ドリル
ずっと昔のことなのに、いつまでもドリル洋子と呼ばれる。ちょっとでも目立ったことをすると、すぐに電動ドリルでハードディスクに穴を開けたドリル洋子さんだと言われる。あれからもう何年も経っている。もうそろそろみんな忘れた頃だろう。そう思っていた。でも、そうじゃなかった。新聞とテレビしかない時代だったら、すぐに忘れてくれたのかもしれない。話題になるのはその時だけだから、しばらく我慢していればなんとかなる。やがてみんな次の話題に飛びついて、私のしでかしたことなんて忘れてくれる。そう思っていたが、間違いだった。今でもその時のことを面白おかしく書いた記事がネットのあちこちに残っている。そして私のことが話題になるとその記事が掘り起こされ、あの時の状況が再現される。ドリルを使った話が面白おかしく再現される。その時、まだ子供だった人たちも、そんなことがあったんだと言って私を笑い者にする。もう誰も忘れてはくれない。私は一生、ドリル洋子なのだ。
どうしてあの時、ドリルを使ってしまったのだろう? とっさのことだったから仕方がなかった。あの時はそうするしかなかったのだと何度も自分に言い聞かせて来た。でもドリルじゃなくても良かったかもしれない。ハードディスクを破壊するポテンシャルを持った道具であれば、別にドリルじゃなくても良かったかもしれない。ハンマーなら貫通させることはできないが、十分な打撃を与えることができただろう。もしあの時、ハンマーを使っていれば、今頃はハンマー洋子だったのだろうか? それも嫌だ。それだったらいっそのこと鎖鎌の方がいいかもしれない。鎖鎌の洋子。なんだかセクシーなくノ一ぽくってイイ感じがする。確か宮本武蔵が二刀流を生み出した時に戦っていた相手も鎖鎌を使っていた。そして私は楔帷子をまとった妖艶なくノ一になった自分を思い浮かべた。ゆっくりと分銅のついた鎖を振り回しながら、間合いをつめて行く。私は容赦なくターゲットを追い詰める手練れではあるが、太ももを露わにしてセクシーな感じも醸し出している。そしてみんな私のその姿に夢中になってしまう。でも鎖鎌という響きがちょっと馴染めない人もいるかもしれない。ワイヤー使いの洋子。チャクラム使いの洋子。そっちの方が受けるかもしれない。いや、ダメだ。こんなことを考えていてはいけない。現実から逃げてはいけない。いくら私が鎖鎌使いやチャクラム使いを名乗ったところで、所詮はドリル洋子の知名度の方が勝っている。鎖鎌を振り回したところで所詮はドリル洋子。チャクラムを使ったところで所詮はドリル洋子なのだ。とにかく現実から逃げてはいけない。現実を超えて行くくらいの気持ちがないといけない。では、どうすればいいだろうか? それからしばらくの間、私は心を空にして、じっと考え込んでいた。そして深い深い想像の世界の中へと落ち込んでいった。そこで私の心は広大な宇宙を駆け巡っていた。その時、激しい砲火をかいくぐって突き進む巨大な宇宙戦艦の姿が浮かんだ。戦艦は艦橋の手前に据えられた砲塔からエネルギー弾を射出しつつ、近くにいた敵の宇宙空母に向けて巨大な艦載機を発進させた。艦載機は巨大なミサイルを抱えていた。そしてミサイルの先端はドリルになっていた。これをぶち込めば、強靭な装甲をえぐりながら突き進むドリルがやがて中心部に達して、敵の宇宙空母を内部から木端微塵に爆破することができるだろう。そうだ。これだ。ドリルミサイルだ。私は自身が覚醒する瞬間を目撃した。
<ドリルミサイル洋子>
トラウマを克服して今、私は羽ばたこうとしていた。みなさん、ドリルミサイル洋子をよろしく。これで次の選挙もばっちりだ。




