最終話
長いです。
前半とかほとんど説明なので、特に読むのが煩わしいかもしれません
そんな時はこれさえ知っていれば万事解決、お婆が最強。
「私、魔法使いなのよ」
「へ?」
お婆の話は、この言葉―予想もしなかった言葉に、直前までの羞恥心など吹き飛んでしまった―から始まった。
お婆の話を要約するとこうである。
この国きっての魔法使いであったお婆はある日思った。そうだ、世界一周をしよう。
「何故唐突にそんなこと思ったのかも気になるのですが……」
「ん?どうしたの、ユリ」
「あの、私の世界には魔法というものは存在しないんですよ。一応本で魔法が存在することは知っていたのですが……どうも実感出来なくて」
「それだったら、今実際やっているじゃないの」
「え?」
「私の言葉も全部わかるし、自分の言いたい言葉もスラスラと出てくるでしょう」
「……は!」
ちょっと可哀想な子を見るような目で私を見るベルクは、置いておくとして。続きである。
世界一周に行くことは決定したものの、お婆の住まう屋敷には、幼いころから面倒を見てきたベルクがいた。
ベルクを一人にすること自体に何の問題はない。だが一つ問題があった。ベルクに結婚する気配がなかったのだ。
ベルクもいい歳だ。それっぽい女性の存在があってもよいはずなのにそれが中々なかった。
まだ、そんなに焦らなくても良いかもしれない。けれど、自分が世界一周―世界は広く、一周するのにどれほどの時間がかかるかわからない―している間に、そのままであったらと思うと不安だ。
そうだ!自身の魔法を使って、ベルクと最も相性の良い女性を召喚しようじゃないか!
と、いうことで私が召喚されたらしい。
「……ベルクは私が召喚されたということは知っていたんですか?」
「いや。そもそも召喚の魔法は数百年近く前に行われたと聞いただけで、実際に出来るなどとは思っていなかった。何らかの形でお婆が関与しているとは考えてはいたが……」
ベルクにとっても驚きの事実であったということか。お婆の力半端ないですね。
まあそういうわけで私が召喚されて。
最初に私がこの屋敷ではなく、遠く離れたところに出て来たのは、久々に使った高度な魔法だった故にミスをしてしまったからだとか。ちなみに私を襲ってきた犬もどきはドーウルという名のキメラらしい。あの後ベルクによって気絶させられ、山に帰ったということだった。
最初はミスしたが、その後はまあお婆の思惑通りに事が進んだ。得体の知れない私を、優しいベルクは保護すると決め、まあその先は御覧の通りです。
私たち二人の様子をニヤニヤ見て楽しんでいたといことですね、お婆は。
「あの、何で最初から今みたいに言語を理解できるようにしなかったんですか」
「障害があったほうが、恋は燃えるもの」
「……」
一瞬殺意が芽生えたことを咎める人はいるまい。
「それにしてもベルクさんがなかなか攻めの姿勢に転じないから焦ったけれど、良かったわ。漸く決めたみたいで。どうせまだはっきり言ってないのでしょう。私少し準備することあるから部屋を出ていくから、その間にちゃんと言いなさい」
「……先ほど言ったが、お婆が途中で」
「返事聞く前に何かしようとしていたように見えましたけれど」
「……」
「じゃあ、ちょっと待っていてね、お二人とも。ベルクさん、大丈夫よ。傍から見ていたらもう完全に恋人同士だったから、頑張ってねえ」
台風が過ぎ去ったような静けさだった。と言うか正しくお婆は台風だった。
周りを振り回しまくって、何事もなかったかのように去る。
……私は一体どうしたら良いのだろうか。チラッと隣に座るベルクを見ると、何故だか目を瞑っていた。見られてないのを良いことに、私はじっとベルクの顔を見つめる。やっぱり、かっこいい。
……ああもう認めるさ!私はベルクのことが好きだよ!惹かれてるかもーとか曖昧な表現で逃げていたけれども、お婆にはバレバレだったみたいだしね。そうさ、私はベルクのことが好きさ、大好きさ!
お婆の言葉から察するに私たちは相思相愛、ということらしいのだが……実際のところどうなのだろうか。本当に、ベルクは私のことが、す、すき、なのだろうか。
悶々と考えながらベルクの顔を舐めまわすように見ていたら、今朝もう少しで私の唇に重なりそうだった、ベルクのそれに目が行ってしまい…………うああああああ。
邪な思いで頭がいっぱいだ!それを振り払うように首を左右に思い切り振る。あ、振りすぎた。
振りすぎた頭を落ち着かせるために一時停止していたら、急にベルクが立った。
立ったかと思うと、ソファに座ったままの私の目の前に跪く。
「俺のせいで迷惑をかけてしまって悪かった」
「そんな、謝らなくても良いですよ。むしろベルクは私と同じように、お婆に謀られたわけですから」
「……そうやって話すと、本当に23歳なのだとわかるな」
「そんなに若く見えるんですか?私、あっちだと老けて見られていましたよ」
「まあ身長がこちらの子ども並みに低いからな。顔立ちも幼く見えるし……本当に良かった」
「良かった?」
「ああ、いや。何でもない気にするな」
そう言ってベルクは頭を撫でてくれた。うーんやっぱり好きだな、ベルクの大きな手。
数度撫でたかと思うと、頭の上にあったベルクの右手は下がっていき、頬を包んだ。左手は、いつのまにか私の右手を握っている。
あれ?なんか、あれ?
「ユリには悪いが、お婆には感謝している」
「……」
「こうして、ユリに出会うことができた」
顔が一気に赤くなったのがわかる。そんな私の顔を見たベルクは、凄く、凄く優しい笑みを浮かべた。
やばい、心臓がばくばくいっている。ベルクは私の心臓を壊す気なのか。
そんな笑顔を見せられたら、ますます顔に熱が集まるに決まっている。絶対今リンゴに負けないくらい真赤だよ、いや負けるけどね。比喩ね。
「俺はユリが好きなんだ」
優しい笑みを浮かべたまま、スカイブルーの瞳は真摯に私を見つめている。ああ、これは現実なのだろうか。ベルクという素敵な男性に、告白されているとか。夢?もしかして、異世界に召喚されたあたりから全て夢だった?そんな壮大な夢は見られるのか?
思考回路がぐちゃぐちゃになっている私を知ってか知らずか、ベルクの右手は私の頬を触れるだけにとどまらずに撫でてきて、手を握っている左手は先ほどよりも少し強く握っている。
「愛している」
うわあああああああああああ。実際に声に出さなかったことを褒めてほしい。素敵な男性に、好きな男性に、自分と同じ想いだと、愛していると言われる。
経験値の低い私は、ここでどのように返せば良いのかわからない。というか考えられるほどの余裕を持っていなかった。
衝動的にベルクの身体に抱きついた。腕をベルクの首に回し、身体をピッタリとくっつける。
あちらの世界に居たときには、したこともないような普段の私からは想像も出来ない大胆さだ。どうやらこちらの世界に来てから甘え癖がついてしまったらしい。
ベルクに出会ってしまった、これが一番の原因だ。
「私も、ベルクが好き。大好き」
自分の言葉で伝えられることがこんなに嬉しいなんて、言葉が全く伝えられない状況にならなかったら思わなかった。
顔を見て言えたら良かったのかもしれないけれど、どうしても恥じらう気持ちが大きすぎて(随分と乙女だな自分!)、抱きついたまま自分の気持ちを伝えた。
ベルクはそれに答えるように、ギュッと抱きしめてくれた。
うわー、すごく幸せだ。こんなに満たされた気分になるのは初めてではないだろうか。そう感じるほど、幸せだ。
お婆の言う「最も相性の良い」も伊達じゃないな。流石国どころか世界を超えて、異世界から連れてきた(連れ出された)だけのことがある。
そう、異世界。
……あれ、私ものすごく大切なこと忘れていないか?
昨夜のことを思い出してみよう。私はベルクの前で泣きました。何故、泣いたのか。それは自分の元居た世界に帰ることができないと思ったからです。
いくら舞い上がっていたとは言え昨夜意識を失うまで泣きつくした原因を忘れるとか阿呆か。馬鹿か。
成人になって数年が経過し、社会人として社会に出ている大人が、目の前の色事にしか目を向けられないってなんかもう駄目だろう。そうゆうのやって良いのは若い子だけ!10代のぴちぴち女子だけ!ぴちぴちとか死語使っている時点でアウト!
ベルクは雰囲気の変わった私に気付いたらしく、ややキツイぐらいだった腕の力を緩める。
ちょっと前までの高揚しきった状態では出来なかったが、冷え切った頭の今ならば、緩めただけなので距離がとても近いベルクの顔も真正面から見ることができた。
「ベルク、あの、私が昨日泣いていた理由なのですが、」
「ああ」
「本を読んで、元居た世界に帰ることができないと知ったからなんです」
「……」
ベルクは眉間に皺を寄せて黙ってしまった。まあ直前まであんだけ盛り上がっていたのに、一気に引き下げたからね。幻滅したのかもしれない。でも、「これから」を考えるときには絶対に必要なことで。
「私元の、っう」
ベルクは言葉を遮るように、私の身体をさっきのなんか比べ物にならないくらいに抱きしめた。苦しいほどに。まじ苦しい。
「っべ、る、」
「……」
もはやプロレス技みたいなことになっていますよ、ベルクさん。熊さん並みの大きい身体ってことをお忘れですか。昨夜に引き続き気失っちゃうよ!
「ベルクさん何みっともないことしているの!早く離れないと暫くユリと会えないようにするわよ!」
救世主お婆現る。
ベルクはようやっと力を抜いてくれた。さっきのは結構本気でやばかった。ここはがつんと言ってやらねばと思ったが、眉を八の字にして非常に悲しそうな顔で、「ごめん、ユリ、ごめん」と言われてしまいまして。
だからなんで熊さんみたいに大きな身体のくせにそんなに可愛いのさ。許してしまうじゃないか。誠に遺憾である!
おバカなことを考えている思考をぶった切ったのはお婆のさらなる声。
「さあ、逃げられる前にユリの親御さんに挨拶に行きましょう!」
え?
「あの、お婆、私元の世界に帰れるの?」
「もちろん」
即答ですか。
「えっと、あれ?あの本には不可能って……?」
「『ほとんど』って書いてあったでしょう」
「ありました、ね」
「可能性が僅かでもある魔法ならば、私に出来ないことなんてないわよ」
お婆強し。
あれだけ泣いたのに、あっという間に解決しちゃいましたよ。なんてことだ。
茫然としていたら、若干空気と化していたベルクがいきなり頬にキスをしてきた。まさに不意打ちである。
ベルクを見ると、さっきまでの悲しげな表情は消え去っていた。そこにあるのは盛り上がっていたときに見た笑み。
ベルクは、衝撃の事実の発表に加え不意打ちをくらうという挟み撃ちにあい茫然としたままの私の両脇を掴み、立たせた。
「ユリ、行こう」
そう言って片手を差し出すベルクは、かっこよくて、頼もしくて、素敵で、愛おしくて。
その手を拒否するなんて、あり得なかった。
私はベルクのその大きな手をとって、自分の中では最高の笑みを浮かべた。
「じゃあ、行きましょうか」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
1話目を投稿した当初は、まさかここまで多くの人に読んでもらえるなどとは露にも思いませんでした。
お気に入り登録をしてくださった方々、評価をしてくださった方々、この小説を最後まで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
都合の悪いところはすべてお婆を使うというズルイやり方になってしまいましたが、区切りをつけることが出来たので良かったです。
この後は、番外編をいくつか載せていきたいと思います。
実を言うと、もともとこの話は番外編を書きたくて始めました。なので、番外編を出し切ってから完結とさせていただきたいと思います。
この後もお付き合いいただけたら、嬉しいです。