最善の未来のための努力(チート)
藤沢公民館の前。
小さな女の子が俺達に手を振っている。
女の子の横には両親が頭を下げていた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとうございまちた!! また遊んでね!」
何度も頭を下げながら家族は俺達の元から去っていった。
「……なあ、なんで俺達ってトラブルに巻き込まれるんだ」
「えぇ、私じゃないと思うよ。きっと草太君のせいだよ」
今日は俺と白百合のお買い物デートの日。
前日は眠れなかったけど、努力して眠りについた……。
待ち合わせの場所には一時間前についてしまった。
初めは順調だった。なのに、トラブルに巻き込まれて……。
「とにかくご両親が見つかって良かった」
「ねっ! 本当に良かったよ。だってあの子、不良に追われてたんでしょ?」
「……拾ったぬいぐるみの中に大麻があったからな」
「やっぱり治安悪いね。前よりは良くなったけど」
ぬいぐるみを持った迷子の女の子と駅前の噴水で出会った。予定を変えて、女の子の両親を探すことにした。
突然、不良が女の子のぬいぐるみを奪おうとして、トラブルが起きたんだ。
ちょっと変わった女の子だったから、非常に大変だった。
言っている事が先を見ているというか、達観しているというか、大人みたいな子供だった。
なんやかんやトラブルは収まり、両親も見つかり落ち着く事が出来た……。
白百合とのデートの緊張感は吹き飛んでしまい、いつも通りの流れになってしまった。
「でもさ、子供って可愛いよね。……私もいつか結婚するのかな〜」
「そ、そうだな。確かに子供は可愛い。あの子は優しそうな両親で良かった」
……俺の家族は難しかった。だが、それも過去の事だ。ちゃんと向き合えばきっと俺達も大丈夫だ。
白百合は俺を見ながら笑っていた。
「草太君、あわあわしてたね」
「そうだな、子供って小さいから壊れそうで怖かった……」
「だよね、大切に育てないと駄目なんだよね。でも、私の家みたいに甘やかしすぎるのも駄目だよ」
「そうなのか? ……うん? あの子どうしたんだ?」
気の利いた返事を考えていると、さっきの女の子がこちらへと向かってきた。ご両親もその後を追っている。
女の子は満面の笑み――一転、表情が大人の顔つきになる。
「……お兄ちゃん、お礼に良いこと教えて上げるよ。――好きな人、片方だけしか助けられないかも。……選択肢、間違えないでね」
全身に鳥肌が立った。女の子はそれだけ言うと、元の笑顔に戻り両親の元へと向かった。
白百合も訝しんだ顔をしている。
「変わった子だったけど……、草太君の好きな人? 関口さん? お姉さん? 時任さん?」
「白百合は入ってないのか……残念だ。しかし、なんだったんだ、あの子は」
「う、うん、え、えっと、アニメイト行こっか!」
少し挙動不審な白百合。
……あっ、俺、口が滑ったような気がした。
よし、気にしないようにしよう。
俺達はアニメショップを目指すことにした。
「時間が過ぎるのってあっという間だよね。草太君のコスプレの衣装を決めなきゃいけないのに時間が無かったね」
「……アニメイトで妙なギャルに絡まれたからな」
「そうだね、今日は本当にトラブル続きだったね」
アニメイトで俺の衣装の参考をするための書籍を買おうとした。その時に出会った肌が黒い、同い年位の女の子。
そこでもトラブルがあったんだ……。
「あの子も変わった子だったね。夏コミに出るみたいだからまた会うかもね」
「……少し面倒だな」
「でも草太君の買い物も終わったし、今日はのんびりしよっ! また一緒に藤沢来ればいいよ。あっ、今度は関口さんも一緒がいいでしょ? にしし、草太君、関口さんといい感じだもんね」
たまにこういう会話をする時がある。
白百合も本気で言っているわけじゃない。良かれと思って俺の背中を押そうとしている意志を感じる。
「草太君は完璧超人だし、関口さんは可愛いし、お似合いだよ。私なんてしがない同人描きの陰キャだし――」
「そんな事はない。俺にとって白百合は高嶺の花だ」
「うん、ありがと。なんかさ、たまに自信無くなっちゃうんだよね。草太君と一緒にいて迷惑じゃないかって」
白百合は昔から変わっていない。自分に自信が無くて、内に籠もっている。
それでも、あの時、平塚の事件がきっかけで何かが変わったんだ。
俺はそれを間近で見ている。人が変わる瞬間。
とてもキレイだった。とても美しかった。
白百合をずっと見ていたい。そんな気持ちになったんだ。
「関口は好きだが、白百合も好きだ。……恋愛というのはよくわからないが」
ただのごまかしだ。淡い恋心というものは理解している。
それは白百合に向けているものであり……、ただ、関口に対する感情はよくわからない。
初恋というモノを経験した事がある。
あの時の感情はうまく思い出せない。あれは初恋というものだからだろうか……。
「草太君、あのさ、今度みんなで東京に遊びに行こうって話しているんだ。ディスティニーランド行ったり」
「ディスティニーは千葉ではないか?」
「そ、そうだけど、いいの! 関口さんも楽しみにしてるから草太君も一緒に行こ?」
「もちろんそれは構わないが……」
カフェのテラス席、時間は午後16時44分。カフェはまばらな客入り。
夕暮れまでの時間は伸び、まだ暗くない。
今日はそろそろお開きの時間になるだろう。
ほら、白百合が時計をちらりと見ていた――
と、その時――
何かラジオの音が聞こえてきた。店内のラジオか?
『藤沢市片瀬の建物で科学事故が起こりました。現在、状況を確認中です。数名が取り残されております。現場は火災が発生し――』
『藤沢駅前で通り魔が殺傷する事件が起こりました……。現場は痛ましく――』
『大変です! お台場の海で人が溺れました!』
『半グレ同士の抗争に巻き込まれた被害者が――』
『変死体で見つかった神奈川県在住の――』
空気が止まったような気がした。
いや、実際止まっている。
眼の前にいる白百合がこぼした水が空中で止まっている。
自分の身体が動かない。
ラジオの放送が止まらない。
内容は理解できないのに、理解できる矛盾が生じる。
頭が痛くてたまらない、一ヶ月前の俺であったならば耐えられなかった。
一ヶ月前、俺の中にいた誰かがいなくなった。
感覚でしか覚えていない。事実は忘れている。
俺に何かを託していなくなった。
思考が回転をする。
――なるほど、理解した。
それは子供が勝手に言葉を喋り始める瞬間に似ている。
それは今まで出来なかった運動がいきなり出来た時と似ている。
一度理解した感覚は決して忘れない。
『走馬灯』のように脳裏に駆け巡るこれは――
俺の人生の未来視だ。
可能性の枝葉だ。
1時間後、1ヶ月後、2年後、3年後、10年後、そして、36年後。
俺と関わって、お互い好意を育んで……死んでしまった……関口、白百合、姉貴、平塚、心音。
止まった時が流れる感覚。
「草太く、ん? どうしたの?」
想像してみろ? もしも、今この瞬間、白百合がいなくなったら?
「……俺が何で努力していたか理解した」
そうか、お前はこのために努力をしていたのか。俺に託すために。
俺はこのために努力をしていたのか。残酷な運命を乗り越えるために。
確固たる目的が俺の意志を強くする。
鋼の意志が精神を強くする。
強固な精神が強靭な肉体へと変える。
懐かしい声が聞こえてきたような気がした。
『……期待してっぞ』
「ああ、俺に任せろ」
「草太君?? やっぱり変だよ」
「白百合、時間がない。関口は今日は親の職場に行くと言っていたな?」
「う、うん、そうだけど」
選択肢を間違えるな。
ここで白百合を置いていくな。白百合が一緒にいたとしても守れる強さが今の俺にはある。
ここは分岐点だ。
確定事項ではないが、白百合は高校の時に事件に巻き込まれて死んだ。関口は親の職場で事故にあって、原因不明の病気にかかり……死ぬまで病気に苦しむんだ。
俺の行動によって未来が変わる。
選択などできない、俺は……白百合も関口も大切だ。白百合に恋をしている。心の奥では関口に惹かれている駄目な男だ。
全員、助ける。最善の未来を――
俺は立ち上がって白百合を抱きしめた。
「え、ええ!?」
力を緩める事ができない。大切な人がいなくなる、想像するだけで死ぬほど苦しいのに……、俺は経験者のように感じた。
「……絶対に俺が守る。だから、今だけは言う事を聞いてほしい」
白百合は即答する。
「ん、何かあったんだね? 草太君がトラブルに巻き込まれるなんて慣れっこだもん。……関口さんの親御さんの職場に向かうんだよね? 行こ」
「流石部長だ、話が早い。……きっとこういう所に惚れたんだろうな」
白百合が俺の胸に顔を埋めて隠す。
……いや、それはそれで俺が恥ずかしいぞ。
「じゅ、準備はいいか? 時間がない、行くぞ」
「う、うんっ!」