪な笑みを浮かべた。
「クカカッ!この状況でんな口聞けるとはな!だが、最早我を止める事は叶わねぇぞ!屯朶の人間は全滅、そこに転がる女も虫の息で、お前はちょっとはやるみてぇだが、この身体の方が強ぇ!もう詰みだぜ、屯朶一族!」
《さあて、それはどうかな?》
「!? 誰だ!」
『……?』
真美と紗耶香は首を傾げる。
『誰だとは失礼じゃないのか?人様の身体を奪っといてよぉ』
頭の中に流れてくる音声は、雅本人のものだった。
念話の要領で廡魔に語りかけていた。
「チッ!急な憑異だったから、人格までは乗っ取れなかったか!」
『詰んでるのはお前自身だぜ?』
「あ?何言ってやがる!例え人格が残ってたって、この身体は俺の意のままに操れるんだ!」
その台詞で、紗耶香と真美がやっと気付いた。
「母さん、ひょっとして!」
「はい。お父さんは完全には操られていません……もしくは意識だけはあるのと思います……!これなら!」
紗耶香は駆け出した。また雅も、廡魔が操っているとは言え、その視覚で見たものは雅も見えている訳で、紗耶香がこちらへ駆け出してくるのが分かっていた。
いや、雅はもっと前からこうなることを確信していた。廡魔が自分の身体へ入り込む。その時から。
また、廡魔も気付く。
(こいつら……!紗耶香を追い詰めれば、我が急いで雅へと移り変わるのを予期しただけではなく、急な憑異は完全なモノにならないと言う所まで予測していたのか!)
紗耶香は既に雅の間合いへ入り、両手を雅の胸へ当てた。
「縁共鳴!」
紗耶香は縁感知による追跡術で、雅の深層区域まで潜り込み、そこでターゲットを見つけ出した。
「見付けました!」
「ぐっ!?」
廡魔は補足されたことで、より焦るがもっと急な事態に見舞われた。
身体を自由に動かせなかった。間違いなく、憑異の効果が薄れたのだ。
更に廡魔に取って不測の事態にが起きる。
「ハハ……!残念……だったな!廡魔ぁ……!」
この言葉は廡魔が雅に言わせているものではない。雅が雅の意思を持って言った発言だ。
「おの……れ……ぇ!人間風情が!ぐっ……人間を……舐めるなよォ!魔物ごときがァ!」
雅と廡魔が身体の主導権を巡る戦いを繰り広げる。だが、廡魔の方が押されていた。主導権争いなら、廡魔の方が上手なのだが、厄介なのは紗耶香の縁共鳴の方だった。
(この女……!深層領域でこの身体の人格と共鳴してやがる!エレメントは尽きてる筈だがなぜ……!)
「なら知っとけよ……!紗耶香の縁感知はなァ!エレメントの力じゃなく、エレメントを見切る事の出来る先天的なモンなんだよ……!」
まだ同じ身体に宿っている為か、廡魔の考えてる事は雅にも筒抜けで、だからこそ自慢気に答えたのだが、それを廡魔は不愉快に思い、ある決心をさせた。
(……止めだ。再び身体を得て、復讐に明け暮れようとも思ったが……止めだ!テメェラを殺す!我の命を賭けて!)
その瞬間、雅の身体から黒い煙のようなオーラが沸き上がり━━━紗耶香ごと雅の身体を覆っていった。
次回へ続く!!