閑話
読まなくても何の支障もないお話です。
もしかしたら今後の展開の軽いネタバレになるかも?
二人が出会う直前です。
あれは、仕事から帰宅してすぐのこと。服を着替えようと、ボタンに手をかけたときだった。
「ベルクさん!大変よ!」
ドア越しにお婆が声を上げた。幼い頃から世話になっているが、お婆がこの時ほど慌てた様子を見せたことはなかった。かつてない只ならぬ事が起こったのか。
俺は直ぐにドアを開けた。
「何があったんです?」
「森にドーウルが下りて来たみたいなの」
「ドーウルが?」
ドーウルとは、キメラの一種のことである。昔、この国では魔法によってキメラの生成が行われていた。しかし今ではその生態系の危険性から禁止されている。
現在でもその子孫が僅かながらに生存しており、一部の山に住んでいるのだ。我が屋敷のある森もそのキメラが住まう山の麓にある。ごく稀に山から下りてくることがあるため、その際にはキメラを山へ追い返すという役割を俺とお婆で担っている。
俺は剣、お婆は魔法の能力を見込まれてこの役を担わされた。
お婆はこの国随一の魔法使いだ。出来ないことはない、と言っても過言ではないほどの能力の持ち主である。つまりこの役はお婆一人だけでもなんとかなるのだが、本人はあまり自信の能力を使いたがらない。(魔法に頼りすぎると自分が人間じゃなくなる気がする、と言っていた)
それ故、俺と二人でこの屋敷に住んでいるが、本来ならば王宮に住む権利を有するほどの人である。
お婆はこの広大な森全体に、侵入者が現れたらすぐにわかるように仕掛けをしていた。
この屋敷に住んでから今までで、キメラが降りて来たのは片手で数えられるほど。そのキメラを追い返すのは俺の役目であった。
キメラが下りて来ただけで、このお婆が慌てるわけがない。一体何が起こったのか。
「人の気配がするのよ」
「人?町民ですか?」
この森の隣にはそれなりに大きい町がある。一応森には無暗に近寄らないように通達している。
「それがね、町の人ではないみたいなの」
「では一体誰が?」
「突然現れたの」
「……は?」
「それまで一切気配がなかったんだけど、急に現れたのよ」
転移の魔法でこの森に来たということか?転移の魔法を使えるとなると、高位の魔法使いであろう。
「魔法使いではないわ。一般人よ」
「え?では何故」
「そんなことは後でいいから!大変って言ったでしょう!その子ずっと森の中ぐるぐるしているみたいでね、しかも間の悪いことにキメラが下りてきて、もしかしたら鉢合わせしちゃうかもしれないのよ!早くその子のこと助けてあげて!」
「……わかりました」
ドアの横に置いてあった剣を持ち、お婆に転移の魔法を施してもらい、俺はその場に着いた。
そこに居たのはドーウルと、黒い髪の毛と黄色い肌の女の子だった。
*
「……これで良しっと。さあて、ベッドでも整えておこうかしらねえ」
お婆無双。