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「が……はっ……」
口内に鉄錆の味が広がり、真っ白な雪に落ちた椿のように鮮血が散った。
脚から力が抜け、がくりと頽れる。
胸に手をやると、突き刺さった刃の柄が生き物のように赤を纏って生えていた。
トウヤは震える手でそれを握り、力任せに引き抜く。
空いた隙間から一瞬遅れて、ごぽりと赤が流れ出した。
ごろりと仰向けになり空を見上げると、蒼穹が悲しげに見下ろしていた。
「か……さ、ま」
雪に触れているせいなのか、それとも一気に血を失っている為なのか、酷く寒い。
次第に視界が狭まり、意識が薄れ始めた。
「トウヤ!」
駆け寄る母の声が聞こえる。
そんな薄着で出ては、風邪をひいてしまうのに。
母の声は、今まで聞いたこともないほどに狼狽していた。
抱えられ、ユミルの手が胸に空いた穴にあてられる。
ユミルの傷一つない美しい手が、瞬く間に真っ赤に染まった。
「トウヤ、トウヤ! 意識をしっかり持って!」
「か、さま……よご、れ……しま、」
「何言ってるの! そんなの気にしてる場合じゃないでしょう!?」
「やく、そ……く……。に、じの……」
上手く笑えているだろうか。
初めて見た涙に濡れる母の姿に、心が痛む。
終わろうとする自分のために、泣く必要なんてないのに。
「覚えているわ。虹の向こうへ連れて行くって。だからまだダメよ、トウヤ。私に約束を守らせてちょうだい」
血に塗れることを厭わずに、ユミルがトウヤを抱きしめると、虹色の光が二人を包み込んだ。
ユミルとトウヤの体がふわりと浮かび上がる。
薄れゆく意識の隅でユミルの温もりと暖かな光をかんじ、トウヤはゆっくりと目を閉じた。
雪が舞う蒼穹に、一柱の虹色に輝く龍が昇る。
ほんの数分の出来事を、目撃した者は少なかった。
森の奥深くにひっそりと暮らしていた母子が姿を消したことも、誰にも知られることなく雪の日常に消えていった――。
* *
「母様、人参を残さないでくださいと、あれほど……!」
「だって、美味しくないんですもの。甘いのに青臭くて、何度試しても無理なものは無理よ」
「こんなに味の濃いものの中にあってもダメですか……」
「このカレーというものは美味しいと思うわ」
「…………今度はすりおろすことにします」
「食べなくたって死にはしないわよ」
「それはそうなんですが、もうオレの意地というか」
「ふふ、頑張ってね」
「…………」
虹の向こう、空の彼方は、龍の住まう国だった。
次期女王たるユミルの帰還は、死にかけの人間の子供を眷属にするという騒動を伴った。
それをよく思わなかった周囲の者達からの、トウヤへの風当たりは弱くない。
トウヤ自身は、まったく気にもしていないけれど。
「母様が、虹の龍だったなんて」
「私がお散歩していた時に、あなたが呼びかけてくれたのが始まりなのよ?」
「そんなことありましたか?」
「ええ、可愛く笑ってくれたの」
幼いトウヤが雪空に虹を見た時のことだろう。
あの時のことは絶対に忘れない自信があるけれど、笑っていたか、と言われるとよくわからなかった。
「リハクにはさっさと帰れと言われていたけど、まさかあの出来事もリハクの差し金かしらねー」
「リハクさま……」
龍の国でユミルの眷属になり、話を聞いた時は驚いた。
リハクこそが雪龍であり、森の魔物でもあったのだと。
「もしそうならお仕置しなきゃよね」
「はぁ……」
結果的に、ユミルと離れることなくいられたトウヤは、内心感謝してもいるのだが。
それは口に出さない方がよさそうである。
気がかりといえばセツナのことであるが、今のところ知る由はない。
窓の外に広がる世界は、白一色だった雪深い森とはまったく変わってしまったけれど。
あの雪舞う空に掛かった虹は、確かに幸せをトウヤにもたらしてくれたのだった。
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