婚約破棄された男爵令嬢の、望むもの 〜暴走王子は聖女に婚約破棄を突きつける〜
「うぅん……」
暖かな日差しを感じ、少しの気怠さと共に起き上がる。
視界にまず入ってきたのは王城の自室のベッド。そして心配そうにこちらを見つめる侍女の顔。
「アリア様! 目覚められたのですね」
私が目覚めたのに気付いたのか、安心したとばかりに彼女はそっと息を吐き出した。
「体調は大丈夫ですか?」
「……ええ、すっかり良くなったわ」
疑わしそうな目を向けられているが、それも仕方がないこと。
実は私も自分の「大丈夫」を信用できないのだから。
「勉強熱心であることは決して悪くはありません。しかし、倒れるまでするのはやりすぎです」
「そうね……毎回あなたには苦労をかけてしまって」
私は一旦始めるとどうしても自分を追い込んでしまう悪い癖がある。
今回の倒れた原因は王国法を復習しすぎたから。だけど、周囲の国との情勢を学ぶときも、魔法学をのときもそうだった。
「いっそ学習に割く時間を制限しましょうか?」と侍女に提案されるほど。
学習に疲労困憊で倒れるのはつきもの。そんな常識が私たちの間で生まれつつある。
「ねえ、そういえば今日はイザーク様とのお茶会だったかしら」
微かな頭痛と嫌な予感を覚えながら、侍女に着替えさせられている間に尋ねる。
婚約者であるそなたのために、と言ってイザーク様が月に一度ほど私と開くお茶会。
いつも通りならそれが今日だった気がするのだ。
いつも会話が続かなくて気まずくなるのだが、今日は大丈夫だろうか。
改善するために頻度を増やしてもいいような気がするが、第二王子としての責務に追われていると毎回断られる。
会話が続かないお茶会。それを改善するためにも、もっと会うしかないような気がするのに断られてしまう。
いっそなくなれば、と思ったところで首を振る。こんな思考回路に陥ると碌なことがないからだ。
「そのことですが、殿下からの手紙というものを側近の方から渡されまして」
「あら」
珍しい、というのを寸前で思いとどまった。危うく王族に対する不敬をしてしまうところだった。
それにしても普段から忙しそうにされているイザーク様が、わざわざ手紙を渡すなんて。
「何かあったのかしら。内容は?」
「恋文を先に読むのは無粋かと思い、読んでおりません」
全く心のこもっていなさそうに報告される。どうにも彼女は王子に対する態度が硬い。
仮にも婚約者への手紙なのに、花の一つも添えていないのが気になるのだろうか。確かにこれでは作法的に少し問題がある。
しかしもういつものこと。何をしても、どうにも心の壁が埋まらない。
王子との仲はうまく行っているとは言えなかった。
鏡を見てしっかりと着替えられていることを確認。少なくとも王子から「それでも王子の婚約者か」とは言われないはずだ。
椅子に座り、手紙の封をあけた。
「……え?」
手紙には前置きや挨拶すらなく、ただ短く事務連絡のような文章が書かれていた。
「【聖者の祈り】しか価値のない貴様との婚約は破棄する。すぐに城から出ていくように」
ありえないし、信じられない文章だった。
私と第二王子の婚約はが小さい時から決められていたもの。当然そこには国王陛下の意思があるし、私の父である男爵の同意もある。
それを突然破棄?
王国の婚姻法的にこの文書は正式ではないはずで……
署名の欄にイザークとしか書かれていないから、この場合に発生する拘束力は……
何より本人に直接の事前告知なしの破棄なんて……
慌てすぎてつい最近復習した王国法の文面が脳内で踊っていた。
目を見開き、瞬きを繰り返しながら固まっている私に侍女が心配そうに声をかけてきた。
「どうされました? 詳細を聞くのは失礼かもしれませんが、何が書かれていたので?」
「……」
あまりの衝撃にさまざまな余計なことを考えていた私は、侍女に返事すらできなかった。
「アリア様? いったい……」
彼女の言葉は最後まで続かなかった。途中でこの部屋の戸からノックが響いたからだ。
何か約束をしていたのかと侍女と私で顔を見合わせるが、二人とも首を振る。なんの心当たりもなかった。
どうしようもないので彼女はそちらの方に行き、訪ねてきた人への対応を始めた。
「こちらはアリア様の私室となっておりますが、どちら様で」
「ちょっと邪魔よ! 平民の侍女は黙ってなさい!」
ズカズカと部屋の中に入り込んできた人物を見て私はまた目を見開く。
「サンドリーヌ様……?」
彼女のことはよく知っていた。イザーク様ととても仲のよろしい、公爵家の令嬢だった。
だが彼女がこの部屋にやってくる理由などは全く思いつかなかった。
「辺境男爵家の娘ごときが私の名前を呼ぶなんて……今までは第二王子の婚約者って威張ってたけど、それも今日までね!」
先ほどの手紙と合わせて考えて浮かんでくる嫌な考えに、眩暈がした。
私と違って手紙を読んでいない侍女はこの状況がよくわからないのだろう。
何を言っているんだという顔をした彼女に向かって、サンドリーヌ様はご丁寧に説明してくださった。
「あら、知らないの? ここの女とイザーク様の婚約は破棄。これからは私が婚約者なのよ!」
「なっ……」
侍女が唖然とした顔で固まっている。
手紙だけなら、タチの悪い悪戯という線がまだあった。
だが、王子からの手紙と公爵家の彼女が同じことを言っているとなると、もうそれが嘘ということはない。
私はといえば、今にも本当に眩暈がして立っているのに必死だった。
「今日中に城を出ていくんですってね。どうかお元気に!」
言いたいことを言って満足したのか、彼女はお供を引き連れて去っていった。
「いったいどういうことなんでしょう! アリア様が子供の頃からの婚約が突然破棄なんて……」
馬車に揺られながら、侍女が泣きそうな顔をしている。
「泣かないで。まずは帰って、お父様とよく相談しなければ……」
そう言って励ますと、今度はお辛いはずのアリア様に気を使わせてしまうなんて、とまた泣きそうな顔をしてしまった。
本当に、なんだったんだろうか。
馬車の中の空気が重くて、ぼーっと馬車の外を眺めている。
私の生まれた家である男爵家への道は案外短い。丸一日かければ馬車でも着く。
だが、そこはお城の周辺とは違って辺境と呼ばれている。魔物が跋扈するような危険地帯だからだ。
ずっと辺境防衛を担っている私の男爵家を陛下が評価してくださり、娘が生まれたら王族と婚姻を結ばせると約束した。
これがおよそ20年前のこと。
当初はその特権に批判が集まったらしいが、私が生まれるとその批判はすぐに止んだ。
わかりやすくいえば、私には珍しい魔法の才能があったからだ。
【聖者の祈り】という、人や動物の傷を癒せる唯一の魔法。その使い手を王家の一員とすることは確実に国益に繋がる。
その使い手は聖女、聖人などと言われて崇められるのが常だから。
そこに表立って反対できる貴族はいなかった。
私が生まれてしばらくしてから、婚姻相手は第二王子と決まった。
それから私は、ずっと厳しい教育を受けていた。
私だって、「魔法だけの人」にならないように必死に学んでいた。
お父様の期待もあった、周囲の支えもあった、男爵領の人々のためにもなると信じて、必死だったのに。
「……そういえば、ロシュとリシュに会えるわね」
辛い事ばかり考えても仕方がない。前向きに、昔から可愛がっていた子たちのことを思い出した。
「アリア様……そうですね。あの双子の竜は会うたびに大きくなってますから」
もう数年は会ってない。流石にお城の近くに竜を置くことはできないから、男爵領に残してきたのだ。
一体次はどれくらい大きくなっているだろうか。
「また飛びつかれないといいですね」
「ふふっ、今度は私が飛びつく側よ」
最後にあった時にはすでにロシュもリシュも私くらいの大きさだったので、今飛びつかれたら怪我をしてしまうかもしれない。
巨大な2匹の竜が我先にと飛びついてくる姿を想像して笑ってしまった。
「今度はどちらがアリア様を乗せるかの喧嘩ですね」
「片方にはあなたが乗ればいいわ」
「まあ、楽しそうですね!」
彼女が笑ったのにつられて私も笑う。
「ふふっ」
「あははっ」
しばらく二人で笑いの連鎖が起きる。
いつの間にか重苦しい馬車の空気は、軽く楽しげなものになっていた。その中に、どこか暗さはあったけれど。
「あら? あれは……」
数時間はもう馬車に揺られていただろうか。もうしばらく人を見かけていないのはここが「辺境」だからだろう。
そろそろ男爵領に近くなったところで私はあるものが目に入った。
「ちょっと馬車を止めて!」
「アリア様? いったい何が?」
いきなり私が声を張り上げたことで驚かれてしまったが、緊急事態なので許してほしい。
私は急いで馬車の扉を開ける。
「怪我人よ! 早く!」
「は、はい」
簡単な状況説明だけして、私はすぐに駆け出す。
「……これは……」
「酷い」
魔物に襲われたのだろうか。血だらけになった男性が、息も絶え絶えに倒れている。
私は魔法の特性上人の傷は見慣れているが、慣れていない人にはかなりきつい光景だ。
「私は魔法を使うわ」
「アリア様!? しかしこの人物が不審者の可能性も……」
「それでも今処置しなければほぼ確実に死ぬわ」
そう言ったっきり、私は目を瞑る。
魔法を使うには集中して「先」を見る必要がある。
頭の中に思い描くのは、清々しい朝日。それに反応して騒ぎ出す小鳥の囀り。
皆が次の日の朝を無事に迎えられるように、朝日を浴びれるように祈って使うのがこの魔法。
「【聖者は祈る。癒しの光で痛みを照らせ】」
「……相変わらず、アリア様の魔法は美しいですね……」
何か侍女が言っているような気がするが、それを聞き返す余裕はない…
最後まで気を抜かずに、完全に傷を癒せるように…
「……ふうっ。少々水をくれるかしら?」
「あ、はい!」
どっと疲れが襲ってくる。何度練習してもこの魔法は容赦なく体力を削っていく。
目の前の男性の息が落ち着いたのを確認し、ほっと息をつく。
疲れたけれど、無事に成功してよかった。
「うっ……」
「!」
うめき声。傷が治り、意識が戻ってきたのだろうか。
「……生きている? 傷がない……」
しばらく呆然と自分の体を見ていた男性が、ハッと顔を上げた。
こちらの存在に気が付いたのだろうか。
「貴方は……?」
「私はアリアです。倒れていたので差し出がましいかもしれませんが、傷を治させていただきました」
まだいまいち現状を理解しきれていない男性に、とりあえず挨拶をする。
「傷を治す? いったいどうやって……まさか、貴方は【聖者の祈り】の使い手なのか?」
「そうですが……」
今度は私が困惑する番だった。
人の傷を癒せる魔法があると知っているものは多いが、それが【聖者の祈り】という名前だと知っているものは限られている。
少なくとも、街ゆく人々に尋ねても10人中10人が知らないと答えるほど、知られていない知識。
それを知っているとはいったい、この男性は何者なんだろう。
「そうか貴方が。まずは、命を救ってくれたことに感謝を。そして申し訳ない、高貴な方」
「え?」
「私は訳あって名乗ることができない。だが、いつか必ず礼をする」
これはその証に、そう言って何か宝石のようなものを差し出してきた。
「これは……あれ?」
これはなんですか、と尋ねようとしたが、もうそこに男性はいなかった。
「アリア様、何か変なことはされていませんか!?」
「大丈夫よ。貴方も見ていたでしょう? ただ、これはなんなのかしら……」
寄ってきた侍女と共に差し出された宝石のようなものを見る。一部が少し赤いが、全体的に綺麗な青い石だった。
それを見ていた彼女が、ふと何かに気づいたように目を見開く。
「あ、アリア様。これは、これは大変です」
「どうしたの?」
「落ち着いて、落ち着いて聞いてください。これは、魔物の魔石です」
「……そうなの。よく知っているわね」
いまいち驚きどころがわからずに首を傾げる。
もちろん魔物の魔石自体は知っている。魔物を倒すと、死体が消え、代わりに魔石が残る。
魔力の塊であるそれは魔法の補助などに利用される。あまり見かけることはないが、そこまで珍しいものではない。
「アリア様、違います。これは単なる魔石ではありません。炎竜の、魔石です」
「え!?」
「しかもここの部分、少し赤みが残っています。これは、本当に新鮮な魔石でしか見られない現象です。つまり、」
ここまで言われれば私も理解した。それに魔石の一部が赤くなるという現象は一度本で読んだことがある。
彼女はこう言いたいのだ。
「あの人は、炎竜を倒すことができると?」
「ええ、それも単独で。状況を見るに、炎竜を倒したが自分も攻撃をくらい、倒れていたのでしょう」
それは突拍子もない想像だったが、間違いと断定できる要素もなかった。
凶暴な野生の竜を、一人で倒せる人。それがなぜこんなところにいるのだろうか。
結局そこはわからず、二人で首を傾げていた。
だが馬車に戻った頃にはそんな考えも消え失せていた。
怪我人を治したという衝撃が冷めてきたせいか、お父様にどう話そうか、これからどうしようかということを考え始めていた。
結局どうしたって、私は「婚約破棄された女」なのだと気づいた時には泣きたくなったけど。
馬車は進む。
「ようやく着きましたね」
「ええ、少し遅くなったけど、これくらいで正常ね」
すっかり日が落ちた頃に、男爵領の中心部、お父様の屋敷にたどり着いた。
これから婚約破棄されたという説明をしなければならないと思うと、少し気が重い。
「アリア様、大丈夫です。何があっても男爵様はアリア様のせいとは思いません」
「そうね……」
たくさんの懐かしい使用人たちが出迎える、屋敷に入っていく。
「きゃっ!」
「アリア様!?」
暗い中何かにぶつかった気がして、悲鳴をあげてしまった。
だがそれに触れた瞬間に、自分が何とぶつかったのかよくわかった。
「ロシュ、リシュ……」
そこにいたのは、大きな双子の竜だった。
前に見た時より頭一つ分大きくなった二人に押しつぶされるように抱きしめられる。
「よしよし……ただいま」
ずいぶん鱗が立派になって、と思いながら2匹を撫でる。自分がどれだけ男爵領を離れていたのか実感させられた。
しばらくすると、遠くから聞き覚えのある声が響いた。
「帰ってきたな。アリア」
「……お父様」
こんな時間にわざわざ屋敷の門まで迎えにきたのだろうか。
それだけ私のことを心配してくれているのか、それともそれだけ怒っているのか。
暗いから影しか見えないのはわかりきってる。
それでもお父様の顔を見るのが怖くて、ロシュとリシュの間に蹲るように顔を伏せてしまった。
「アリア……」
バサバサと2匹が遠ざかってしまった。話があると察したのだろう。
その気遣いが今は少し恨めしかった。
「すみませんでした」
「すまなかった」
二人の声が重なった。私はなんでお父様が謝るのかわからずに、そしてお父様も多分似たようなことを考えて。
互いの顔を見合わせた。
「なんで、謝るんですか? 王子との婚約を破棄されて帰ってくる娘に、なんで……」
言っているうちに自分が情けなくなってきて、声が震える。
「なぜ? 親として当然だ。娘の置かれていた状況に気づけず、こんなことになってしまった」
もっと早く第二王子の本質を見抜いていれば、と本気でお父様が呟いていた。
私は訳が分からず、お父様の方を見る。
「イザー……第二王子殿下がどうされたのですか?」
イザーク様、と言おうとしてもう婚約者ではないことに気づいた。
私が言い直したことに気が付いたのか、お父様が辛そうに顔を歪める。
「アリア、決して謝ることなどない。私は絶対に自慢の娘を信じている」
「おとう、様……」
ぎゅっと抱きしめられたのが予想外に強くて、思わず泣き出してしまった。
「私がいったい何をしたと……!」
「……」
「王子が何もしなくても、私は……」
みっともなく声を詰まらせる私を、お父様は何も言わずにそのままにしてくれた。
「少しは落ち着いたか?」
「はい……」
感情的になってしまったことを恥ずかしく思いながら、侍女が入れてくれた紅茶を飲む。
「『国王陛下の代理人』から話があるそうだ」
「え!?」
思わずティーカップを落としそうになった。
揺れる紅茶がこぼれないことを確認してから、お父様の方を信じられない気持ちで見つめる。
「『代理人』が、わざわざ……」
「国王陛下の代理人」はその名の通り国王陛下の代理の者。
何か重大事件があった時や、隣国との条約締結の際などにのみ派遣される。
一時的に国王陛下と同等の権限を持ち、皇族と血縁関係にある高位貴族しかなれない。
文官武官の最高職とも言われる方が、今この屋敷にいる。
「なぜ、そんな方が」
「おそらくこの事態を重く見たのだろう。どうぞ、『代理人』様、お入りください」
その言葉を受け、侍女がギギッと音を立てながら扉を開いた。
そこにいたのは、『国王陛下の代理人』にふさわしい威厳と、力強い空気を纏う男性。
だがその顔は見覚えがあって……
「え……」
「また会うことができましたね。高貴な方?」
そこにいたのは、つい数時間前に見た人で。私が助けてすぐ消えた、謎の男性だった。
そこからは、色々な事情を聞かされた。
ことの発端は公爵家のサンドリーヌ様に【聖者の祈り】の適性が見つかったことだった。
その適性はとても弱い者だったが、本人はそんなことを気にぜず、自身を「【聖者の祈り】を使う聖女だ」と言って回った。
それを聞いた第二王子がこう思ったらしい。
元々の婚約者である私は【聖者の祈り】を使えるが、男爵家出身。
対してサンドリーヌは【聖者の祈り】を使える上に、公爵家出身。王族の自分に相応しいのはどちらかはっきりしている。
さらに、公爵家が味方につけば王位を手に入れられるかもしれない。
ならば、【聖者の祈り】しか取り柄のない私とは婚約を破棄。
自分と元から仲のいい、そして自分に媚びることを知っている公爵家のサンドリーヌと結婚しよう。
そう思った王子が暴走。サンドリーヌも喜んでそれに手を貸した結果、これ。
まさか王子が20年前の国王陛下と男爵の約束を知らなかったとは思わなかった。
そして側近たちも知らず、誰も止められなかったらしい。
「結果、国王陛下は激怒され、私を『代理人』としてここに送ったのです」
彼が『代理人』に選ばれた理由は、高速移動の魔法を使えるから。
私の目の前からいなくなったように感じたのは、高速移動していたかららしい。
ついでに、そのほかの魔法も大量に行使できる。
本人曰く「炎竜と相打ちになる程度です」だそうだ。それは騎士団長クラスでは?と思ったが、私もお父様も黙っていた。
「最後に、国王陛下はお詫びとしてできる限り望みを叶えると仰せです」
「陛下が!?」
「さらに、貴方は私の命の恩人でもあります。『代理人』の名誉にかけて、望みを叶えて見せましょう」
豪華な宝石が欲しいなら隣国まで行って手配。
領地が欲しいなら根回しまで完璧に。
第二王子は無理だが、王族との婚約でも確実に成立させる。
なんでもすると明言されてしまった。
「私との婚約をお望みでしたら、それでも構いません」
「恐れ多いです……」
『代理人』に任命されるような身分で、なおかつ魔法の天才。
そんな人物が結婚してもいいなんて冗談でも言わない方がいいと思う。
変な令嬢に言質を取られたら付き纏われるだろう。なぜかそう言ったら微妙な顔をされてしまった。
「では、望みは?」
「__それは、」
国王陛下が望みを叶えると仰った。それを断るのも不敬だし、かといって過度な要求も不敬だ。
悩んだ末に私が出した答えは、
「んん、いい天気ね」
暖かな日差しを感じ、少しの心地よさと共に起き上がる。
視界にまず入ってきたのは屋敷の自室のベッド。そして心配そうにこちらを見つめる侍女の顔。
「アリア様、いくら王族に嫁ぐための勉強が消えたからといって、ここまで読書をしていては体に悪いかと」
どうやらまた心配をかけてしまったらしい。
あの後、私が望んだのは「男爵領で穏やかに暮らしたい」ということ。
好きなように本を読んで、お茶会の心配をする必要もない。のんびりとした穏やかな生活だ。
「アリア様、今日は予定があるのでは?」
「ええ、ラファ様がこちらにいらっしゃるはずよ」
ラファ様とは、『代理人』だった方の名前。正確には愛称なのだけれども、こう呼んでくれと言われたので従っている。
「あの方はマメね。代理人としてしっかりと、望みが叶えられているか確認するなんて」
それにこの前も、あの二人が今どうなっているのかを教えに来てくれた。
どうやら国王陛下はかなりお怒りだったらしく、王子から王位継承権を剥奪したとのこと。
さらに、公爵令嬢からも貴族籍を剥奪した。これで平民と変わらなくなってしまった
そして、驚くべきことに二人の婚約の継続を命じたらしい。例えどちらかが死んだとしても、新たに別の人と婚約するのは不可能という制約までつけて。
これから二人はどう生きていくのだろう。貴族籍のない元公爵令嬢に、継承権のない名前だけの王子。
この二人に手を貸すものはいないだろうし、ずっと白い目で見られて馬鹿にされる。
まあ結局どうなろうと、私には関係のないことだ。
私と婚約破棄してまでした二人の婚約。ぜひお互いに愛し合って欲しいものだ。
「それにしてもラファ様は丁寧な方なのね」
そういうと侍女が微妙な顔をした。
「アリア様、もう少し鋭くなりましょう。これではかわいそうです」
「え?」
「……なんでもございません。ほら、いらっしゃる前に着替えますよ」
「そうね」
ラファ様のやってくる方、お城の方を窓から眺める。
なぜかわからないが、一つのいい予感がした。
今日は特別な日になりそうだ、と。
「アリア様、どうかされました?」
「なんでもないわ」
ゆっくりと口角を上げた私に気がついたのか、侍女が何かあったかと聞いてくる。
今はまだ何もない。だが、この後が楽しみだ。
ラファ様が来る。それだけで、いい1日なのは決まっているのだから。