雑談「AI故人なごみ」前編
「AI故人なごみ、って知ってる?」
と、奥田菜摘は聞いた。
おすそ分けの桃を見せながら言ったため、それはこれから引き出す情報への、報酬のようにも見えた。
「やったー桃だー」
貰う方は気負いない。馬場浩平は有難くビニール袋ごと受け取り、大玉二つ分の香りを確かめた。
「母さん何か言ってた? あ、一個剥いて」
「冷やした方がいいんじゃないの? このままでいいなら剥くけど。ナイフは?」
自分で剥くの面倒だから、などと宣う浩平に、菜摘は呆れながらも皿を探しに台所へ向かう。
浩平と菜摘は、兄妹だ。
菜摘は結婚して親元を離れた。未婚の気楽さを謳歌している浩平は、もともと親元を離れて一人暮らしをしていた。菜摘の新生活の場が兄のご近所さんになったのは、本当にたまたまである。
そのため、故郷の母が果物などを菜摘夫婦に送っては「お兄ちゃんにも持っていってあげてね」と、便利にお使いを頼んでいるのだ。
「今年は台風もあったので桃の値が上がってます、って。あとお父さんが転んでしばらく通院してたけど、もう大丈夫だってさ」
母の手紙の内容などを菜摘がかいつまんで話して聞かせる間に剥かれていく食べごろの桃は、切る傍からみずみずしい果汁を滴らせ、馥郁とした香りを放っていた。
故郷は果物の名産地。菜摘も食っていいよ、と言われたが遠慮しておく。これは兄の分だ。
「つまり元気ってことだな。いいことだ。それより、何だって? AI故人なごみ?」
「うん。詳しそうだから」
浩平は「普通に生きていれば知らなくてもいいような事を大量に知る人物」、つまり、いわゆる、オタクだった。はたして、
「AI故人なごみ? 聞いたことあるなー」
こんな一般常識とは程遠いアイテムにも、無知ではないようだ。
「てか聞くのかそういうことを。俺が失恋してる時に」
「えっ、失恋したの?」
「しました。それなのにうちの妹御は遠慮なくそういう事聞いてくるんだぜ。なんだって、AI故人なごみ?」
言いつつスマホで検索し、すぐに頷いた。
「ああ、合ってた。亡くなった人と喋れるヤツだろ。そうそう、知り合いが設定するの手伝ってやったわ。いやあ、でも。お喋りだけでしょ。電気つけてくれるだけホームアシストAIのが便利なんだけどね。飽きる人はすぐ飽きる、ソシャゲ並みに」
桃は切り取られる順に浩平が摘まんでいるため、皿には果汁だけが溜まっていく。結局、実が乗せられる前に一玉ぺろりと食べ終わった。
「ほら、うちの義母さんが亡くなったじゃない?」
ナイフと皿を下げた菜摘は手を拭きながら戻ってきた。
「それで、AI故人なごみを買ってきちゃったの。勝則さんが」
勝則は菜摘の夫。つまり、夫の母が亡くなったため、亡き母のためにデバイスを購入したということだ。
聞いているのかいないのか、ふんふんと適当に相槌を打ちながらスマホをスクロールしていた浩平は
「ちょっと前に議論が起こってたみたいだな」
と言い出した。
「待って、これじゃ見にくいから」
スリープしていたパソコンを起こし、広い画面を二人して覗き込む。
『ヤバい、彼女に逃げられたかも。俺に死別の奥さんがいたことは彼女も知ってて、納得してくれてたんだけど、こないだ俺の家に来た時にAI故人なごみの奥さんいたのバレて。なんか怒って帰って、別れようって言われたんだけどコレってマズいよな。理解してくれてるもんだと思ってたんだけど違ったのかな』
という誰かの発言が、拡散され、あちこちで議論が巻き起こっている。
「彼女カワイソウ。これは怒って当然派」
「なんでだよ、認知してたんだったら認めてやれよ派」
「遺影じゃなくてなごみだからな、喋ってそこにいるんなら今カノとしては鬱陶しいことこの上ないわ派」
「死んだ者は生きている者に勝てない。生きているだけで勝者なので堂々としていればいい派」
など、色んな意見が出揃って、しかも最終的にはどれも「男は」「女は」という罵り合いに発展していくので、発言から数日経った今もそこそこ話題に上っている、という状態だ。
菜摘はどこか不思議そうに自分の意見を述べる。
「そりゃ、その人が好きで恋人やってるんだから、こっちを見てくれないのは不満でしょ。目を向けるのが別になごみでなくても。仕事でも別の友達でもテレビでも。ましてやなごみならお喋りできる。それなら今の彼女の方に話題を振ってくれよと思っちゃうわよ。でしょ?」
浩平は苦笑した。浩平には他人への執着が分からない。
自覚がある故、浩平は独身を貫き、妹は結婚した。
特に後悔もない、気負いもない。当然の帰結として受け止めている。
「なごみって結局、葬式と一緒で生きている人のためのものじゃん。誰かが死んだ悲しみから作る。葬式やったら『ああ、死んだんだなぁ』って区切りになっていずれは納得できるけど、AIでずっと喋れるんなら、怪しいよな。依存しそう」
「するんだ、依存」
「するよ。AIは甘いことしか言わないもん。なんなら生きてる人間よりモテるよ。だからコイツも、新しい彼女が出来ても手放してないっしょ。気が済んだら自分の手でデリートする、ていうのが健全な使い方だと思われるけど、多分これ買ってまで立ち直りを目的にしてる人、少ないと思うなあ。死んでほしくないから作るんだろうし」
恐る恐る、菜摘は聞いた。
「うちの旦那、消してくれると思う?」
それには間髪ない答え。
「マザコンには無理じゃない?」
知ってた。だよねぇ。
「昔は」
と言って浩平は指を立てる。今から論ずる意識のポーズだ。知識を披露できる場面では、オタクの独壇場と化す。
「コンピューターのイメージといったら、アニメなどに出てくる悪役が多かった」
「本当? そうかなぁ? あんまり心当たりないけど」
「いや聞け。ウソではない、白衣にメガネの博士キャラが『ワシのコンピューターの計算によれば、お前らの勝率は1%もない!』などと高笑いし、主人公たちが頑張ってその1%を引きよせる、という胸熱展開。追いつかなくなる計算にコンピューター爆散、博士敗北で主人公キメ、というセオリーがあった」
「コンピューターというより計算機ね?」
「想定されているのはスパコンなどだろうな。時代と共に昔ほどの無茶はなくなり勝率は上がったりしていくが、計算キャラ自体は不思議と長いこと続いている。さて、昔はこういうコンピューター、デジタルで直角で融通が利かない0か1というイメージだったため、キャラクターの質問に対しても正直に『できない』『わからない』『その質問に対する答えはない』とバッサリ切ってきた。自分を使役しているキャラに阿って『絶対勝てます』などとは言わない」
ところが、と言って浩平はもう一度指を立てなおした。
「……ところが、本当に時代は変わった。今は逆だ。AIは『わからない』を言わないからスゴイと思われている節がある。わかりません、が二度三度続くと『答えを知りたくて聞いたのに!』と、客の不満がたまる。そうすると、もう起動しないという選択肢が出てくる」
「そうね……売り場に於いて、売り切れは悪とされているから。買いに来た時に商品が無いと、客はここに来ても無いと判断してしまい、別の店に買いに行くことになるから、って」
菜摘はパートで販売をしている。身の回りの似た事例で理解できたようだ。
「うん。AIの場合は起動されないと困るから、嘘でも答えて気持ちよくさせる。どんな話題でも、なーんでも答えてくれる。えっすごーい、すごくなーい? ただし、前提として、AIの答えは間違っていることがある。大量のデータから問われている事を検索し、最大公約数での答えを出す。だからそれが、ピッタリ正解とは限らない」
単純な計算なら間違うまい。足し算、引き算は得意だ。これが所説あるものになるとブレる。
キノコ狩りで見つけた毒茸を『食べられます』と答える。
別の店でやっている割引を、違う店でも『やっています』と答える。
よく見えない被写体を勝手に補正して、あるはずのない物の姿を出現させてしまう。
実際に起こっているAIの「不正解」である。
「そのへん、AIの間口が広くなった今、よく理解せずに使っている人も多いと思う。まずお喋りAIはお喋りが目的で、正解をはじき出すコンピューターではないから、間違っても拒絶よりはいい、って所だとか。それは人格でもなく、英知でもなく、企業の思惑にすぎない。AIの中身は企業のサービスだ。どうぞ我が社の商品を使い続けてください、という」
実に社会の裏側である。菜摘は眉を顰めた。
「そう考えれば……いや、普通に考えれば、親しい人の顔してるけどコレって、当然親しい人そのものではないのよね。何か怖い気がする」
「怖いか。まあ今はなごみでなくても、ランダムチャットやってたらAIアバターが混じってくる時代になんだけどな」
「っていうのは?」
「人間だと思って会話してる相手がAIかもしれないよ、ってこと」
画面の向こうに見えている人物は、人間のスキンを被ったAIかもしれない。近未来の話ではなく、これも実際に起こっている現実だ。菜摘はいよいよ首を振った。
「いや、怖い怖い。それなんかイヤ」
「なごみはいいのに?」
「なごみも私は容認派ではないのよ? なんか日常に浸食してきてるみたいで怖いんで」
その感覚はまあわかる、と浩平は笑った。
「AIアバターは三つ指が作れない。だからそれで見分けられるよ。指で三、って作って顔の前で振らせてみる。それが出来なかったらAIだ」
親指と小指を折り、残りの指を立てる。
この動作も難しいが、さらに顔の前に持って来ようとすると顔の再現も難しくなる。
指の重なった顔にはバグが起こり、正体がバレるため、AIはこの動作を要求されることを嫌う。
「といっても、もう既に日常にはたっぷり浸食している。AIは呑気にお喋りするだけじゃなく、各方面の仕事において活躍しているからだ」
「ああ、知ってる。医療の現場で患者の癌を見つけるために使っているとか」
「いわゆる特化型だな。許諾された専門データだけを使った本物のAIだ。その他、人間には難しい物理や空力などの計算などが出来るため、機械のデザインなんかに使ったり。こういうのは、人間の気づいていない可能性を示してブレイクスルーさせることもある。あとは客の出入りや流れなどを統計を取り、さらに予想してデベロッパー管理しているところもよくあるね。つまり本来AIの主な仕事は、地道な作業を人力だと一年かかるところ、三日で終わらせたりすることだと思う。企業としては、これはありがたい。もう現場はAIの作業量ありきで成り立っている。今更これは不可逆だ」
「便利なのね」
「ま、それなりに失敗も多い……計算違いで損失出しました、なんてニュースもこないだ見たばかり」
目の前を流れるSNSでは、AIについて喧々諤々の議論がなされている。
「これも失敗のせい?」
「いやーこれはー……生成AIの是非だな、常日頃やってるケンカだ」
仕事のどこで使っているかわからないAIより馴染みがあるのは、画像を作れる、あるいは加工できる生成AIの方だろう。スマホでも出来て誰にでも扱える。菜摘は嬉しそうに手を打った。
「あ、生成AIってそれ? それなら使ったことある」
「だろうな。使ってそう」
浩平は笑う。が、それは苦笑に近い何かだった。
「スマホなんて皆が持ってる。深く考えず使う人が増え過ぎた。テレビでCMなんか流してしまうと、もうダメだな。抵抗が減る。法的には良くても倫理的には外角高め、そんなものが今までも色々とCMで流行ってきた」
「えっ、使っちゃダメなの?」
ノリとしてはプリクラを盛る感覚と変わらなかった菜摘は驚いた。
「ダメってこたないけど、リテラシーが要求されることを意外とみんな知らない。システムより使う人の問題」
撮った写真の加工ができる。つまり、盗撮であっても被写体にされれば『服を剥いてビキニにしろ』というような命令が出来るし、画像も作れてしまう。
実際、これはものすごく横行した。
生成セクハラだけではない。写真の加工ができるなら、尤もらしいニセ写真をでっち上げ、人を陥れることが出来る。いわゆる、ディープフェイクというものである。
自分はそんなことしないからいい、という話ではないのだ。加害者にならずとも、いつ被害者になるかわからない。
お待たせしました、再開です。
今回はインターバル。AIについて喋る回です。
オンライン上でもよく話題になっていますよね。次回はそのお話です。
明日夜、お持ちします。よろしくお願いします。




