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山田草太の激情


 向かった先は俺が通っていた小学校。

 過去を振り返る、という行為は好きじゃない。現状から逃げているように思えるからだ。


『思い出を振り返るのっていいと思うよ』


 関口の言葉を思い出した。そういえば、あの時の遠足も2人で色々な思い出を振り返っていたんだな。


 ……子どもの頃の俺はバカだった。

 勉強が嫌いで世間一般の常識を知らず、友達との接し方もわからなかった。


 それに気がついていても何も変えようとしない。

 仕方ない、バカだから、と諦めていた。



 グラウンドには遊んでいる児童たち。小学校はもう放課後だった。

 子どもの頃の俺は放課後なんて誰とも遊ばずどこかで過ごしていた。


 あの頃の俺と今の俺。

 苦い初恋というものを持て余していた。平塚が好きなのに関口の事も気になっていたどうしようもない奴だ。

 ……もしかしてあの頃から白百合の事も気になっていたのか?


 わからない、走馬灯で大人になってしまった俺にはどうでもいい事だったから。





『そんな事ねえよ、だってお前、中学の時も毎週月曜日楽しみにしてたじゃねえかよ』




 この声はなんだろうな。ただの妄想として無視するのが一番だろう。


『おい、無視すんなよ。無視は悲しいんだよ……。ていうか、お前は殻に閉じこもって逃げてたんだよ。辛くても悲しくても向き合わなきゃ駄目だったんだよ』




 俺は小学校を後にして裏山へと向かう。

 木々の香りが強くなり、思い出を刺激する。


 そして……俺が一人で泣いていたベンチに座る。

 木漏れ日が心地よかった。



「……俺の人生、か」


 その時、強い風が吹いた。木々の匂いが一層強くなり――俺の頭に衝撃が来た。


『走馬灯』が駆け巡る――

 現状のままの俺が高校卒業、大学卒業、就職……、そのまま一人で――

 感覚が老成される。


 そして行き着いた先は……。




「……なんだろうな、同じ人間なのに歩む人生が違うと全然生き方が違うんだな。……お前も思っただろ? あの時、山田草太が全然違う人間になってしまったって。でもさ、違えんだよ、俺達同じ山田草太なんだ」


 口調の変化が止められない。俺は誰に向かって喋っているんだ?

 そんなの決まっている。自分自身に対してだ。


「ん? 俺の存在が気になるか? もしも、あのまま成長した俺。……可能性の一つ、ってところだな」


 俺は立ち上がって身振り手振りで語り始めた。


「……中学の無視は結構すぐに終わったんだよ。バカにされても友達もいた。みんなと同じ高校に入りたいから中学二年になってから勉強を必死にしたんだ」


「奇跡的に受かったんだよ。俺の事バカって言ってた奴らよりも受験の成績がよくなってたんだよ。ははっ、ざまあみろってんだよ。それでな高校になっていきなり告白されてさ……彼女が出来た。それもびっくりだろ? たださ……、他に好きな人が出来たって言われてすぐに振られちまったんだ」


 自分の身体を制御できない。可能性の過去、もしくは未来を嬉しそうに語る



「いや〜、同窓会で関口と再会してさ、何か超盛り上がってさ、デートの約束したんだよ。心臓バクバクしたぜ。きっかけは些細な事。それでも、愛情を育んで……結婚したんだ。ていうか、親父のパン屋がやばくてさ、大学中退してパン屋として働いて……、超キツイんだぜ? 朝早えしよ」



「それから色々あった。嫌な事も楽しい事も。……辛い事があるから喜びも跳ね上がる。なんだろうな……本当に色々あったんだよ。もう一度、やる直せるならって思うことがよ」


「最後に願ったんだ、俺。もしかしたらもっと早く努力していれば……。俺の人生の結末が違ったかも知れないって。でもよ、多分関口とは絶対結婚するぜ、って思ってたけど違うんかい! お前は白百合の方が好きなのかよ! ……まあ今思えば白百合の事も気になってたんだろうな、ていうかお前気づいてないけど、結構関口の事好きだろ?」



 ――まるで子供のように俺に恋バナをする。悲しそうなのに楽しそうで不思議な声色だった。



「ていうか、お前の事ずっと見てきたけど、努力を続けても俺はバカなんだなってしみじみ思ったぜ。頭が良いだけじゃ駄目なんだよ。でもよ、関口の事助けてくれてありがとな。超嬉しかったぜ。……お前さ、一番大事な事を忘れんな。裏切られてもいい、騙されてもいい、それでも、人を信じろよ。じゃないと、人生楽しくないぜ」



 ――人を、信じる……。



「俺は大人になった。それでも、人の心を失わなかった。それは小学校、中学、高校の思い出があって、色んな人との絆があって……、まあ、絶望した時もあったけどな、『※※』が死んでよ。……変えたい未来がある、それを変えたくて必死で『努力』して俺はここに来た」



 ――大切な人が死んだ……のか……。



「ほら、俺っていつも願ってただろ? 早く大人になりたいって。大人の心を持ったら何が変わるかと思ったんだ」



 自分の胸に手を置く。

 何かが思い浮かんだ。それは俺の記憶じゃない。走馬灯の中の記憶の最後だ。


 ――それは『絶望』を感じながらも、『希望』を抱く俺。



 ……何故その状況で笑っていられる。何故その状況で諦めない、なぜお前はそんなにも強いんだ?



「大丈夫だ、いつかお前にもわかる日が来る、。お前は大人のふりをした子供だよ。……さてと、俺の時間はもうおしまいだ。あとは全部お前に任せんぞ!! 頑張れ、青春しろよ、俺! 死ぬんじゃねえぞ、絶対守れよ!!」


 頭に衝撃が来た――

 何かが抜けていく感覚。


 しばらくすると、感覚が元に戻る。

 手で顔を触ると濡れていた。

 涙を流していた。



「……俺はお前とは、違う。お前が思うようにはならないかも知れない……だが、お前の『遺志』は受け取った、無論努力は続ける、お前に言われるまでもない」


 感情が押し寄せてきた――

 これまでの経験、押し殺していた感情、それをすべて受け止める。


 今まで飛び越えて来た子供の感情が濃縮されたそれはひどく痛みを伴うもの。


 それでも、俺には必要なもの。


 だから――




「草太君っ!! 大丈夫っ!!」

「草太? なんで裏山に……?」


 気がつくと関口と白百合が俺の前に立っていた。

 頭が混乱する。この場に俺がいるって伝えていない。いつの間にか手にはスマホを握っていた。

 随分前からメッセージのやり取りがあった。……あいつが勝手に送ったのか、くそ。


 だが、俺は俺だ。俺なりのやり方で『努力』をしていく。


「悪い、色々手違いがあった。これはその……、知り合いとお別れをしていたんだ。もう終わった。あとは……2人と一緒にいたかっただけだ」


「草太君?」

「ちょ、どうしたの? なんか……」



 2人の顔を見た瞬間――、頭の中にあった走馬灯の記憶が霧のように霧散していく。


 もう一人の俺が死ぬほど努力してたどり着いた未来があったというのも理解した。その先が絶望でも、あいつは笑っていた。


 それも徐々に薄くなっていく。


 完全に無くなった瞬間、代わりに俺の心に何かが灯った。



 それは正体不明の『激情』――




「関口、白百合……、あのさ、一緒に帰ろうぜ」



 2人は顔を見合わせる。

 不思議そうな顔をしていた。

 その表情がなんだかおかしくて、こみ上げるものがあって……俺は……嗚咽をこらえながら笑っていた。










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