【#005《生まれ持った宿命》】
喉元に突き付けられたフォークに警戒しながら、良夜はハーベルトに話し掛けた。
「おいおい……何なんだよ。ヤクザに絡まれていた女を助けたから、組の奴らが追い掛けて来ることぐらいは覚悟していたけど……、こんなアクロバットでクレイジーな相手だなんて聞いてないぞ?」
その視線が魅紅に向けられていたのに気付いたのか、へ?と気の抜けたような返事をした後、慌てて誤解を解いてきた。
「ご、ごめんなさい━━━って言うか私、まだ何も説明してないわよ!」
さも予め追手が居て、その相手が危険な奴だと言う説明を受けたかのような反応で示す良夜に、魅紅は文句気味にツッコまざるを得なかった。
「冗談だ」
「冗談!?」
当たり前のようにボケをかます良夜に、魅紅は嘆息をする。
自分の命が危機的状況に陥っているのが分かっているのだろうか。
「貴様、ずいぶんと余裕じゃねェか……、私を腹立てると寿命が縮むぞ?」
声色を変えて警告してくるハーベルトに魅紅は焦る。
ハーベルトが口調を変える時は身内以外に怒る時、そこに声色までが低く重いものになった時、それはキレた時かキレかかっている時と魅紅は良く分かっているからだ。
これ以上良夜がハーベルトを刺激するのはマズイ。止めに入って、双方をなだめようとするが、良夜は魅紅が思ってる以上にキレやすい人間だった。
喉元に突き付けられているフォークを親指と人差し指を掴む。それが一層不愉快に思ったハーベルトは、手に力が入る。
「何の真似だ、平民……」
「何の真似だ……だと?それはこっちのセリフだぁあ!」
キレた。まあ、それも仕方無い事だろう。親切心で助けた女を匿っていたら、いきなり得体の知れない連中がやって来て、生意気な口叩かれるは、凶器で脅されるは、失礼にも程がある。実際、失礼の度は越えているのだが。
だが、ハーベルト側から見れば、大切なお嬢様を連れ去った(と思われる)人物だ。
まして平和ボケした日本と違って、異世界アルカティアは右を見れば戦闘、左を見れば犯罪者、きっかけあれば直ぐに戦争まで発展するような危険な世界の常識があるため、罵倒や脅しで警告している分、まだ紳士的な方なのである。(執事としてどうかと思われるのは確かだが)
それだけに今の良夜の発言は、ハーベルトから見れば逆ギレのようなものだ。元より短気な性格もあるせいか結果としてこっちもキレた。
ズガッと言う音と共に、良夜の右頬に鈍い痛みが走る。そして口から赤い液体が垂れる。ハーベルトに殴られた拍子に口を切ったのだろう。
良夜は口から垂れる血を右手で拭うと、小さく顔を下に向けたまま呟く。
「……苦い……」
「あ?」
良夜は何かを呟きながら、ハーベルトに近付いてくる。やがて目の前まで近寄ると足を止め━━━
「口の中に鉄分豊富な味わいで満ちてるぞ、こらぁぁあ!」
━━━殴った。良夜は訳の判らない言葉と共にハーベルトを素手で力いっぱい殴った。
これにはハーベルトどころか、魔導騎士の二人も、魅紅ですら驚きの表情をしている。ポカーンと口を開けたまま塞がらない、可愛い顔が台無しだ。
しかし、そんな魅紅を外目に、良夜もハーベルトですらも周りが見えていなかった。
「やってくれるじゃねぇか!」
ぺっと口から血の混じった唾を吐き捨てて立ち上がるハーベルト。
「これでお会いこだな、似非執事!」
「全くです。良い教訓になりますよ。犬畜生如きに一発貰ってしまうとは」
急に二人は爽やかに笑い出す。ハーベルトもいつの間にか丁寧語になってるし端から見れば、仲の良い青少年が談笑している絵になる光景だ。
……ただし二人から怒りによる怒気が放たれていなければの話だ。
「ぶっ殺す!」
「平民風情がぁ!」
物静かな夜の町に、屋根で殴りあいを始める現世界の能力者と異世界の執事、肩書きの割には滑稽な戦いを行う。
「てめぇの血の色は何色だぁぁぁ!?」
「高貴なる赤だッ!黒々した血色をした平民が見れる事を光栄に思えッ!」
「んだ、その邪悪な血の色は!俺はエイリアンか!?」
「ああもう!二人ともいい加減にしなさい!」
「ハーベルト様、当初の目的をお忘れですか!?」
子供染みた戦闘というか最早、喧嘩をしている二人を見兼ねた魅紅と魔導騎士が良夜とハーベルトを止めに入る。
良夜とハーベルトは殴り合いを止めて、互いに睨んでいる。しばらく硬直状態が続いたが、やがてハーベルトは良夜から魅紅へと視線を移した。
その変わり身は早く、良夜から魅紅の方へ振り向く0.5秒の間に、怒気に満ちた顔から、柔らかい相手をなだめるような優しい顔付きに戻していた。
良夜が「おい」とツッコもうとしていたが、ハーベルトは無視した。
「御嬢様、城へ御戻り下さい。主……御父様も心配なさいますし、こちらに長居するのは問題があるのです」
「お城を出る前にも話しました。私はもうあそこに戻るつもりはありません。あんな自由の無い生活……」
言葉に力が宿る。生まれた時から自分に特別な力があると言うだけで、許可なく外出を禁止され、出る時があっても必ずハーベルトもしくは魔導騎士の精鋭が護衛に付く処置がされ、自由なんて無いに等しかった。
英才教育などもあったが、それはまだ耐えられた。だが、周りからの眼だけは耐えられなかった。
天才少女。天塚一族の姫・焔の正統後継者・特異能力者、これらは魅紅がアルカティアで呼ばれてた“通り名”だ。誰一人も名前を呼んでくれない。
━━━私の存在意義は何?家柄?能力?、何で誰も私を見てくれないの?
━━━苦しい、悲しい、辛い……こんな想いをするぐらいなら、家柄も能力も何もかも要らない。一人の女として生きて行きたい。
それらの胸中は昔も今も変わらず、魅紅の心に病原菌のように巣くっている。
独りが嫌だから家を出た。今までのしがらみを切り捨てて、新たな人生を歩もうとしていた。
だけど、これも宿命なのか。逃げても距離等関係なく、元の運命に戻そうとしてくる。
現にこんな遠い地と思われる場所にも、ハーベルトと魔導騎士二名が追手としてやってきた。
状況は絶望的だ。魔導騎士は天塚一族の精鋭により構成された組織だ。その実力は、一人で一般の魔導師十名相当に匹敵する。またハーベルトにおいては、一族の中でもずば抜けた実力を持っていて、力が万全な状態ならまだしも、魔法の使えない自分等、1秒も持たないだろう。
(何で……何で邪魔をするのよ……何で分かってくれないのよ……私は、ただ、普通の女の子として生きて行きたいだけなのに……)
「!」
「御嬢様……」
良夜が驚いたように、ハーベルトが何かを察するように、二人の男は魅紅を心配そうに見つめる。
流れ落ちる雫に気付かず、歯噛みをしている姿を。
それは━━━哀しみの涙を堪え、尚真っ直ぐに生きようとしている姿は、良夜からは淋しく思えた。
独りでも光を灯すように、泥の中においても凛と咲き誇る蓮華のように、儚くも美しい姿を見せられて、そう感じ取れるのは同じ境界にいる良夜だからこそ分かるものだ。
(そうか……天塚は俺と似たような人生を送って来たんだな……)
良夜も生まれ持って得た力のせいでまともな人生を歩んではいない。両親が居なくなってからは、独りにもなった。
良夜と魅紅、差はあれど望みもしない力のせいで、人生を壊された者同士。互いが互いの気持ちを理解出来る。
そして今は━━━良夜が魅紅を理解している。答えは出ていた。
「……何の真似だ、平民」
再び低い声で不機嫌そうに放つハーベルト。それは魅紅の前に庇うように立つ、良夜に向けられたものだった。
「なに……してるのよ……?」
その姿に何かを感じている魅紅は、良夜に弱々しく問う。
良夜は後ろを向きもせず、笑って、強く告げた。
「俺はこれより、個人的にこいつを助けて!個人的にお前をブッ飛ばす!」
決意ある言葉が、夜の町にこだました。
続く!!
どもども、焔伽 蒼です!
通常より特別な閉めでしたので、終わり合図をアレンジしました。
次回はついに異能同士の戦いが始まります。
最後に自分事ですが、本日未来の彼方とアンノウンスキルの両方を更新できて良かったです。