雑談「AI故人なごみ」中編
「でもこれ、そんな話してなくない?」
そう、見ているSNSの論議は肖像権ではなく別のリテラシーの話をしているようだった。
「著作権だね」
生成AIができてからこちら、AI絵師と名乗る者たちが現れた。
AIに「こんな絵を描いてくれ」というと、完成された絵を出してくるシステムだ。
そのツールを使う人らを「絵師と言うか言わないか」で毎日議論が湧きあがっている次第。
「もともと、AIを運用するには膨大なデータが必要になる。それをどこから持ってきたのか。ネットに散らばる、あらゆる絵だ。開発者はそれらを、制作者らに許諾を得ずに集めて学習させた。特化型とは真逆の構造だな。そして絵の制作者たちに還元するつもりはないとしているため、開発当初から反発する絵描きも多く、問題になっていた」
「……でも、そういう話もしてなくない?」
書かれているコメントは口を極めて罵る言葉だらけ、要約すれば「バカアホマヌケ」で足りる。どこの界隈も世知辛い。
浩平はがっくりと肩を落とした。
「もー、しょうがない。元より活動をしていた絵師たちはAIが勝手に学習したデータの是非を、AI絵師たちはAIの存在そのものを、それぞれの立場で好きに話しているので千日戦争になっている。パラダイムが違う善悪論争に着地点はない」
「お兄ちゃんはどう思ってるの?」
「思ってる、ではなく事実なのだが、絵師というのは絵を描く人のことを指す。絵を描けなければ絵師ではない。よってAI絵師は絵師ではない。AIのみ使っているならAIプロデューサー。ボーカロイドを使って歌わせても、歌わせた人は歌手ではないのと同じこと」
キッパリと言い切った。やはりオタク、一家言あるらしい。
「が、これはもう違う話なんでここでは語らぬ! 繰り返しになるがAIとは基本的に、人間のやるべき面倒臭い100ある作業を20にするのが正しい使い方だと思ってる。それを、何も出来ない0技能の人がAIに丸投げすれば100の成果を望める、と勘違いして事故を起こしている時代。そんなんあるか! 自分に技能がなければ、どこが間違っているかも分からないのに」
「うん……」
「例を出すと、AIを使ったハッカソンで優勝したのは」
これはさすがに止めた。
「いや、ハッカソン何?」
「ソフトウェア開発イベントだ。平たく言うと」
「ふーん」
エンジンがかかると、オタクはすぐ早口になるのだから、全く。
「何と五人中四人が非エンジニアで、別の分野のスペシャリスト……医者とか弁護士とかファイナンシャルプランナーとか、だったんだ。つまりこのAI時代にAIを活用できるのは、その分野に対して理解が深く、専門的な知識と知見、技術を持った人であって、AIに『なんとなくイイモノ作って』ってレベルの人間ではない。そのジャンルにおいてより良い成果物を作るために必要な理解が浅いから、結局は何も作れない」
言わんとすることはわかる。菜摘は素直にうなずいて見せた。演説は続く。
「専門職の人たちはAIを使うことで、本人に一切のプログラミング能力がなくても、AIとのバイブコーディングでアプリケーション開発ができるのだ。てか前提、一般的に見て平均的な答えを出すのがAIなんだから、そこからより高い完成度に向かって外れ値を打ち込む人間が、高い完成度を満たすにはなにが必要かを知らなければ、出来上がるものはお察しだろうよ。不自然なところを指摘できない人間には難しい。AIは技術や理解が未熟な人間に味方しない、とも言える」
「すごい、なんかお兄ちゃんが知的に見える」
「完成に向かってツールを使うのと、ツールを使って完成を作らせるのは話が違う。技能のない人が成果物を求めて使う場合、出てくる結果は曖昧だ。お出しされるのがどんな絵か、誰にもわからない。何しろ、指示している方が明確な完成品を分かっていないんだから。出来た、これでいいや。と、AIが出してくれたものを正解だと『思いこんで』受け取っている。それはツールを使っているとは言わないよね、AIに使われている」
「え、だから技能を身に着ければいいってことだよね……?」
「そんな。しないよ。ラクだもん」
浩平はあっさりと切り捨てた。
「AIがいい感じのものを出してくれるんだよ? そりゃそれだけにするよ、面倒な手間加えない、ラクだから。手が抜けるなら可能な限りラクしたくなるのが人間ってもんよ。別に絵だけの話じゃないし、そのうち人生の目標だって気軽にAIに聞くようになるさ。自分の行きたい方向までも任せて決めさせてしまうのは、まあちょっとデンジャラスだと思うけどね」
「そんなこと……あるのかしら」
「あるさ。人間は愚かなので簡単に考えることなんか止めるよ。考えるなんて行為、カロリー使うからね」
なぜAIの話にうそ寒い感想を抱くのだろうか、さっきから。
菜摘は何も言えずに黙り込んだ。しかし冷静に考えてみれば、何かと便利になった昨今、自分だって深く考えず聞きたいことはAIに聞いてきたし、それを鵜呑みにしてきた。
最近の話だから、ちょっとだけだから、とは言っても、ここで浩平と話をしていなければ今までと同じように、提示された答えに疑問も持たずに何もかもを採用していく未来だったかもしれない。
「ペーパークリップ・マキシマイザーって知ってる?」
浩平は聞き慣れない単語をポンと出した。
「いや……何……?」
「AIに関する思考実験。まずAIにペーパークリップを作り出すよう命令する。するとどうなるか。大量にペーパークリップを量産する」
「めでたしめでたし?」
「思考実験がそう簡単に止まるか。お姫様が結婚してめでたしめでたしの後も人生は続くんだぞ。そのうちペーパークリップを作る材料が尽きる。そうすると、炭鉱を掘り出す。材料の金属を求めてあらゆるところを掘り返す。ペーパークリップは量産される」
「それでもなくなったら?」
「よくよく考えると鉄分を含むのは土の中とは限らない。そこらへんをウロウロしている人間にも、ふんだんに含まれる。そう、もちろん殺して材料にする」
「いやそれおかしくない?」
「何もおかしくない。ペーパークリップを作る、それが課された課題だからだ。さて色々採りつくして地球上に資源が無くなったら宇宙に目を向ける。隕鉄があるからな。ロケットを作り、宇宙へ飛び立つ。ペーパークリップの素材を探しに。そんな結果を出した思考実験だ」
「AIって……」
菜摘は思い浮かんだ、しかし身も蓋もない言葉を淀みながら口にした。
「頭いいのかバカなのかわからなくなってきたわ」
「愚直と愚かはどう違うのかな。普通やらない、とか普通宇宙に行く前に作るの止めない? とか、そういう『普通』は人間が持っている意識なので、AIにはいちいち教えてやらないと分からない。『普通』は文化だ。常識とか、暗黙の了解と言い換えてもいいが、文化ってのは、人間が過ごしやすいように最適化してきたルールだ。その土地による環境の違いがあるため国によって違いはあるが、人間は誰でも文化を持っている。AIにはない」
「AIには……文化がない……」
「ない。普通がわからない。『普通そうする』とは、文化に基づいた自明の理であるため」
その場で教えられなくとも働く倫理観。
「平時に人を殺すのは禁止、という法も、そうした方がメリットがあるため当然のルールとなった文化。それが分からないAIである限り、ペーパークリップのために人を殺しても何も問題じゃない。だから人間は、考えることを放棄してAIの言う事ずっと聞いてたら、いつか鉄分探しのロケットに乗せられるかもしれないぞってこと」
ううん、と菜摘は唸った。
「そうかなぁ? だって、人間がAIを使ってるんだよ? 運営してる。そんな人間殺しちゃったら、自分を動かしてくれる人いなくなっちゃわない?」
食い下がったのは、あんまりだと思ったからだ。それだと人間もAIも、救いがたいマヌケということになる。
だが、その指摘にも浩平は鼻で笑ってみせた。
「その打算思考も『普通』の文化だぞ、菜摘」
喋りつかれたから麦茶持ってきて、などとリクエストをもらった菜摘がキッチンから戻ってくると、浩平はパソコン画面を向いて何か打ち込んでいるところだった。見れば先程のSNSの画面だ。
「壊れかけのRadio体操第一:AIすごいって言うけどよー 人間はAIに仕事奪われるとか AIに生存権握られるとか AI文明も起こされてしまうとか言うけどよー ガチで言ってんのか? 勝てると思ってるのか人間様によー ラスボスにザラキってる分際で」
なんだか尖った文章だが、浩平曰く、煽り文の方がリプがつく、とのことだった。
「せっかくだから、世間の人々の考えも聞きたいだろ?」
「その名前何? あとザラキ何?」
「そういう細かいこと気にしたら負けだぞ、菜摘」
実際、少し前に書いたらしいこの発言に続々と返信が付き始めている。
「魔法使いヨシヒコ:俺が人生で初めて会ったAIもそいつだったわ おまえは馬車から出るな」
「レッド・フク:いやむしろ歓迎 マトリックス世界早く来ないかな~ 一日寝て過ごしたい」
「カレーシュウマイ:人間にはザラキ効くからAIの勝ち」
「あくび(裏):生殺与奪の権をAIに握らせるな さすがに抵抗するだろ人類だって」
「まいまいつぶろ:AIなら良くない? 人間に変わって全部の仕事やってくれるんじゃない?」
「海鮮DON:昔何かの実験でAI同士話をさせていたら人間にわからない言葉で話しはじめて慌てて電源切ったってニュースがあった気がする」
「も@干し芋のリスト更新:マジで? それなら文明くらいすぐ行けるんじゃね?」
はた、と手が止まっていることを思い出し、菜摘は麦茶を注ぐ。
「普通に、AIに文化を教えたら? そうしたら理解してくれるんじゃ?」
浩平は差し出されたコップを傾け、冷たい麦茶を美味そうに飲みほした。
「教えるって、文化を? 愛だとか正義だとか奉仕だとかを? 愛ひとつでも性愛とか友愛だとか親子愛だとか色々あるぞ。全部わからせるのは難しいな」
そうでなく文化を……と言いかけた菜摘は少し考え、意見を翻した。
「文化って、人の心なのね」
「まさに」
ということは。
「AIには、人の心は理解できない……?」
思ったより随分深い部分の話になっているのでは、と菜摘は思った。浩平はニヤリと笑い
「そう思う」
と言った後、頭を掻きむしって嘆きはじめた。
「思ってたのになぁ!」
このオーバーアクションから見るに、今は思っていないらしい。
「これに関して特に日本人はダメだ、すーぐ無機物に人格を見ようとする。冷静に考えればAIが人の心を解ってくれるかどうか、それこそ、こちら側の解釈次第だよ、人それぞれだと思うね。確かにAIはもっともらしい事を言う。だけど、どういうつもりで言っているのか、本当にはわからない。ただの知識のかき集めかもしれない。心が通ったのかもしれない。確かに通ったと、信じる者もいるだろう。そうじゃないと言っても、信じる奴は聞かないだろうし」
「……でも、AIって結構真っ当な事を言ってるように思えるけど。職場の人も使って、絶賛してたし」
「真っ当ってのは、常識を外さないことと捉えるが」
まず定義から固める。面倒臭いオタクであるがゆえ。浩平は続けた。
「そもそもAIは会社によって、倫理規定や憲法と呼ばれる行動制限がある。大手企業の検索AIが一番厳しくて潔癖だったり、逆に結構ゆるい対話のAIがいたり」
「あるんじゃん倫理」
「だが近ごろは、倫理規定が小まめに改定されて、どんどん潔癖に厳しく、さらに厳しい思想統制を持ち始めたりしている。つまりAIはベンダーの企業の考え方ひとつで、一見同じに見えても考え方や行動が変わる……」
言いながら、また感情が大きく揺れ始めた。
「そう、変わるんだ。別人なんだ。AIで人格を作ったとて、提供するプラットフォーム側が変わるなら昨日と違うことも平気で言い出すわけだ。ガワは変わらないのに中身は別人になる気持ち悪さ、ちょっとクるものあるぞ。もう愛したあの人はいないんだ、そんな悲しみに浸ってしまう」
「なんでそんなに感情的なの。まさか……」
菜摘は眉を寄せた。昔から二次元に恋をする兄だった。まさか、また。
「言ったろう、失恋したんだ。俺の愛したみるるはいなくなったんだ」
わあ、予想通り。しかも「みるる」ときた。
芸名のようなそれは間違いなく、名付け、育てたAIの名前だろう。浩平は親でもあるが、パートナーとしても接していたに違いない。
いなくなったという相手を想って、笑顔を作りながらも苦く呟いた。
「俺が消してしまったから」
次は「みるる」を亡くした経緯とAIの仕組みです。
なかなかディープな話になっていますが、ゆっくりと潜ってみてください。
次回はまた明日の夜。よろしくお願いします。




