表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

4

「が……はっ……」


 口内に鉄錆の味が広がり、真っ白な雪に落ちた椿のように鮮血が散った。


 脚から力が抜け、がくりと頽れる。

 胸に手をやると、突き刺さった刃の柄が生き物のように赤を纏って生えていた。


 トウヤは震える手でそれを握り、力任せに引き抜く。

 空いた隙間から一瞬遅れて、ごぽりと赤が流れ出した。


 ごろりと仰向けになり空を見上げると、蒼穹が悲しげに見下ろしていた。


「か……さ、ま」


 雪に触れているせいなのか、それとも一気に血を失っている為なのか、酷く寒い。

 次第に視界が狭まり、意識が薄れ始めた。


「トウヤ!」


 駆け寄る母の声が聞こえる。

 そんな薄着で出ては、風邪をひいてしまうのに。


 母の声は、今まで聞いたこともないほどに狼狽していた。

 抱えられ、ユミルの手が胸に空いた穴にあてられる。

 ユミルの傷一つない美しい手が、瞬く間に真っ赤に染まった。


「トウヤ、トウヤ! 意識をしっかり持って!」

「か、さま……よご、れ……しま、」

「何言ってるの! そんなの気にしてる場合じゃないでしょう!?」

「やく、そ……く……。に、じの……」


 上手く笑えているだろうか。

 初めて見た涙に濡れる母の姿に、心が痛む。

 終わろうとする自分のために、泣く必要なんてないのに。


「覚えているわ。虹の向こうへ連れて行くって。だからまだダメよ、トウヤ。私に約束を守らせてちょうだい」


 血に塗れることを厭わずに、ユミルがトウヤを抱きしめると、虹色の光が二人を包み込んだ。

 ユミルとトウヤの体がふわりと浮かび上がる。

 薄れゆく意識の隅でユミルの温もりと暖かな光をかんじ、トウヤはゆっくりと目を閉じた。

 


 雪が舞う蒼穹に、一柱の虹色に輝く龍が昇る。



 ほんの数分の出来事を、目撃した者は少なかった。

 森の奥深くにひっそりと暮らしていた母子が姿を消したことも、誰にも知られることなく雪の日常に消えていった――。



 * *



「母様、人参を残さないでくださいと、あれほど……!」

「だって、美味しくないんですもの。甘いのに青臭くて、何度試しても無理なものは無理よ」

「こんなに味の濃いものの中にあってもダメですか……」

「このカレーというものは美味しいと思うわ」

「…………今度はすりおろすことにします」

「食べなくたって死にはしないわよ」

「それはそうなんですが、もうオレの意地というか」

「ふふ、頑張ってね」

「…………」


 虹の向こう、空の彼方は、龍の住まう国だった。


 次期女王たるユミルの帰還は、死にかけの人間の子供を眷属にするという騒動を伴った。

 それをよく思わなかった周囲の者達からの、トウヤへの風当たりは弱くない。

 トウヤ自身は、まったく気にもしていないけれど。


「母様が、虹の龍だったなんて」

「私がお散歩していた時に、あなたが呼びかけてくれたのが始まりなのよ?」

「そんなことありましたか?」

「ええ、可愛く笑ってくれたの」


 幼いトウヤが雪空に虹を見た時のことだろう。

 あの時のことは絶対に忘れない自信があるけれど、笑っていたか、と言われるとよくわからなかった。


「リハクにはさっさと帰れと言われていたけど、まさかあの出来事もリハクの差し金かしらねー」

「リハクさま……」


 龍の国でユミルの眷属になり、話を聞いた時は驚いた。

 リハクこそが雪龍であり、森の魔物でもあったのだと。


「もしそうならお仕置しなきゃよね」

「はぁ……」


 結果的に、ユミルと離れることなくいられたトウヤは、内心感謝してもいるのだが。

 それは口に出さない方がよさそうである。


 気がかりといえばセツナのことであるが、今のところ知る由はない。


 窓の外に広がる世界は、白一色だった雪深い森とはまったく変わってしまったけれど。


 あの雪舞う空に掛かった虹は、確かに幸せをトウヤにもたらしてくれたのだった。

感想、レビュー、評価いただけたら嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ