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ハサミ

作者: 葉沢敬一

毎週日曜日午後11時にショートショート1、2編投稿中。

Kindle Unlimitedでショートショート集を出版中(葉沢敬一で検索)

 チョキン。裁ちばさみでAmazonの配送品が入った袋を切って開ける。注文した名刺入れを取り出して、袋は住所の書かれたシールを剥がして紙類として処分する。


 ハサミは買って長いこと経つが切れ味は変わらない。一級品だ。


 さっそく届いた新しい名刺入れに名刺を入れることにする。一枚一枚確認する。これは一軍の名刺、これはあんまり使わない二軍の名刺。


 そして、これは……、私を酷い目に遭わせやがった会社の上司の名刺。

 私は現在、有休消化中ですぐ退職になる。別にこの上司と繋がりがなくなってもいいやと思って、名刺をハサミで切った。


 パチリ。


 あと一回出社して挨拶して退社。この上司とは二度と会うことも無い。

 思えば最低の上司だった。パワハラで、仕事が上手くいかなくなると部下のせいにして自分だけ逃げ回る。あげくに、会社の金に手を付けて、私のせいにして退職へ追いやられてしまった。


 まあ、こんなところにいると腐ってしまうと思ったから辞めることに異存は無かったが汚名を着せられてクビになるのは不愉快だ。


 ハサミを名刺に入れたとき、首を切り落とすような感触がした。


 最終出勤日に会社へ行くと、雰囲気が違っていた。いつもは怒鳴り声が聞こえてピリピリしているのにそうではない。


 別の部署の人が上役になっていて、すまなそうにねぎらってきた。

「大変だったね。聞いたかい、前の課長は自宅で刺されて亡くなったよ。そして、調べたらとんでもないことをやっていたことが判明してね。てんやわんやさ」

「誰に殺されたんですか?」

「奥さんだよ。大分我慢していたらしい。キミの冤罪は晴れたから残ってくれるとうれしいけど、どうかな」

「いえ、もう決めたことですので」

 私はキッパリ断った。次の仕事も決まっているのだ。


 帰って、ネットでニュースを調べると、どうも私が名刺を整理した時間に上司は刺されている。もしかして、と思った。


 スマホに電話が掛かってきた。父からだ。ギャンブル中毒と虚言癖で家族を散々困らせた父。

――なあ、ちょっと入院しなくちゃならなくなって、金貸してくれないか?

 私は父の名前を虚空に浮かべると、右手のハサミで真っ二つに切った。


 電話は切れた。

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