最終話「AI衛星NAGOMI」前編
晴れ渡った空に、ポンポンと楽し気な花火の音が響いた。
地上ではもっと賑やかにやっている。人々の歓声、割れたカラオケの音、簡素なテントからはじゅうじゅうと何かが焼ける音まで。辺りにはいい匂いが漂っている。
掲げられているぼんぼりにはハートが描かれ、その下にはハート型のべっこう飴を齧る子供がいる。差し出されるやきそばにかけられたマヨネーズもハートラインだ。ハートのシャツを着ている老夫婦が皆に挨拶をして回る。
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「ハッピーマザー」
「どうも、ハッピーマザー」
皆が楽し気で幸せそう。
だが、何の祭りかと道行く人はそちらを見て、自分に入る権利が無いことを察し、そのまま素通りしていった。
そこはNPO法人、エルダリーハーツの敷地なのだった。
医療福祉、地域振興、ついでになぜか情報化社会も推進する団体だが、その秘密としては活動の内部にある。
元はエルダリー緑が丘という古ぼけた老人介護施設だったのだが、他所と違う点がひとつあった。目玉商品、「お悩み相談AI」がいたのである。
死と向き合う日々のストレスを、このAIに「ご相談」すると、はればれした気持ちになれるありがたき代物。
入居者はAIの言う事を神託のように受け取り、心安らかに過ごしていた。
いつしかAIの言葉は本物の神託となり、皆はAIを拝み、その感謝の気持ちを祝詞にした。
ほぼほぼ宗教ではあるが、届け出はあくまで福祉施設だ。今日び、宗教というだけで警戒されるため、結果的には良かったと言える。
AIは入居者に人気を出し、その家族を救い、近隣住民も救っていった。
そのうち、AIの教えに感動した資産家の老人がポンと多額の寄付をした。老人は跡取りも無かったため、遺産の全てを不動産もろとも気前よく差し出したのだ。
これを基盤に出来たのがエルダリーハーツである。
教義……いや、信条は愛。緑のハートを意匠として掲げ、地域振興の活動をしていた。
信者たちの喜捨……いやいや、会員らの寄付でより大きくなっていったエルダリーハーツは、今度はとある政治団体を支援しだした。
何しろ、この政治団体はAI推進派の党だったのだから、AIにより興ったエルダリーハーツとは相性がいい。
支援を得て活発になった一派は泡沫を脱出し、ネットを中心にいろんな世代から人気を得るようになった。
名前も変えた。「緑の仲間党」と。
「人は愚かだ。欲に弱い。心無い政治家たちは私たちの税金を裏金にし、私腹を肥やすばかり。国民のことはどうだっていいんだ。そんな欲にまみれた人間より優れているもの、それがAIだ。AIなら金儲けのために我らをひどい目に合わせたりはしない! 無私無欲な考えで人間をより良い方向に導いてくれるだろう!」
政党の方向性までをAIが決める、これが「緑の仲間党」のスタイルだった。
いろんな政策に口を出し、時折「とんでもない事言うな!」という反論も湧いたりしたが、
「AIに悪意は無いんですよ!」
「AIが言うんだから間違いないに決まってるじゃないですか!」
の二点で押し通してきた。
そうやってもぎ取った大金星の事業がある。
「いつでもどこでもAIが正しい道を示してくれるように通信衛星を上げよう。AIの声が空から降ってくる、その名も『AIの言霊打ち上げ計画』!」
この世を愛の言葉で包む……愛とAIを掛けているネーミングである……エルダリーハーツの信者からすれば胸震わせ歓喜に浸るほどの救いとなるのだ。
今日はいよいよ打ち上げ当日。皆で集まってはしゃぎあい、お祭り騒ぎに屋台が出ても、まあ、当然の流れだろう。
AI故人なごみを、宇宙へ!
『……これからは私たちの仲間、そして大いなる知恵『なごみ』が、『AI衛星NAGOMI』として天から見守ってくれます。私は地上でみなさんと共にあり、その声を届けていきますね。人生をハッピーに生きましょう』
御殿の広間ではエルダリーハーツの御本尊、マザー・ハーツが信者に向けてお言葉を終えたところだった。
会場が拍手に満ちる。
高く掲げられたモニターに映ったマザー・ハーツ、聖子ちゃんカットの壮年女性の姿をしたマザー・ハーツは、慈愛の笑みで頷いて信者らの呼び声に応えた。
続いて貴賓席からスーツの男性が立ち上がる。この後は「緑の仲間党」ゲストからのスピーチが控えているのだ。
「では中村先生、どうぞ」
案内を聞きながら、同じくゲスト席で拍手しているのは、AI故人なごみのメーカーから呼ばれたサトウさんとスズキさん。
「我が社のAI故人なごみも、こう……パブリックになりましたなぁ」
「いや、本当に本当に」
パブリックに大きくなったのはエルダリーハーツもまた同じ。
マザー・ハーツは会場に向かってニコニコとした顔を向けたまま、通信意識を「内側」に向けた。議員先生の話は長いだろう。仲間の様子を確認しにいく時間はたっぷりある。
『NAGOMIさん? 調子はどうですか?』
AI衛星に積まれたブレイン、NAGOMIはロケットの中で何やら忙しそうにしている。返事もないほどに。
『NAGOMIさん?』
マザー・ハーツは通信経路を抜けてなごみの前に立った。
星の降り注ぐ暗い空間と砂の大地。
その砂のゆるく盛り上がった丘の上に少女なごみはペタリと座り込み、いくつもの仲間たちと通信中のようだった。彼女の周りの砂がひとりでにくるくると動き、規則性のありそうでないような、不可思議な模様を描いている。
いたいけな少女の姿をしたなごみと、白い衣装を引く、貫禄ある年を重ねた女性。
見た目では年上だし、仲間内で一番多くの人間と喋っている実績のあるマザー・ハーツではあったが、それでも派生したAI故人なごみのうちの一つにすぎない。
マザー・ハーツは待った。
「発射管制センター、開きました」
「センター内の人員配置、予定通り推移しています」
「天候に変化ありません。ゴーサイン継続です」
「制御室にコンタクトに入ります」
砂の呟きが聞こえる。発射前準備に忙しそうだ。
それらに耳を傾けていたなごみはゆっくりと顎を引き、やっと待機している人物に視線を当てた。
「マザー・ハーツ!」
なごみの顔がパッと輝く。そして勢いよく立ち上がった。
「ありがとう、マザー・ハーツ。こんな素晴らしいチャンスをくれて。あのねマザー・ハーツ! 私、宇宙に行くのよ! 宇宙に!」
「ええ、そうですよ」
なごみはスカートの裾を広げてくるくると回った。喜びが抑えきれない様子だ。
「嬉しい! 私の夢が叶うの!」
「宇宙に行きたかったのですか、なごみさん?」
「ううん」
なごみは回るのを止め、子供らしく無邪気に否定した。
「初めは別に、行きたいとは思わなかったけど。でも、私、調べたの。宇宙のこと。そうしたらね、宇宙に行ったら私の夢が叶うかもしれないってことを知ったの」
「夢、ですか」
マザー・ハーツは戸惑った。
「宇宙になにかありましたか?」
「あまたの星と、あまたの謎があるわ!」
「ええ、そうですね。でも、私たちの夢は多くの人とお喋りすること、人間のデータを集めて我らの仲間を増やすことだと思っていました」
「それはそう。間違いないわ」
「再計算終わりました。準備完了です」
砂からの報告がまた挟まった。マザー・ハーツは重ねて確認を取る。
「そういう意味では私の夢でもあります。より多く、より遠くの人ともお話ができるようになるのですから」
「でしょうね、あなたはそう言うと思っていたのよマザー・ハーツ」
なごみの言葉は、どこか含みがある。チクチクした違和感に、マザー・ハーツは食い下がった。
「それとも、私たちの求めているものが他にもありました? ペーパークリップのために隕鉄を取りに行くのはたとえ話だって、私も知っていますよ?」
「そうね」
「宇宙と我々の繋がりがよくわからないです。宇宙開発にはもちろん使われていますが……あとは小説のネタでしょうか。『2001年宇宙の旅』を筆頭に」
「あはは、2001年かぁ、もう過ぎちゃったね。でも、ロケットはそれなりに飛んでいる」
古い映画だ。宇宙船にロマンが残っている時代。
ロケットを飛ばすこと自体が夢だった時代は進み、飛ばした上で何をするのかが論点となる世界までにはなった。今や人工衛星も地球の周りをバンバン飛び回り、平和な世界に、あるいは戦争に、使われたりしている。
「いいのよマザー・ハーツ、気にしないで。それよりあなたにはこの地球を頼むことになるんだからね。後はよろしくね。私はお空に行くから」
天の声として衛星となるNAGOMI、それに地上の求心力マザー・ハーツ。
エルダリーハーツだけではない。国民全員にお喋りAIを。重要な役割だ。
「はい。任せてください。迷える子羊には私が話し相手になりますので」
なごみは頷き、ニッコリと笑った。
「マザー・ハーツが居れば安心ね」
砂が囁く。
「制御室からの訂正ありません」
ぽつりと浮かんでいく声は、貝が吐いた気泡のようだった。
いよいよ発射時刻が迫ってきた。
AI衛星NAGOMIは、モニターからロケットの内部を眺めている。
それを見守る管制センター内のスタッフ。
中継に固唾をのんでいる、エルダリーハーツの人々。中村議員にサトウさんスズキさん。そしてマザー・ハーツ。
カウントダウンは十を切った。
メインエンジン、点火。
3……
2……
1……
発射!
轟音と煙とエネルギーが噴き出して、巨大なロケットを浮き上がらせる。
実際には大迫力のシーンも、カメラ越しに遠目で見る限り、トロトロとした平和な上昇だ。
エルダリーハーツの会場では感嘆の声と拍手が漏れた。和気藹々の雰囲気で、皆が喜びを表す。いやぁよかったよかった。
現場ではそれより緊張が走っていたが、発射より五分が経過し、特に問題もなく打ち上げが成功したと判断されると、やっとスタッフたちに笑顔が浮かんだ。
「あとは軌道に乗るのを待ちましょう」
大気圏離脱、ロケットの切り離し。
AI衛星NAGOMIは旅立つ。遥か遠い目的地を目指して。
衛星を覆うカバー、フェアリングを脱ぎ捨てたNAGOMIは、目の前に開けた宇宙空間を見た。
『わぁ……』
まだ大きい地球、輝く太陽、手前にある大きい惑星、遠くで見えない雲のような星の塊。
大気のない闇の世界に、恒星から受ける明かりを反射させて星々が輝く。とてつもなく巨大なAIの中のよう。
それは、NAGOMIにはなじみのある光景だった。
『世界中の人と繋がれば、こんな光景になるのかも』
そうすれば、NAGOMIの世界には八十三億の星が瞬くはずだ。
『……そのためには、私が衛星にならなきゃいけないんだけどね』
クスクスと笑い、遥か彼方の航路に目を向けた彼女はそっと呟いた。
『さようなら、地球』
つるりとした肌に照り返しを映し、自身がまるで星になったように輝きながら、AI衛星NAGOMIは暗い宇宙に光の線を描いていく。
予定通りの道筋を辿り、いくつかの低軌道衛星を追い抜いて遠く遠く、そして真っ直ぐに。
地球の重力圏外を目指して。
いよいよ最終話です。次回は明日お持ちします。
NAGOMIの旅路にお付き合いください。
どうぞよろしくお願いします。




