3話:脱出
ベルナルドとラインヴァルトは、現場まで3分の距離にいた。
さして遠くはないが、薄暗い地下迷宮を移動するには、慎重に動かなくてはならない。
地下迷宮内には、迷宮内で棲息する凶暴な魔物だけに注意するだけでは生き残れる可能性は低く、
魔物と同じく警戒しなくてはいけないのが、迷宮内の落とし穴などの危険な罠を避けなくてはならない。
命知らずで英雄志願の冒険者らが、何も迷宮内の魔物との闘いで命を落としているばかりではないのだ。落とし穴などの危険な罠を避けきれず、朽ち果てる者もいるのだ。
「連合警備隊冒険者管理局遺品回収課」は、迷宮内の一部の落とし穴などの罠の存在場所は把握はしているが、全ての罠を把握しているわけではなく、職員も冒険者と同じく、落とし穴などの罠で殉職している。だが――――「連合警備隊冒険者管理局遺品回収課」の職員は、凶暴な魔物と罠の他に、もう一つ警戒しなくてはならないものがある。
それは迷宮に挑んでいる、英雄志願で命知らずの冒険者だ。警備隊規律の一つに、「無闇に迷宮内で冒険者パーティーに接触してはいけない」という規律が決められている。
何かと衝突する可能性があるからだ。迷宮内の生と死の極限のプレッシャーで神経を尖らしている冒険者と、迷宮内で、命を落とした冒険者の遺品回収及び迷宮内で犯罪行為を行う冒険者の取り締まりを実行している警備隊職員――――言い争いだけで終わるはずがない。血が流れるわけないと、誰が断言できようか。
そして、規律の中のもう一つには「迷宮内での魔物との交戦は禁止する」ものがある。
連合警備隊冒険者管理局は、冒険者の犯罪行為を摘発、捜査、冒険者の登録管理、迷宮内で命を落とした冒険者の遺品回収するのが最優先の義務だ。ようするに、迷宮内や遺跡内の魔物との討伐などは、英雄志願で命知らずの冒険者の仕事であり、魔物との交戦などしている時間などないと言うことだ。
迷宮内で魔物に遭遇すれば冒険者なら名声や金などを得るために、ごく当然の様に交戦するだろうが、
連合警備隊冒険者管理局の職員は、無闇に交戦しても名声や金なども得ることもなく、逆に規律違反に
問われる可能性がある。
途中で幾つかの魔物と遭遇はしたが全て逃走した。だが例外もある。「ハリコン」の様に遺品回収中に魔物に襲われる事だ。その場合は交戦許可を本部に求めれば、状況次第では交戦許可は下りる。
だが、倒した魔物が隠し持っていた財宝なとでの回収は禁止されている。回収するのは冒険者の遺品だけである。
激しい発砲音と金切り声と猛り狂った咆哮が、現場から響いてくる。
その現場から、咽せるような魔物の肉片と臓腑の臭いに混じって、かすかにオゾンの臭いが漂ってくるのがわかる。そして空気が荷電を帯びている様に感じてくる。
オゾンの臭いと空気の荷電は魔術支援攻撃の影響である。
「状況通り、魔術支援攻撃を行ったようだな、ベルナルド」
ラインヴァルトは、何処か陽気な口調で尋ねてくる。
「しかし、油断はするな、ラインヴァルト」
ベルナルドは、掠れた声で答える。
まもなく2人の視界には、魔物の群れと1人で交戦している職員の姿見えてきた。その横には床に倒れ込んでいる職員の姿が見える。
「「戦狼」より本部へ、現場に到着した。現場には、未だに40体以上の魔物の大群が健在。交戦許可を要求する。繰り返す、現場には、未だに40体以上の魔物の大群が健在。交戦許可を要求する。どうぞ。」
ベルナルドは掠れた声で、ヘルメットに内臓されているマイクで本部に交戦許可を打診した。
先ほども説明したが、警備隊冒険者取締局の規律には「迷宮内での魔物との交戦は禁止する」というものがある。正確に言えば、「魔物からの攻撃及び襲撃されない限り、支給されている兵器、魔法呪文、特殊能力の使用しての交戦は禁止する」である。
「(本部より・・・「戦狼」へ・・・要求を承認する)」
ヘッドホンから、雑音混じりの短い返答が返ってくる。
ベルナルドは、ラインヴァルトに何か言おうとしたが、次の瞬間にすぐ近くで、凄まじい轟音が付近に響き、銃口が火を吐く。迷宮の床から埃が舞う。遊底を起こして引き、薬室の空薬莢を抜いた。
魔物の群れも一瞬、動きを止めた。
ラインヴァルトが、悪魔系の大型魔物専用の長距離自動装填方式特殊スナイパーライフルで、狙い済ましていた半獣人系の魔物の顔面が轟音と血煙と共に消失させたのだ。凄まじい威力である。
銃の反動もそれなりにあるはずだが、ラインヴァルトは微妙だにしていない。
「ベルナルド、こっちは任せな。退路は確保しておくよ」
陽気な口調で、ラインヴァルトが答える。
「では任せたぞ、ラインヴァルト。地上に戻ったら「トリヤ」酒場で、酒を飲もう」
ベルナルドが掠れた声で告げながら――――左手を前に伸ばす。
「――――戦友よ、そっちの店は冒険者の溜まり場だ。俺ら冒険者管理局の職員は、本部の大食堂か、酒場
「テフテフ」だ」
ラインヴァルトは、何処か呆れた口調で答えた。
だが、ベルナルドは答えなかった。その変わり、空間に歪みが発生した。ちりちりと焦げるような電流が空間一帯に広がる。空間が陽炎のように揺れて弾け、ぶれるような残像が一つの物質を結像させるまで、一瞬の時間もかかっていない。ラインヴァルトが銃を出現させた時間と同じだ。
そこに現れたのは長さ29.5cm ぐらいの一つの短刀が一つ現れた。ベルナルドは所持している銃器で交戦しないようだ。その短刀で攻撃する気だ。
ベルナルドはそれを掴むと、奇獣系と半獣系の魔物が身構える前に、短刀を掴んで躍った。ベルナルドの手の短刀が光り、それが閃光のように走った。ベルナルドの動きに呼吸するかのように、魔物達の奇声と金切り声が、そして鮮血が気前よく空中と迷宮の床に撒き散らす。
奇獣系と半獣系の魔物の両眼を裂き、喉を切り裂き、肩を裂いて、胸を引き裂いていく。凄まじいほどの剣術の腕が展開する。上級以上の冒険者でもここまで自由自在に短刀を扱えないだろう。
そこまで言い切れるほど、ベルナルドの剣術技術は見る者を心底震え上がらせるものがある。もはや、
神の領域だと言っても良い。
ラインヴァルトは、ベルナルドと交戦している魔物のグループには眼もくれずに、救援要請をしていた職員付近にいる魔物に向けて、速射を浴びせる。見事な速さで操作していく。龍、悪魔系の大型魔物専用のスナイパーライフルのその威力は、近距離では奇獣系と半獣系の魔物にはあまりにも
威力のある代物だった。血煙や骨片が、爆発したように飛び散っていく。
龍、悪魔系の大型魔物専用のスナイパーライフルの操作をなんなくしている彼の射撃技術も、到底他の冒険者が真似することもできないであろう。発砲時の反動が激しく、その衝撃からの立ち直っての手動での次弾の狙いを付けるのにかなりの時間がかかる。それは銃器関係の武器に精通している冒険者や警備隊員でもだ。だが――――ラインヴァルトは、自動銃の様な見事な速さで操作して正確無比の速射を浴びせるのである。この大陸でこの様な操作を出来る者は、ほんの一握りであろう。真似をしようとしても出来ないはずだ。
その様子を救援要請を求めたキンドルは、安堵したようにへたり込み、心の奥から全知全能の神に感謝した。
「ベルナルドっ、戦友の付近にいた魔物を排除したっ!!」
薬室の空薬莢を抜きながら、ラインヴァルトが付近に響くぐらいの大声で告げる
ベルナルドは、奇獣系の魔物の頸を切り裂き終えると、そのへたり込んでいた職員にゆっくりと近づく。
「救援にきた「戦狼」のベルナルドだ。あっちで派手に発砲しているのはラインヴァルトだ。救援を求めた「ハリコン」か?、もう一度、手短に状況を言ってくれるか」
掠れた声で尋ねながら、短刀を持っていない手を差し出す。
「そうだ。「ハリコン」のキンドルだ。貌に奇獣系の魔物が張り付いていて行動不能になっているのが
相棒のピットだ。そっちが来る前に魔術支援要請を出して、一通り一掃してもらった所だ」
キンドルは疲れ切った声で言う。目出し帽を装着しているため表情はわからないが、かなり疲労していることだろう。
「通信で、救護班の待機は?」
床に倒れている職員の様子を一瞥しながら尋ねる。
「連絡済みだ。あとは、この糞ったれな場所から撤退するだけだ。戦友」
ベルナルドはマイクで本部に通信する。
「 こちら「戦狼」、聞こえるか本部」
「( 「戦狼」・・・了解・・・どんな状況だ)」
雑音混じりの声が、ヘッドホンから聞こえてくる。
「現場で「ハリコン」を救援した。繰り返す、「ハリコン」を救援した。これより帰還する)
「(了解・・・地上には救護班を待機させている。「戦狼」及び「ハリコン」は・・帰還されたし・・・)」
「了解、以上」
ベルナルドは、長い尾を持つ奇獣系の魔物に顔面に触手でしがみついて寄生されている職員を肩に担いだ。
「そっちは動けるか、闘えるか?」
ピットに尋ねる。
「動けない事はない。闘えないこともない」
静かに答えながら立ち上がる。
「動けるならいい。現場から離れるぞ・・・ラインヴァルト」
マイクで応答すると、スナイパーライフルで魔物に向けて乱射していたラインヴァルトが発砲を止めて、右手を軽く挙げる。
ベルナルドとキンドルは、行動不能のピットを肩に担いだキンドルを先頭に、ラインヴァルトがいる方向へ急いで走り出す。
ラインヴァルトは、2人が横を通り過ぎるのを確認して、アサルトベストから小型の薬品瓶を取り出す。
瓶の中身は、ジェリー状の液体が入っていた。
そしてまだ戦闘意欲が旺盛な魔物らの群れを一瞥する。その魔物の群れは少しずつ躙り寄ってくる。
「・・・悪いが、俺達はお前等とは交戦できない決まりなんだ。戦闘を楽しみたいなら――――本職の冒険者とやってくれ」
そう告げると、小型の薬品瓶を魔物達の手前付近に投げる。床に当たって砕けた瓶からは、飛び散ったジェリー状の液体がドロッと広がる。
魔物達は一瞬立ち止まったが、襲いかかろうと向かってくる。
ドロッと広がっているジェリー状の液体に向けてスナイパーライフルを向けて、引き金を絞る。銃弾は火花を散らし、その火花が液体に燃え移る。
火は急激に広がった。これでしばらくは追いかけては来ないはずだ。
その様子を一瞥すると、彼もその場から離れていく。
負傷した職員を担いで、ラインヴァルトとベルナルドは迷宮内を走った。
通路から通路へと走り、なるべく探索している冒険者パーティーや魔物と遭遇しないように、危険な罠に引っ掛かからないように慎重に移動する。
冒険者や魔物を発見すれば、素早く物陰に潜んだ。
彼等が向かっているのは、警備隊冒険者管理局専属の地上1階まで直通のエレベーターがある場所まで向かっている。
幾つもの通路から通路へと渡り歩き、できるだけ冒険者が探索する通路付近は避けて通り、ようやくエレベーターがある場所までたどり着いた。
しかし、エレベーターがある場所は、視界がまったく見えないダークゾーンの中なのだ。
何もその様な場所に設置しなくてもいいかもしれないが、これも冒険者との接触を避けるためだ。
今、彼等がいる場所は、ダークゾーンの外だ。
「ここまで来れば安全だ」
ラインヴァルトは陽気に良いながらヘルメットと目出し帽を脱ぐ。
黒色の頭髪と日焼けをしていた肌が現れる。騎馬騎士のような風貌で、二重瞼の眼、右側頬に、耳から顎にかけて細長い傷がある。その精悍な風貌のためか、それとも彼のおのずと発散する動物的なほどの、セックス・アピールの磁力に引き込まれるのか、女性には不自由はしないのだが、死別した妻を想ってか、何かと誘ってくる女性を丁重に断っている。
それに、しっかりとしている1人息子を故郷に残しているためだ。
「「戦狼」から本部へ、回収エレベーター付近に到着した。エレベーターを起動させておいてくれ。以上。」
「(本部より・・・・「戦狼」へ・・・・了解した・・・・そのまま待て・・・・・)」
ヘッドホンから聞こえてきた雑音まじりの声を聞き終えると、同じく、ベルナルドもヘルメットと目出し帽を脱ぐ。
白色の頭髪で、白く透き通る肌が現れる。左の眼が海賊や盗賊が愛用する黒い眼帯で覆われ、鋭く切れ上がる眼の瞳は、わすがに青みかかっている。繊弱な容姿をしており、威圧感や力感とは無縁に見える。彼も女性には不自由はしないのだが、彼は故郷に婚約者がいる。その婚約者は彼の出身地国の女性騎士団長だ――――浮気などできないぐらいの震えがくるような美人な女性である。
「相変わらずこのエレベーターは遅いな・・・」
とラインヴァルトが言いながら、負傷している職員の様子を見る。
「早く女性を口説きに行きたいからか苛ついているのか?」
ベルナルドは、掠れた声で真面目に尋ねてくる。
「・・ベルナルドよ、笑えない冗談は、冗談じゃないんだぞ?」
ラインヴァルトは、何処かうんざりした表情で言う。
「事実ではないか」
「――――国で帰りを待っている婚約者がいるんだから、そんなことは言うな。それと知らない人間が聞いたら誤解される」
「例えば、女性警備員と9割と肉体関係を結んだとかか?」
至って真面目に尋ねるベルナルド。
「それもだっ!!、何もかもだっ、俺には死んだ女房だけが最初で最後の女だっ、それと俺の息子の前では絶対言うなよ、え、おい」
何処が不機嫌に答えるラインヴァルト。
その様子をキンドルは見ながら言う。
「あー、話中すまないが、そろそろ地上に戻りたいんだ。俺の戦友の様態も気になる」
何処か申し訳なさそうに尋ねてくる。
「ああ、すまない、ベルナルドのこいつが馬鹿な冗談を言うからなぁ・・・ベルナルド、後でその事でじっくりと説明するからな」
「――――婚約者に手紙を送りたいんだ。なるべく早く事実だと認めてくれ、ラインヴァルト」
「認める訳ないだろっ!!」
ベルナルドは、ラインヴァルトの抗議をあっさりと無視すると、行動不能のピットを肩に担いだキンドルと共にダークゾーン内へと入っていく。
「――――まさか、あいつ、手紙にこのやり取りとか書くつもりじゃないだろうな」
ラインヴァルトは、何か嫌な予感を覚えて、彼等の後を追うようにダークゾーンの中へと入っていく。
とりあえず、これで終了です。
駄文ですが、感想いだだければ嬉しいです。