俺だけ亜熱帯︰都市を暖める男
私、xで140字小説というのを今年からやっております。その140字小説で公開しました。
『俺だけ亜熱帯』というのを書き足してみました。
全てを凍てつかせる大寒波。
厚手のコートで震える群衆の中、俺の周りだけが常夏の異常事態だ。Tシャツ、短パン、止まらない汗。
「俺はまともだ」
心で叫んでも、この異常な姿を証明する術はなかった。
「……ねえ、ちょっと触らせて」
雪の中で生足を晒す若い女が、俺の腕に指先を触れた瞬間、恍惚に顔を歪めた。
「あったかい……」
その声を皮切りに、寒さに震えるホームレス、野良猫、空を飛ぶ鳥までもが、俺の熱を求めて群がってきた。凍え死にそうな者たちをぞろぞろと引き連れて歩く俺は、まさに現代の「金のガチョウ」状態だった。
そんな俺をみて、白衣を着た無表情な男たちが群衆を割って現れた。
「君のその『熱』、社会のために役立ててみないか」
気づけば、俺は地図にない地下施設にいた。
真っ白な実験室。消毒液の匂いが鼻を突く。
「安心してください。危害を加えるつもりはありません」
白衣の男は、そう言って笑った。
その笑顔があまりに事務的で、逆に信用できた。
「あなたの体温は異常です。ですが――才能でもある」
才能、という言葉に、胸の奥がわずかに熱を持つ。
役に立てる。
この異常にも、意味がある。
「もし協力していただけるなら、相応の待遇を約束します」
暖かい部屋。食事。
悪くない話だ、と一瞬思ってしまった。
「実験開始。外部温度、マイナス五十度」
その瞬間、理解した。
これは交渉ではなく、確認作業だ。
室温が下がるほど、俺の体内で何かが悲鳴を上げる。
熱が、生き延びるために勝手に生まれていく。
「すごい……出力が上がっている」
俺の肌に触れた冷却水は、次の瞬間、高圧蒸気へと変わり、
隔壁の向こうでタービンを回した。
「素晴らしい。一人の人間が、都市一つの電力を賄っている」
その声に、誇らしさが湧きかけて――すぐに潰えた。
四肢に重みを感じる。
いつの間にか、特殊合金の拘束具が俺を固定していた。
「怒りや恐怖が強いほど、発電効率が上がるんです」
淡々とした説明。
だから彼らは、定期的に俺の神経を電気で逆撫でする。
「安心してください。苦痛はすぐ慣れます」
俺の体から溢れ出た汗が、実験室の隅で観賞用のパキラを不気味に成長させていた。
生命は、俺から奪われた熱で、やけに元気だった。
「俺はまともだ…そうだろう?」
――エネルギー問題。それは現代社会が抱える、避けては通れない課題です。
しかし、私たちが享受しているこの文明の灯りが、果たして「クリーン」なものだけだと言い切れるでしょうか。
もし、あなたの部屋の暖房が、いつになく暖かく感じたとしたら……。
それはどこか遠い地下深くで、誰かが流した「汗」のおかげなのかもしれません。
真実を知ったところで、今さらスイッチを切る勇気など、誰にもないでしょうから。




