04
珍しく湿っぽいです
あれからまた月日が流れまして。
お手伝いと勉強を一生懸命やっていることには変わりはありません。しかし、なんだかベルクとの接触は格段に増えた。接触というか、ベルクがやたらと私を抱き抱えたり、頭を撫でまくったりしてくる。
ベルクに抱えられるのも触れるのも決して嫌じゃないというかむしろ嬉しいのだが、やはり恥ずかしい。こちらの世界で触れ合いはコミュニケーションの一部として当たり前なのかもしれないけれど、私が今まで生きていてそういった手法を使った覚えはまるでない。
慣れないというのもあるが、最近はなんだか妙にベルクを意識してしまう自分がいる。
前にも言ったが、もともとベルクは私の好みぴったりな男性なのだ。そんな男性に優しく微笑んで頭を撫でられたらそれはもうときめく他ない。意識しすぎて抱きあげられたときとかまともに顔を見ることができない。
ベルクから目線を逸らした先で、お婆が某家政婦の覗き見よろしく顔を半分だけ出して、私とベルクを見ながらニヤニヤしていることが多い。まことに居たたまれない今日この頃である。
一応宣言しておくが、ここにきてからの数か月を全てベルクとのときめきライフに費やしていたわけではもちろんない。
がっつりお手伝い(無駄に多い部屋の掃除や食事作り、庭の手入れなど)もしてきたし、そして勉強もかつてないほど頑張っている。おかげさまでだんだんと上達している(話す能力が今一なのは否めないが)のを実感している。これもベルクとお婆の指導の賜物だ。
結果、簡単なものではあるが本を読めるようになった。
そう、私が勉強を始めた目的でもある、元の世界に帰る方法を探すための、参考になる本を読めるようになったのだ。
ベルクやお婆に聞くことも考えたが……どんな反応をされるのかを考えると、怖くて聞けなかった。
このままこの世界に留まらざるを得ない状況になったとき、私には彼らしかいない。ずっとここでぬくぬくとお手伝いをするつもりではない。そのうちちゃんと独り立ちをしなくてはならないだろう。それでも、帰って来られる場所を欲するのは贅沢なのだろうか。
何だかこの世界に留まること前提みたいになっているが、これには理由がある。実はもう既に異世界についての本を見つけてしまったのだ。
その本を読んでわかったのはまず、この世界には魔法が存在しているということ。ただし皆が皆使えるというわけではないらしい。昔は大勢いたけれど、何らかの理由で大幅に減ったとか。
次にわかったのは、その魔法で異世界から何かを召喚できるということ。ただし非常に高度な魔法らしく、おいそれとは出来るようなことではないらしい。
そして最後、その召喚したモノの返還の方法。それはこの本曰く「ほとんど不可能である」らしい。召喚すること自体も酷く難しいのに、それを元に戻すというのは更なる高度な技術が必要、と書いてあった。
……と、いうことで私が絶賛ネガティブ中の理由がおわかりになりましたでしょうか。
私が元居た世界に変えることができるのはほとんど不可能らしいです。ははは、笑えない。
特に今、一日が終わろうとしている夜。一人でいるとき。笑えないどころか涙も出てきそうだ。
ベルクと初めて会って大泣きして以来、私は泣いていなかったし、泣きたいとも思っていなかった。確かに不安ではあったけれども、ベルクとお婆と言う心強い支えもあって、頑張ろうと思えた。
しかしここにきて、絶対的な目標が「不可能」と否定されてしまった。
うん、泣いても良いよね!どう考えても!
「……っ」
「ユリ?」
「!」
慌ててパジャマの袖で僅かに出ていた涙を拭ってから、振り返る。そこには案の定、ベルクがいた。
「どうしたんだ。眠れないのか?」
言いながらベルクは一歩ずつ近づいてくる。近づいたら顔を見て泣いていたことに気付かれないだろうか。そう思った私は俯こうとした。
しかし、ベルクは既にすぐ傍に近づいてきていて、私の両頬を手で優しく包み、俯くのを阻止された。首が痛くならない程度に私の顔を上げさせると、ベルクは腰を屈めて自身の顔を私のそれに寄せる。
すぐ目の前に、眉を寄せたベルクの顔。その綺麗なスカイブルーの色の目に映るのは、情けない顔をした自分の顔だ。
ベルクは親指を動かし、私の眦|まなじり|を擦る。
「……泣いていたのか」
案の定バレている。まあこれだけ顔を近づけたら、バレるのもしょうがない。
「何があったか、言えるか?」
私はどうやらこの世界の人に召喚されたらしくて、本当は異世界人なのです。お婆とベルクから勉強を教わって、本を読めるようになったので元居た世界に帰る方法を探していたら、本にほぼ不可能と書いてあって絶望したのです。
ベルク、私が異世界から来たと聞いてどう思いますか。ベルクは懐がとんでもなく深いので受け止めてくれるかもしれない。けれど、もし拒否されたら?今までと同じように、頭を撫でてくれる?それとも、もうこうやって触れてもくれない?
言いたいけど、伝えたいけど、言葉が出なくてもどかしい。
また、涙が出そう。唇を噛み締めて、目を瞑って。顔を隠せない代わりに、涙を隠したくて。
「ユリ」
そう言ってベルクは、私の頬から手を離したかと思うと、今度は私の背中に回し、抱きしめた。いつもの子どもを抱きあげるときとは違う、両手でギュッと私の身体をすっぽりと包みこむ。
「ユリ、ユリ、」
耳元で、ベルクは囁くように私の名前を言う。その度に息が耳にかかって、くすぐったい。けれどベルクはそれに気付いていないのか、ずっと私の名前を呼び続けている。
「ユリ、ユリ、ユリ、」
ベルクが私の名前を呼ぶ。本人は意識していないのかもしれないけれど、それは私という存在を肯定してくれているような気がして。
ベルクの身体の温もりが、すごく優しく感じて。
私はベルクの背中に手を回し、しがみつくと、静かに涙を流した。