9.いい湯だな この道ホントに地獄の道?
新領地、ジゾエンマ高地。
サンズーノ川の北側に位置し、国を成す島の背骨ともいうべきゴリア山脈、南北に延びる山脈の西側にあります。
ジゾエンマはゴリア山脈を挟んで丁度その東側に、王都デリーがあります。
その地は、山並が続く中不自然に高原が開け、東に面した王都と西の海に向かう街道として整備が大昔から試みられた地でした。
しかし、川も無く土地も痩せた不毛の地。
幾度か開拓団が組織され街道や耕地の整備が試みられたものの、全て失敗しました。
そして今や駆り出された囚人達の髑髏が転がる地でした。
せめてここに人が休めるキャンプ地でも出来ればよいのでしょうが、熊や狼も多く、それも開拓を阻む障害となっていました。
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「今夜は熊汁だよ~」「「「キャー!!!」」」
おかしいですわー!!
何匹かの熊が毛皮になって吊るされ、肉が女達の手でばしばし裁かれ、山中で採ったハーブや山菜、ワインと一緒に煮込まれ…はあ~。
「おいしそぉ~」同感ですわナゴミー。
「この毛皮もみんなで脂を削いで馬車に吊るして乾かせば、冬を越すよい寝具になるでしょう!」有難いですわマッコー。
魔導士は何だかあちこちを掘っては黒い石を砕き、仲間達の天幕に配っています。
「うわー!」「あったかーい!」
天幕の中の焚火を見れば、火の勢いが強くなっています。
魔導士…魔導士殿が皆に配った天幕には煙抜きがあり、あの黒い石が炭より熱く燃えています。
おかげでテントの中は、もう秋とは思えない暖かさいますに包まれています。
私達は宿営地の周りに堀を掘って土壁を作り…その上に魔導士が丸太の先を尖らせた罠を仕掛けて夜の守りを仕上げました。
「ザイト様がいなかったら、私達熊のエサになってたかも…」
「今は私達が熊食べてますけどねぇ~」
熊は美味しいですねナゴミー。
「でもこの燃える黒い石は薪や炭より温まりますわ…
まさか宝の山ってこれの事ですか?」
「半分当たりですよお嬢様」
魔導士殿が言うには、このジゾエンマ領の西側は、この燃える石、石炭が採れる。
これを冬の王都や各地の領都に売れば、素早く金貨を稼げてみんなの糧を賄える。
「それだけじゃない。この地は余程複雑な形で出来た大地だ。
地下で生まれた宝が地上に押し上げられた、正に宝の山なんだ」
「金とかありますかねえ」
「金はないよ」
「がっかりぃ~」
「でも、もっと素晴らしい物がいっぱいある。
それを売れば、人も集まる。
道を作れば、王国の東と西を繋げる大動脈となる!」
「ダイドーミャク?」何ですの?
「ああ~。人間の体の中は、血が巡ってるでしょ?
その血を体中に巡らせているのが、動脈という血を流す太い管だ。
それに例えて、国の人や物を行き来させる道を、大動脈、と言うんだ」
「「「ほへ~」」」初めて知りましたわ。
「というか、人の体の中を知っているの?」
「私のいた国では子供でも知ってるよ」
「まさか人の体を切り裁いたのですか?」
「そうしなければ体の造りを知る事も出来ず、病や怪我は治せないよ」
「恐ろしい…」
「出来る事をしないで、大切な人を死なせる事の方が余程恐ろしいよ」
「でも、神がお作りになった人の体を…」
「だからさ。
人の体が死んでいくのを黙って見てるんじゃなくて、守るために挑むんだ。
勇気も、慎重さも、敬虔さも必要だ。
失敗したら、人が死ぬんだ」
燃える石の話から、人の体の中の話まで。
この人は本当に常識が通じない人です。
「私、そんな考え方した事が無かったですよ…」
「どうしたのマッコー」
マッコーは魔導士殿の顔に向いて、真剣に話しました。
「魔導士様は、大地の中や人の体の中も見えているのでしょうか。
何者に対しても恐れがありません。
私を助けに空を飛んだのも、飛ぶ方法を知っていたからではないですか?
この地に宝が埋まっている話も、今話した体の話も、見えているからなのではないですか?」
見えている、ですか。
そうだとしても、それだけでも凄い事ではありませんか。
「凄いなあと思います。でも、悔しいとも思います」
悔しい?
「もし、私にそんなふうに見通せる力があれば、もっとお嬢様の力になれるのに。
先の戦いでは、私は、なんにもできていなかった…」
マッコーの顔が、厳しく歪んでいます。
「私もですよぉ」
今度はナゴミーが。
「ザイト様にお会いできなければぁ。
私達、もう死んでました。仲間のみんなも」
二人とも、今までゆっくり考える時間が無かったのでしょう。
いえ、薄々感じていたのでしょうか?
余りにも色々な事が起きすぎて、頭が追い付かなかったのでしょう。
私もそうですし。
「それは違うよ、マッコー、ナゴミー。
君たちが居て、お嬢様がいたから、私は戦ったんだよ。
私は色々な知識を先人から教わっただけなんだ。
君たちが薄情者で逃げていたり、お嬢様を裏切っていたら、私はみんなを見捨てていたかもしれないよ」
「嘘ですぅ。私達が卑怯者でも、ザイト様は、皆を助けた筈ですよぉ」
あ、ナゴミーが魔導士殿にすり寄った。
「もし私が逃げていたら私を見殺しにしても、やはりお嬢様達を助けてましたよ?」
「そうかもね」
「私も同じです。
お嬢様に背を向けて、安全なマモレーヌ伯の領都に留まっていたら…私は私を許しませんでした!」
「でも必死に脱出して帰って来たじゃないか。二人とも勇敢だ」
マッコーも魔導士殿の隣にピタっとくっついて…お止めなさいって二人とも!
「そんな二人が必死に守ってるお嬢様を、私は放って置けなかった。
力を合わせて自分達の運命を変えようとしているこの地の皆を誰一人傷つけたくなかった。
敵の下衆共は死のうがくたばろうが知った事っちゃない。
君達は、他人を思い遣って生きる君達みんなは、絶対に守りたかったんだ」
このオッサン。本当に、純粋にそう思ってくれているのかしら?
「あなたもそうでしょう?ツンデール様」
「勿論。一人ひとりの幸せが守らずして、皆の幸せは守れません!」
「よく言った!マッコー、ナゴミー。君達は本当に素晴らしい主君を持った!
私も、君達とここにいる人たちのために頑張るぞ!」
どこから取り出したか、盃を掲げ、私達にもワインを…あらこれ城を去る前夜の時とは違う美味しさ。
「この葡萄の苗木も植えよう!ジゾエンマは麦は育たないが水はけが良い土地で葡萄は育つ!
いずれ君達は上級ワインのエチケット(ラベル)を飾る女神として描かれるんだ!」
「ええ~っ?!」
「恥ずかしいですうそんなのぉ!」
酔ったせいでしょうか、このオッサンは調子の良い事言って!
「まあ、先ずは村を構える土地に着くことね。村が出来たら考えましょ?」
それすら大仕事ですのよ?!
すると魔導士殿が大仰に言いました!
「立派な城を用意するよ!」
「それは止めて。貴方に負んぶに抱っこでは皆が怠る様になります」
ここは、魔術士殿も言った矜持を強く持たねば。
「その考えは素晴らしい。でもね。
戦いは向こうからやって来るんだ」
その目は酔った様な、このすぐ近くに潜む敵意を刺し殺すかの様な殺意を秘めていました。
「討ち滅ぼされない備えは、やっぱり要るんだよ…」
またも、この人には先が見えているのでしょう。
「ならば。お願いします。
私達の仲間を。あの子達を護れる城を、お願いします」
「承知しました!なお作りは私の趣味全開で行きますよ!」
また、あの巨大な三階の白い塔でしょうか?
心地よかった大広間に、草を丁寧に編んだ広間。
そして、中央貴族でも羨むでしょう、あの広い風呂でしょうか?
ああ!つくづくあの城を奴等が横取りするのが口惜しい!
私の力で築いた訳でもないのですけれどね!
「温泉は多分出るだろうね。みんなで冬を越すには、特に小さい子には必要だ。」
ちゃんと考えて下さっている様ですね。
「新しい村は、病気になる人が少なくなる様に、清潔さを保てる家を建てよう。
風呂があって、トイレも綺麗に、水で流せて。
台所も水くみが要らない様に。
暖炉が家の中心にあって、家中が温まる造りにしよう」
あら。魔導士殿が酔っていい調子になったのかしら?
水があれば、あの地は数百年前に宿が栄える交通の要衝になっていましたよ?
「水はあるんだ」
さっき川は無いって言ったじゃありませんか!
「あるんだよ、山の中に!」
はあ?
「山の土の奥深く、雪解け水が地面を流れる地下水脈を掘れば、人口1万は生きていける水を確保できる!
勿論下水を浄化して下流の川に戻せば、水争いが起きる事もない!」
そこまで考えていますの?!
「この誰もが絶望した荒野に、例え万一大陸派の裏切り者共が戦を仕掛けてきても殲滅できる城を築いてやる!」
「ちょ、ちょっとザイト様!話が膨らみ過ぎてますって!」
「きゃーザイト様すてきぃー!さすがザイト様!サスザイサスザイ!」
ナゴミー何言ってんですの?
「街道だって唯の道じゃないぞ?鉄道だ!登山電車が出来たのでー!誰でもー!王都に行けるー!ヤンモヤンモヤー!」
…酔い過ぎ?いつも人を見下して達観してる様なオッサンが、私の腹心の美女2人にチヤホヤされて調子に乗って。おまけに歌まで歌い出して。
うふふ!子供みたい!
「ふふふ!あっはっは!」
「お?お嬢様調子が出てきたかな?」
「あなたのそんなおマヌケな酔っ払い振りを眺めてて、可笑しかったのよ!
あーやっぱりオッサンはオッサン!可愛い子にデレデレしちゃってまあ!」
「その通り!こんな若く美しい3人に囲まれて、私は幸せだよ!」
「でも手を出したら駄目だかんね!」
「はっはっはーキビシイね!じゃあ風呂用意してくるかぁ!」
風呂?
私達のテントをフニックラフニックラーと謎の呪文交じりで歌いつつ出て行った魔導士殿。
マッコーとナゴミーに淑女のたしなみを説教した後。
テントの外で皆の叫び声が聞こえました!
「何事ですの?」
と出てみれば、大きなテントの中に、10人以上入れそうな大きな布製の浴槽に、見るからに暖かそうな湯気を放つ湯。
テントの中を見れば、浴槽の外には上から湯が注がれる洗い場があって皆体を洗って浴槽で寛いでいる。
布で作られた浴槽は、布なのに水が漏れません。
…裸の女ばかりですが、魔導士ど…あのオッサンは?
「こっちにも作りますから、ゆっくりしていってねー」
私達のテントの隣に、少し小さいテントを立てて、布の浴槽を用意している魔導士殿。
「私達も浸かりましょーよー!」「お嬢様!お先に温まり下さい!」
ヤバイですわ!魔導士殿!
人間を駄目にする魔導士ですわ!
私の開拓生活、絶望の崖っぷちにある筈なのに!
ちょっとあのオッサンに押されたら!
快楽の湯にドッポ~ン!ですわー!!
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ドッポーン。でしたわ。
は~。お風呂、サイコー。
テントに戻って、すやすや。
朝、目を覚ませば、女達が朝食の用意を…
今度は猪の皮が削がれて乾かされている気がします。
…気、じゃありませんでした。
「お嬢様!今朝は猪を10匹狩りましたよ!
魔導士殿の指南はとても的確でした!」
「おにくおいしいですよ~」
ナゴミーも起きて解体や料理に加わっていました!
鍋には肉や野菜が煮られていい匂いが…
「子供の服には使えるな」
脂皮を削いでいる女達の所に魔導士殿。
冬越えの心配をされているのですね。
もう2日で村の予定地。何だか先行きの不安も軽くなってきました!
どっちかと言えば、後にした私達の故地の方がずっとどんより真っ黒に曇ってるんですけどね!
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朝食を終え、片付けして出発の準備を、と思った頃に。
「お嬢様、後ろから何か来ますよぉ?」
昨日私達がたどった道を、何人か…
いえ、何十人かの人達が歩いてきました。
「あ…あれ!サンズーノ川向こうの村の、リンダじゃない?」
「ディアンヌもいる!」「ルチアナも!」
「ツンデール様…ツンデール様ー!!」
彼女達を落ち着かせて、話を聞いて驚きました。
あれ?魔導士はずっと私達と一緒にいた筈ですが…ま、あの人の事だから。
慰み者になりかけた娘達は、無事私達ジゾエンマ行御一行に合流できました。
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テレレ↑令嬢紋⇔敵紋レー↓ヒェッ↑
一方、昨日のサンズーノ川中洲では!
「何?女共が居ない?」
「はっ!地下室には跡形もなく…」
「ええい探せ!この雨続きだ!そんな遠くには行っていまい!
さもなきゃ新しい女共をサンズーノ領から攫ってこい!」
「ビッツラー様!この地の女も少なくなっています!
どうか、あまりの徴発はご容赦を!」
娘を差し出した情けない老人、サンズーノ男爵が伯爵の子とは言えまだ爵位を得てもいない若造に頭を下げた。
「やかましい!いずれお前は我が派閥に組み入れてやるのだ!
そもそもお前が娘どもをこの地から離れぬ様に躾ておれば女に不自由する事など無かったのだ!」
愚かな若造は情けない老人の頭を足蹴にした。
この老人に、領地を、領民を、娘を守る気概があれば。
いや、むしろ無かったお陰で、ツンデール嬢は翼を手に入れたのかもしれない。
そう思うと、皮肉という物だ。
「お坊ちゃま、饗宴の用意が出来てございます」
「あの塔の上だな?女は後で用意しろ!」
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雨脚が強まった。
「はっはっは!愚かにも我に楯突く女達は我が寵愛を得ることも無く、あの生命維持度ゼロの限界も突き抜けた死出の旅を選びよった!
兵共!明日にはこの娘を我に差し出した哀れな領主が女共を差し出すであろう!
今宵は飲め!そして女共を働かせ、この地で冬の麦を得るのだ!」
かくして男ばかりのムサ苦しい宴が始まった。
そして半時後に、地鳴りが響いた。
「何だ?雷か?」
天守の望楼から音の鳴る東側、サンズーノ川上流を見ると…
「「「うわ~い!!!」」」
猛烈な勢いで土砂と木々と膨大な泥水が三角州に迫っていた。
私が上流から木材を失敬していて、それがこの長雨で崩れ川を堰止め、それが今日の大雨で遂に崩れたのだ。
圧倒的な質量の突撃に、石の補強も失い通行のため各部を切り崩された、女達が必死に築き上げた堤防は敢え無く削り取られ…
「「「おちるー!!!」」」
今や大河と化した三角州に浮いた天守も濁流に落ち…
「「「ドンブラコッコー!!!」」」
サンズーノ城だか〇けし城だかわからん様な絶叫を乗せて、下流へと流れ…
途中で傾き、へしゃげて濁流に消えた。
翌朝、数日振りに快晴となったサンズーノ城、跡。
女達が願いを込めて開拓した僅かな土地は、泥水の下に沈んでいた。
愚かな、欲深い男達を押し流し。
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後日、領主を呆気なく失ったサンズーノ領の人々に噂が走った。
曰く、
「荒野で亡くなられたツンデール様が濁流に乗って領主とバカ御曹司を押し流した」
とか。
「暴れるサンズーノ川でツンデール様の怨念が、領主とバカ御曹司を鬼の形相でおっかけ廻していた」
とか。
後日この噂を耳にしたツンデール嬢。
「生きてますわよー!!」
とカンカンであった。
噂通り、鬼の形相ではあった。