懐かしい感情
「おかしい、未だにクラスに馴染めないのは何故だ?」
「草たんは〜、ちょっとキラキラし過ぎかな? なんなら芸能科に来る?」
「いや、そっちの活動は学校生活に支障が出ない程度に抑えたい」
「まあいいけどね、そういえば色々大変だったんでしょ? 関口さんって女の子の問題で。草たん、女の子の問題多すぎだよね〜」
「そんな事はない。俺は……少しだけ関口を手助けしただけだ」
「うん、巻き込まれる形じゃなくて、自分から行くって超珍しいでしょ。草たんはいっつもスーパードライだから」
「いや、心音に言われたくない……」
昼休み、芸能科の教室で俺は心音と一緒に弁当を食べていた。
この教室には顔見知りが結構いる。沙粧もこのクラスだし、モデル時代の同期もいた。
みんな心音に畏怖を抱いている。アイドルとしての心音は凄まじい能力だ。仕事にかける情熱は誰にも負けない。
同じ業界にいるからこそわかる格差。
今日は関口が白百合と一緒に学食に挑戦するから珍しく俺は心音と二人っきりだ。
関口の噂は日に日に影響が無くなってきた、が、クラスの一部の女子とはあまり良い関係ではないらしい。
それでも、ちゃんと話せる女友達が出来たようだ。
……どうでもいい、とは思わない。良かったと思う。
吉田との話し合いが終わってから一週間が過ぎた。
あの後、吉田は改めて関口に謝りに来たようだが詳細は知らない。
生徒たちの前で吉田の悪行を暴いたわけではない。行き過ぎる正義は間違った方向に向かってしまうからだ。
あくまでも、あれは関口と吉田の問題。
吉田は見た目上では少しおとなしくなり普通に学校に登校し、普通に過ごしているようだ。
心に内は誰もわからない。本人にしかわからない。
人は見えない所で二面性というものを持っている。
吉田の友達にとっては吉田は良い奴に見えるだろうし、吉田の振る舞い方も違うだろう。俺や関口にとって吉田は関わりたくない人種の類だ。
「私はね、自分の周りにいる人だけが幸せになればいいと思ってるの。もちろんその中に草たんもいるよ」
関口には心音を会わせていない。多分、心音は関口に辛辣な言葉を浴びせるだろう。あの白百合でさえ、心音と仲良くなるのにかなりの時間を要した。
心音は俺と違った感じで大人の世界に足を踏み入れている。
そんな心音が意地悪そうな顔をして俺に聞いてきた。
「でさ、草たんってどっちが好きなの?」
「……どっちとは?」
「だから〜、白百合ちゃんか関口さんのどっちが好きって事。白百合ちゃんは何か草たんの特別って感じだし、関口さんは草たんが助けたんだよ? 草たん、人に興味ないのに」
「確かに人に興味はない、今でもどうでもいいと思っている時がある。家族でさえ、関わりたくないと思っていた」
「思っていた? 珍しいね、過去形って」
「最近良くわからないんだ。関口を助けたのは成り行きだ。白百合は……、その、友達だ」
誰かを好きになる。今の俺にとって、これほど難しい事はない。もちろん、関口も白百合も心音も友達としては好きだ。
心音が言っているのはそういう話ではない。恋愛の好きっていう話だ。
「ふーん、草たん、自分が思ってるよりも変わったかも知れないよ。だって中学の頃はそれはもう……私が惚れちゃうくらい冷たくて、ね。今の草たんは温かさがあるもん。だからね――、私は草たんの事好きにならない、から、安心してね……」
心音はそう言って弁当箱をカバンにしまった。携帯枕を取り出して机に突っ伏す昼寝の時間だ。心音は激務で学校に来る事自体めずらしい。
東京から離れたこの学校。心音はどうしても海が見える学園生活を送りたくてここに入学した。
「ふわわ……、恋愛、しなきゃ、駄目だよ……。おやすみ……」
俺は弁当重をしまい、心音にストールをかける。これが心音と一緒にいる時のルーティーン。
「ああ、ゆっくりしろ、お休み」
俺は芸能科を出るのであった。
廊下を歩きながら心音の言葉を思い返す。
――どっちが好き?
そんな事気にした時もなかった。
そもそも白百合は友達だ。
関口は先日、俺から振ったばかりである。
……小学校の頃はいつか誰かと付き合って、恋愛して、結婚すると思っていた。
いや、そうでもないか。付き合うって意味がわからなかったんだ。
2人で何をするんだ? 勉強なら一人の方が効率的だ。
恋人とどこかへ出かけるくらいなら、白百合とゲームをしたり、関口とまた江の島に行った方が心の豊かさが――
「んっ? 何か矛盾を感じたような。……考えてもわからない。……なんだ、モヤモヤするぞ」
頭の中を整理しようとしても中々うまくいかない。一年C組の前を通る。何気なく教室の中を除く。関口と白百合がいるわけでもないのに。
案の定というか、当たり前というか、2人は教室にはいなかった。
「おい、あれ」
「山田だ……」
「あいつだろ、関口の友達」
「ふーん、別にあたしの彼の方がかっこいいじゃん。顔ばっかでどうせひ弱なんでしょ?」
「……ふーちゃん、ツンデレやめようよ。すっごく心配してたのにさ。……あのね、山田君のあれは違うよ、ひ弱なわけないよ。大胸筋がワイシャツから逃げ出そうとしているもん。制服の上からでもわかる……、腹筋もバキバキだよ。……どうしよう、ふーちゃん。ちょっと触ってみたい」
「杏っ! え、エッチな事言わないの!」
「えー、ふーちゃんだって彼氏なんていないのに見栄張ってるから〜」
「ていうか、関口のパパ活の噂、嘘で良かったじゃん」
「話しそらさないの!!」
……ど、どうやら比較的騒がしいクラスのようだ。
杏という小さな女の子が俺から目を離さない。筋肉の流れを確認するように視線が動く。
そ、そんなに純粋なキラキラした目を向けないでくれ。
「……草太? 何してるの……って、ちょっと杏ちゃん、草太の事見すぎ! 風子もだよ!」「やば、バレた!?」「み、見てないわよ!?」
「あっ、草太君、心音ちゃんは大丈夫そうだった?」
学食から戻ってきた2人。
関口は何故か照れながら杏と風子いう女の子と戯れている。
「あのね、あの風子ちゃんがね、関口さんに話しかけてきたんだ。『お、お前の友達の山田ってそんなにかっこいのかよ! 私の彼の方がかっこいいじゃ! 写真見せてあげるわよ!』って。でね、その写真って2次元のキャラだったの」
2次元……? ああ、俺がゲームのキャラに恋してるようなものか。それは彼氏なのか?
「でも、関口さんも笑わずに真剣にその話ししてさ、なんかおかしくなって、風子ちゃん漫画みたいなツンデレで……。でね、杏ちゃんも一緒に仲良くなって。二人共すごくいい子なんだよ」
「そっか、それは良かった。これで一安心だ。関口にも白百合にも友達が出来て」
「うん、きっと楽しいクラスになるよ。学校の行事に全力で取り組んで、テストも頑張って、長期休みは旅行に行く約束もしたんだ。……関口さんね、また泣いちゃったんだ」
関口のあの言葉を覚えている。
『これからきっと楽しくなって、行事にも参加して……』
これで大丈夫だな。
俺はもう必要ない。
少し寂しいが、あまり接点も無くなるだろう。それは白百合もそうだ。関口という友達もでき、クラスメイトとも仲良くなり、俺とは疎遠になる。
これが社会というものだ。
あとはひっそりと見守っていれば――
その場を離れようとしたら、白百合が俺のそでを掴んでいた。
「……草太君も一緒。私達、友達なんだよ? ……草太君、いつもの大人の感じで、『俺はもう必要ない』とか思ってたでしょ? 駄目だよ、そんなの。寂しいよ、私も関口さんも。だからさ……、クラスは違うけど、一緒にいよ」
白百合が袖を強く握って俺を見上げた。
その笑顔が小学校の時の白百合の姿と重なった――
走馬灯じゃない、過去の『思い出』が脳裏に駆け巡る。
それは、小学校の空き教室での思い出だったり、ベランダでの会話。
白百合と一緒にいた『思い出』――
何故か、胸が高鳴った。
なんだ、これは? なんだ、これは? なんだ?
胸が締め付けられる、なのに温かい気持ちになれる……、不思議な感覚だ……。
淡い、気持ちが胸に広がる。
「おーい、草太っ! 2人を紹介するよ!」
関口の声でやっと我に返った――
基本的に毎日更新をします。
時間的に間に合いそうにも無い時は短くても更新します。




