【#014《宿屋ラ・フェイス》】
「一泊二日で1200セルとなります」
受付の女性が笑顔で対応してくれる。ここは街の離れにある小さな宿屋。
「ごめんなさい、今紙幣を持ってないので、これで良いかしら?」
そう言いながら魅紅は人差し指を出す。受付の女性は最初「?」な反応だったが、直ぐに意味を理解したらしく笑顔を向ける。
「紋印支払いですね」
紋印支払い、上流階級の貴族や王族等と言った人間が好んで使う支払い方法。
それぞれが己の証となる家紋を、予め人差し指に術式で組み込んで置くことで、特殊な用紙に触れると、その家紋が浮かび上がる仕組みになっている。
これで家紋が認証されると、例えお金を持っていなくても家にある指定財産(別途に避けられた貯金)から、自動的に引き落とされると言う便利な仕様だ。
「あの……この家紋って、お客様……天塚一族の方ですか?」
これは仕方無い事ではあるが、家紋が分かると言うことは、その者の素性が割れると言う事である。
ましてや世界規模で知れ渡る、御三家の一角“天塚”ともなれば、知らぬ者等居ない程だ。
「あー、うん……そうなんだけど。お忍びで来ているから、あまり騒ぎにはなりたくないというか……」
「あ、ハイ!大丈夫です!誰にも言いませんっ」
「わがまま言ってごめんなさい。助かるわ」
魅紅は受付の女性の手を握ってお礼を言う。
女性は嬉しそうに、自分の両手を見ながら小さく呟いた。
「あわわ、天塚のお方と握手をしちゃいました」
感涙のあまりに魅紅の手を握り返している。良夜とハーベルトは、遠くから様子を見ていた。
「小僧、感謝しろよ。魅紅御嬢様が、貴様の分まで支払って下さっているんだからな」
「感謝してるよ。魅紅にはな」
「カンに触る言い方だな。私は貴様の命の恩人だぞ?少しは感謝したらどうだ?」
「はは、バカ言ってはいけませんな。アンタは一度俺を見殺しにしようとしたし、投げやりに助けて雑に地面へ投げ捨てたやり方のどこに感謝しろと?」
「貴様……余程死にたいらしいな」
「ああ? 能力こそ使えないが体術は使えるからな?」
「それは挑戦と受け取って良いのかぁ?」
「どうぞご自由にぃ?」
二人は至近距離で火花を散らせながら睨み合っていた。
「はい、ケンカしなーい」
そんな二人を魅紅が間から入って来て、顔を放す事でケンカを止める。
「部屋は二階みたいだから行くわよ」
「勘違いするなよ? この執事からふってきたんだからな?」
良夜はハーベルトに指を指した。指を指されたのが気に入らなかったハーベルトは、その指を掴んで力を入れた。
ミシッ
「小僧……人様に指を向けちゃいけねぇって、親に習わなかったか?」
こめかみをピクピクさせながら低い声でいう。良夜は片方の手で、自分の人差し指を掴んでいるハーベルトの手首をがっしりと掴み返す。
「あいにく!親は教育とかする前に消えたからなぁ!」
メキメキッ
良夜の人差し指と、ハーベルトの右手首から軋むような音が鳴り出し、鈍い痛みに襲われる。
「あ、あのぉ、お客様~! ケンカは良く有りませんよ~」
すると溜め息を突いている魅紅の後ろから、和服姿の小さな少女が出てきて両手を上下に振りながらケンカを止めようとしてくる。
「この女の子は?」
良夜が少女の方に目を向けた。魅紅が仔犬を見るかのような柔らかい笑顔で、その少女の頭を撫でた。
「ここの従業員よ。私達を部屋まで案内してくれるみたい」
「あ、わたしはミイシャ・ノルヴェンと言います。天塚ご一行様に快適なお泊まりをできるよう心がけますので、どうぞよろしくお願いします」
可愛く一礼をし、背に不釣り合いな感じに先頭を歩き魅紅・良夜・ハーベルトを二階へ案内する。
三人も「宜しくお願いします」と、礼を返しミイシャの後を追っていく。
「ここが天塚ご一行様のお部屋です」
案内されて入った部屋は、心休まる雰囲気な作りをしていた。
畳で床を敷かれ、襖がありその中には布団が二組程畳まれていて、どこか日本を思い出させる。
見た目もそうだが、特に畳の匂いがもっとも落ち着く。
良夜の家が畳だからではない。むしろ、ほとんどが絨毯を敷いてあるくらいだ。
ただ、良夜の母方の実家がある群馬では、築80年と言う古民家で完全和風な作りをしていた。
一時はそこで過ごした事もあるため、どこか懐かしさを感じてしまうようだ。
「まさか異世界に来て、こうも馴染み深い部屋へ泊まれるなんてな」
「うん、確かに良夜の居た世界と似たような造りね」
良夜もだが、アルカティア人である魅紅も、この一室の造りには驚いていた。
「なあ、アルカティアでは俺の居た世界の事は知られているのか?」
「そんな筈はありませんね」
答えたのはハーベルトだった。ハーベルトは親指と人差し指をまとめて顎に当てる。
「アルカティアの中でも現世界の存在を知り得ているのが魔法倫理教議会の元老院の五名、それと御三家の各当主のみです」
「……どうりで私が知らないわけね」
魅紅の嘆息混じりな愚痴に、ハーベルトはすいませんと謝罪し、話を戻した。
「そしてノーマジーを知る中でも、アルカティアとノーマジーを行き来出来るのは我々の天塚一族しか出来ません」
「てことは、一般の人間は俺の世界……ノーマジー?には行くどころか、そんな世界があること事態知らないわけだ」
「そうです。こういう造りが想像によって偶然にもノーマジーのような部屋を造ったのか━━━もしくは、何らかの手段を用いてノーマジーの存在を知ったのか……どちらにしろ問い質してみないと駄目ですね」
そういうとハーベルトはスクッと畳から立ち上がって、部屋の外へ出ていった。
宿屋の店主でも探しに行ったのだろう。残された良夜と魅紅は、しばし今後の動きについて会話した後、もう夜も遅いと言う事で、押し入れから布団を取り出し、敷いてから休むことにした。
ハーベルトは日にちが変わっても戻って来なかった。
時間は深夜0時30分━━━、良夜はまだ寝ていなかった。魅紅は隣の布団で小さな寝息を立てて眠っている。
この宿屋が街外れにある為に、やたらと静かで窓からは月明かりが射し込み、シーンとした空気の中、良夜はある人の事を思い出していた。
(……夢奈のやつ、心配しているんだろうな……)
自分の居た世界。アルカティアではノーマジーと言われる世界。そこに残した少女、美月夢奈。良夜の幼なじみで、昔から一緒で似たような境遇の中でも、互いに支え会ってきた特別な人。家族同然のような人。そんな少女に、何も言わず消えてしまったのだ。
向こうでは事件になっているかもしれない。そもそも、こっちに来る前にハーベルトや良夜が謎の敵とハデに戦ったから色々な意味で問題になっているだろう。
それらに夢奈が巻き込まれていないか心底心配だったのだ。
「━━━そういえば、あの黒い奴……あいつもこの辺に跳ばされたのか?」
黒い服装に、黒い光線を放つハーベルトを追ってノーマジーまで来た敵。自分たちやハーベルトが比較的に近い位置に跳ばされたのだ。あの男も、同じように近場にいるのではないかと心配になった。
そして━━━その危惧は的中することになる。
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宿屋ラ・フェイスから離れた平地に、四人の陰が迫って来ていた。
「今までどこに隠れてたんだかなー。天塚のお姫様は」
「僕はそれよりも君がおとなしくしている事にびっくりだよ」
「それはオレも同感。なに?天変地異の前触れ?どうなんだ、カイ」
「……」
「相変わらず黙りか!」
「無視とも言うな」
「それよりわかってるよね?僕らはあの能力は使っちゃいけないってこと」
「わかってるよ。言われなくても」
「……」
「この事がリーダーに知られる前に済まそう」
「おう」
「ん」
「……」
「相変わらず黙りか!」
『to be continued』
久々に更新しました。焔伽 蒼です!
次回は戦闘でフィーバーします、作者が!いや、にしても年末の忙しさもフィーバーで困ったものです。
冒険の書は、挿絵が付いたりしますのでお楽しみに!