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折角だし異世界に行く?

 混濁としていて、荒れ狂う海の中で身体がもみくちゃにされるような、意識も身体も不安定に晒されている。

 そんな感覚から徐々に浮上してきて。


「ごふっ、ごぁはっ、げほげほ……はっ!?」


 目玉やら脳みそやら、ぶちまけた豆腐のように頭が飛び散った感覚にみまわれて、慌てて頭や顔や体のあちこちを手で確認してみたが、特に変わったところはなかった。


「もう、おねえちゃんってば、びっくりするから急にやるのは止めてっていってるでしょー」

「はっはっはー、すまんかったのー」

「目玉がなかなか見つからなかったんだからねー。探すの大変だったんだよ」

「でも手伝ってくれるあーちゃん、好きだよー。ちゅっちゅー」

「あははっ、くすぐったいよー、もうおねえちゃんってばー」


 なんだか知らないうちに目の前で姉妹の百合フィールドが展開されているのは、微笑ましくていいのだけれど、妹さんの台詞に変なワード混じっていませんでしたでしょうか。


「えっと、先輩あの、今……」

「おお、どうやら夢から醒めたようじゃの」

「え? 僕、寝てました? そっかー、夢か、夢ですよねー、あっはっは」

「そういうわけで、商業作家としてライトノベルを出版したのじゃが」

「あ、普通に話を続ける感じなんすね。うん、続けてください」

「デビュー作は三冊目で終わってしまってな。次回作のプロットを練っては編集さんにメールしとるんじゃが、なかなかOKが貰えなくてのぉ」

「産みの苦しみってやつですか? プロっぽくて先輩カッコいいです」

「そうか? そうじゃろ? うっひっひ」


 先輩は煽てられて、まんざらでもない様子。

 意外とちょろいのかも。

 危険な言動とか行動がなければ、妹さんに似て可愛いんだよなぁ。


「むぅ。だからー、おねえちゃんは編集さんから褒めて貰うために、誰かが異世界に行った話を参考にしたいんだよねー?」


 どうやら勘違いではなさそうだ。

 愛魅さんはヤキモチを焼いているのだ。

 姉と僕が楽しそうな感じになる度に、割って入ってきてるんだ。

 ヤキモチの相手は、僕でなくて姉の方だけど。

 姉の気を惹こうとしてるようだし、全然僕の事なんて見てないし。

 名前すら憶えてない相手に、嫉妬も何もないですよね。トホホ。


「あーちゃんの言うとおりじゃ。ワシの転生能力を使ってモブ吉を異世界へ送り、その様子をモニタリングして、ラノベを書いちゃおうぜ作戦ということなのじゃああああ! ドヤぁ」

「ドヤぁ」


 あざとい。あざといけど、姉妹揃ってのドヤるの反則です。

 もう可愛いしか言えなくなっちゃうじゃん!


「なるほどです。でも、一つ聞いてもいいですか? 何で僕なんですか?」

「お主もライトノベルを読んでるならわかるじゃろ。主人公に必要な条件とはなんじゃ?」

「えーっと、作品にもよるとは思いますが、読者が感情移入しやすい、ということでしょうか?」

「流石、その通りじゃ! つまり、なんの特徴もないお主が適任なんじゃよぉおお!」

「な、なんだってーー!?」


 わかってた。わかってましたさ。

 だけど、嘘でもいいから、異世界でチートな才能があるとかなんとか言って欲しかったよぉ。今更そんなこと言われたくらいじゃ、傷つかないもん。ぐずっ。


「あのぉ、先輩。そんな僕が異世界に行って、小説のネタになるような活躍ができるんですか?」

「安心するがよい。ワシの神的なアレなパワーでチート能力を授けられるでの。まあ、その能力を考えるのも作品にとっては重要なファクターじゃから、ワシにはないお主のアイデアを、実は期待しとるんじゃよ」

「マジっすか!? え、なんか楽しそう、興味湧いてきました!」

「ふむふむ、それはよい傾向じゃ。よしでは、興味を持ってくれたところで、他にも色々話してやるかのぉ」


 魅夢先輩は、てんせい部を作るところから話してくれた。

 この教室が異世界転生に適した場所であり、部室として確保したかったのと、部活を作るのがラノベっぽいからやってみたかったらしい。

 作ったばかりで他に部員はいない。

 愛魅さんが部員二号で、僕が三号になる。現在三名の部活だ。

 僕が頭数に入れられていることは、先輩が怖いので触れないでおこう。

 たまたま旧棟に来た生徒を強引に異世界送りにした事もあったが、彼らの振る舞いが先輩の作品イメージとは合わなかったらしい。なので、イメージにあった人間を、部員として確保しようと思ったことも、部活を作った理由である。そして選ばれたのが僕だった。


「しかし、部活って一人でも作れるんですね。何人か集めないといけないのかと思ってました」

「まあ、その辺はあれじゃ。ワシの神的なアレなパワーで、教師どもを操ってハンコを押させたんじゃよ。校長を操作して裏から学校を支配することも可能じゃ」

「へ、へえ。何でもありっすね。先輩パネェっす」


 それってマジでやべー能力じゃ。

 この先輩は絶対に怒らせない方がいい。

 というか、僕は操られていないよね? 操らないでくださいよ?


「ちなみに、異世界は簡単に行けるんですか?」

「簡単じゃよ。ちょいと殺して、出てきた魂を教室の世界の狭間の入り口へ導いてやるだけじゃ。はっはっは、簡単、簡単」


 ん? なんて? 魂? 導く?

 その前に、変なこと言ってたよね。

 コ・ロ・シ・テって。


「あのあの、先輩。思ったんですけど、やっぱり僕程度じゃ異世界で活躍するなんて無理だと思うんですよ。現代知識を活かして成り上がるパターンも多いですし、もっと頭の良い人の方が相応しくありませんか? 今日はとても有意義なお話を、ありがとうございました。僕はこれで失礼します」

「待つのじゃ」


 引き止められても振り向かず、脱兎の如く逃げる勇気こそ、このスクールサバンナで生き残る秘訣なのだ。ウサギやネズミが、今の時代まで生き抜けたのは強いからではなく、弱くて臆病だったからだ。

 そのなのだ。だから帰るんだ。絶対に。


「のぉ、あーちゃん。ワシがそこのモブくんとキスしろと言ったら、出来るかの?」

「ん、どうしたのお姉ちゃん、変なこと聞いて」


 僕は起立して、回れ右して、左太股を持ち上げたところで、金縛りにあっていた。

 金髪ツインテールの小悪魔様は、実の妹さんに何を聞いているんだよぉおおおんっ。


「いいから、答えるのじゃ」

「んー、やだ」


 そ、そりゃあそうですよね。

 名前すら憶えてない相手ですもんね。無理ですよね。

 僕がどうこうっていう話じゃなくて、よく知らない相手なら誰でも同じ答えですよね。

 だから傷つかないもーん。うわーん。


「後でご褒美に、ワシもキスしてやるぞ?」

「えーっとぉ、じゃあいいよっ」


 ズコーッ、いいんかい!

 え、何どういうこと?


「じゃあ、結婚はどうじゃ?」

「うーん。そんなのやだよー」

「結婚しても、ワシが一緒に暮らしてやるがの」

「そっかぁ、じゃあねぇ、だったらいいよ」


 ぶっ、ふぅうううううう。

 小さくてキュートなブロンド美少女のお義姉様は、何を企んでいらっしゃるのかしら。もしかして、僕たちのキューピット役になっていただけるの!?

 いやいやいやいやいや、ちょっと落ち着こう、自分。

 この人は、そういう事をしてくれるだろうか?

 会って間もないけど、これまでの行動や言動を思いだすんだ! えっと、この先輩は、これまでどんな事を言ってたっけ? 頭がぐるんぐるんして、考えがまとまにゃらなぁああぃいい!!


「嫌いになれって言ったらどうじゃ?」

「うん、わかった嫌いになる!」


 そこは即答かい!


「なんでやねん!」


 思わず、ツッコミを声に出してしまった。


「ほんと、なんなんですか!?」

「聞いてのとおりじゃ。この娘はワシの言うことなら何でも聞く」

「だ、だから?」

「今帰ってしまっても良いのかのぉ? お主が居なくなった後で、あーちゃんに何を吹き込もうかのぉ。お主とあーちゃんが、どうにかなる可能性なんて微塵も無いがの、明日からは口も利いて貰えなくなってるかもしれんのぉ」

「ぐぬぬっ、なんて恐ろしいことを考えるんだ、この人はぁああ!!」

「入部、するじゃろ?」


 もはや、二手三手で終わる詰め将棋の様相を呈していた。

 旧棟の鬼神様は妹を抱き寄せて、勝ち誇った表情で愛で回している。

 されている方も子犬のように喜んでいて、他人が割って入れるような隙はない。

 ウサギは所詮、肉となり皮となるだけの存在なのか。


「わかりました、わかりましたよ。入部すれば良いんでしょおお」

「うむ、それでよい。まぁ、お主の入部届けはとっくに提出済みじゃがの」

「へ?」

「ワシの力があればちょちょいのちょいじゃ。それに言ったじゃろ、お主は部員三号だと」

「なんじゃそりゃあああああっ!!」

「ということで、これからよろしくなのじゃ」

「よろしくね」


 はぅわわわわ。

 愛魅さんに笑顔でよろしくって言われたら、よろしくするしかないじゃないですかぁああ。愛魅さんも部員なら、これから毎日部活で会えるってことだし、意外と悪くないんじゃない?


「言うて、死ぬ体験ならさっきもしとるし、今更怖がることもないじゃろ」

「え、それってやっぱり、さっき僕は」

「死んでたのお。傷も治して元通りじゃし、なんともないじゃろ」


 僕は慌てて体中を確認した。さっきよりも入念に、頭や顔、胴体や手足まで。頑張って身体をひねって背中も確認しようとしたが、少しお尻が見えたが無理だった。


「さて、三号くん。折角だし、もういっぺん死んでみよっか?」

「いやいやいやいや、待ってくださいよ。心の準備が出来てないです。それに、ちょっと行って、すぐに帰ってこれるものなんですか? 流石に暗くなる前に家へ帰らないと心配されるっていうか……」

「心配ご無用じゃ。こっちの世界と異世界は時間の進み方が違っての。説明は難しいんじゃが、仮にこっちの世界の時間が横方向に進んでいるとしたら、異世界では縦方向に進んでおっての。まあ、正確に垂直ではないから、いくらかは横にも進むんじゃけど。縦方向に進むベクトルに比べたら、横方向のベクトルは些細なもんじゃし、問題ないんじゃ」

「わかったような、わからないような」

「つまり、暗くなる前に戻ってこれるから安心せい。そういう世界を選んでやるからの」

「な、なるほど。ちなみに、逆のパターンは無いんですか?」

「もちろんあるぞい。向こうでの一日が、こっちの百年に相当する世界もあるぞ。間違えてそういう世界に行ったら、帰ってくる頃にはこちらの文明が滅びてるかもしれんのぉ」

「ぎゃああああっ! それ絶対ヤバい奴ぅうう! やっぱり帰らせてくださいぃいい」


 今度こそ、全力で逃げてやるぅうう。


「逃がすな愛魅!」

「わかったよ、お姉ちゃん」


 愚直に姉の言うことを利く妹さんが、僕の腕を掴んだ。

 彼女の温もりに、恐怖から幸福に塗り替えられた一瞬が、この世で感じた最後の感覚だった。

 デジャヴの様に、あの黒い物体の残像が見えたのは言うまでもない。


「お主が死ぬか、ワシが満足したら元の世界に戻してやるからな。しっかり活躍してくるんじゃぞ」


 最後にそう聞えて、僕の意識は混沌の渦に飲み込まれていった。

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