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金髪ツインテールに金棒

「あぐぅっ!」


 落下の衝撃で、浮ついていた意識が急激に引き戻された。

 天国から地獄へ落とされた気分だ。

 痛みはあまり感じない。それよりも恐怖が体を支配していた。

 とっさに閉じた瞼を強引にこじ開けると、最初に目に入った物はトゲのついた黒いバットの様な物で、その先端が目の前に突き立てられていた。

 これって、金棒じゃ……鬼神の?


「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」


 自分でも信じられないくらい大声で悲鳴を上げていた。

 バネの様に飛び跳ね、上体を起こすことはできたが、足が震えて立てない。

 立つのは諦め。尻餅をついたまま全力で後ずさった。

 頭を抱え、視界を閉ざし、目の前の恐怖から逃避する。


「随分と騒がしいのぉ。静かにせんと脳みそ吹っ飛ばすぞ?」

「ひっ、ひぃいいいい!」


 恐ろしい言葉を軽々しく口にするそれは、やはり旧棟の鬼神であろうか!?

 いや、待てよ。

 それにしては可愛らしい声じゃなかったか?

 あの娘の声にも似ていたような。

 別に、声が可愛かったから気になったとかじゃなくて、鬼神の正体を突き止めてやろうと思っただけであり、それ以外に他意はないのだけれど、本当はとっても怖かったのだけど、勇気を出して目の前のそれを確認することにした。

 頭を抱えてた手を下ろし、顔を上げる。

 すると、そこに居たのは金髪ツインテールの少女だった。

 かなり小柄な体躯で、制服がなければ小学生と勘違いしただろう。

 どこかあの娘と似た雰囲気があって、外見の良さだけなら負けてないかもしれない。

 あの厳つい物を手にしていなければ。


「愛魅も中へ入りなさい」

「はーい」


 開け放たれた時とは逆で、静かに丁寧に教室の戸は閉められた。

 僕を鬼神の棲家へ導いてきたゆるふわロングの少女は、僕の横を無関心に通り過ぎ、飼い主に駆け寄る子犬よろしく金棒の主の傍らへ行ったのであった。


「お姉ちゃん、この人で良かったの?」

「ああ、間違ってないぞ。偉かったのぉ、良い子良い子じゃ」

「えへへっ、嬉しい。ありがとう」


 さながら飼い主に褒められて、尻尾を振り回す無邪気な犬のよう。

 だが、身長差はあべこべで、飼い犬の方が背が高かった。

 この状況に慣れているからか、自然と体を屈め、撫でやすい高さに頭を持ってきている。

 なにこれ、本当に嬉しそう。かわい過ぎじゃね!?

 って! 二人の様子を微笑ましく見てる場合じゃなぁああい。

 これはどういう状況なんだよぉおおん。


「マヌケ面が板についとるのぉ、新入生くん」


 二尾の金髪を垂れ下げた鬼神は、重力感たっぷりの金棒を軽々と振り回し、風切り音を唸らせ、その先端が僕の顔面に触れる寸前でぴたりと静止させた。


「おめでとう、多田野守武太! お主は神に選ばれし人間じゃ。歓迎しよう。ようこそ、我が『てんせい部』へ!」


 耳を澄まして聞こえてきたのは、運動部の掛け声だ。

 誰かが先に言った掛け声に倣い、残りの部員が同じ掛け声を発する。

 バスケ部のシューズがキュッキュッと床に擦れる音や、バレー部がボールを叩きつける音など、運動部が活動を始めたことで、様々な音がこの旧棟の教室へ届いていた。

 本来であれば、その運動部の部活に僕も参加していたハズだ。

 だが、どうしてこうなった。

 美少女を傍らにはべらせた鬼神は、自分一人だけ椅子に座って踏ん反り返っている。

 腕を組み、脚を組み、上から睨みつけるその眼光は、眼前で正座させている僕を突き刺すように捉えていた。


「あのぉ、状況がわからないんで説明して戴けませんか。でも、やっぱり説明はいらないので帰らせて戴きますね」

「待つのじゃ、部員三号よ。まだ焦るような時間ではないぞ」

「部員三号って僕ですか? 入部届けはどこにも出してないですし、運動部に入るつもりなので、勝手に部員に加えないで欲しいです」

「我が妹が可愛すぎるとは言え、こんなところまでほいほいとついてきた、下心溢れる少年よ。話を聞く気がないのであれば、ワシの言いつけを守っただけの妹に、お主がどんな気持ちでここまで来たのかを説明しようと思うのじゃが」

「この部員三号めに、説明をお願いします!」

「くっくっく。期待通りの面白い奴じゃ。説明してやるから、神妙に聞くがよい!」

「わー、パチパチぃ」


 自分を称える愛らしい妹の拍手を、満足げに受けて、ご高説は始まった。

 噂の鬼神こと、金髪ツインテールの御方は、かなえ 魅夢みう先輩。一つ上の学年だ。

 話よりも、姉のツインテールを弄り回すことに忙しい無邪気な天使は、愛魅あいみさん。二人は実の姉妹とのこと。

 姉妹で苗字が同じなので、下の名前で呼んでくれて構わないと言われたのだけれど、いきなりの下の名前呼びはドキドキしちゃう。僕に出来るだろうか。

 それから魅夢先輩は、その他の話もしてくれた。


「つまり先輩は、異世界転生の経験者で」

「転生じゃなく、転移じゃ。この程度の違いも理解できんのか、このモブ太郎は」

「……えっと、それで、転移先で無双した先輩は神の如き力を手に入れ、異世界を救い、自力でこちらの世界へ戻ってきたと、そういうことですか」

「うむ。大体合っておる」

「先輩のその脳内設定と、僕が部員になることと、どういう関係が?」

「のぉ、お主。異世界転生に興味はないか?」


 異世界転生と言えば、今や王道の展開。

 転生ボーナスでチート能力を貰って無双する。

 アニメや漫画などを嗜む僕が憧れない訳がない。


「まあ、ありますよ」

「実はワシには、異世界転生を自由にできる能力があるのじゃよぉおお!」

「っていう、設定ですね」

「信じられぬのも無理はない。しかし、これは事実なのじゃ。異世界で手に入れた神的なアレなパワーで、人の魂を異世界へ送ることができるのじゃ」

「なるほど、それはすごい能力ですね。それでは僕はこれで……」


 僕の中で、警鐘が激しく鳴り響く。

 ふとよぎる、噂で聞いた撲殺というワード。それから異世界転生。

 その二つを結びつけてみる。それって、死んであの世に行くってことじゃないんですかああああああ!?

 天国も異世界みたいなもんですよねぇええええ。

 小動物の如き僕の危険察知本能が、今すぐこの場を離れよ、と訴えた。

 だが、鬼神はそれを許さない。


「お主、うちのあーちゃんのこと、好きじゃろ」

「え? お姉ちゃん、私がどうかした?」

「そこの少年がな、お主にエル、オー、ヴイ、イー」

「うわあああああああああああ! 聞きます! 聞きます! 続きを聞かせていただきますから、それ以上はやめてええええええええええ!!」


 熱湯かけた形状記憶合金よろしく、さっきまでの正座の状態に戻って、神からの御言葉を賜る準備を整えた。既に獲物は、捕食者の手の内にあったのだ。


「全く、無駄な手間を取らせおって。あんまり面倒をかけるとワシの愛棒テレちゃんで、肉片にか・え・ちゃ・う・ぞ! にぱっ」


 金棒を軽々と振り回しながら、物騒な物言いをしてるくせに、ちくしょう! 可愛いって思っちゃった。ちっこいし、金髪だし、顔立ちは妹さんにちょっと似てるし、あざといって分かってても、可愛い感じで言われると、コロッと騙されちまう。

 妹の愛魅さんに似ているのが、一番ズルい。

 髪型が同じだったら、小学生版愛魅さんにきっとなる。


「さっきからワシを見つめておるが、ワシのあまりの可愛さにノックアウトしてしまったかな、少年よ。ほっほっほ」

「ち、違いますよ。それより説明の続き、お願いしましゅ」

「くっくっく、どうした? 動揺しておるのか? 意外と愛い奴よのぉ」


 くぅうう。完全に手玉に取られている。

 でも、仕方ないじゃないかぁ。

 僕みたいなモテない中学生が、二人の美少女を前にして、普段通りにできる訳ないじゃんかよぉおお。


「はいはーい、おねーちゃーん。私が代わりに説明しまーす」


 姉の髪を後ろから弄んでいた妹は、自分の手の代わりに姉のツインテールを、片方持ち上げてアピールする。

 今まで話に興味なさそうにしてたのに、急にどうしたんだろうか?

 もしかして、僕とお姉さんが楽しそうに見えたから、嫉妬した……なんてね。


「それでは、愛魅くん。任せたぞ」

「はーい。お姉ちゃんは小説を書きたいから、この……誰だっけ? えっと、この人に、異世界に行ってきて貰いたいんだよねー」


 え、僕ってそんな感じですか?

 せめて苗字の頭文字くらい覚えてて欲しかった。

 僕の名前は、多田野ただの 守武太もぶたです。

 お忘れなく。ぐすん。


「その通りじゃ。良い子じゃのー、よしよし」

「えへへーっ、やったー」


 妹の頭を撫でてやる先輩の顔はとても優しく、鬼神という言葉は似つかわしくなかった。その光景は微笑ましく、美人姉妹の戯れは尊くもあった。


「先輩って小説を書くのが趣味なんですね」

「は? 何を言っているんじゃ、このモブ助は」

「おねーちゃんはね、プロの作家さんなんだよ。えっへん」

「え、プロ? マジっすか!?」

「無論じゃ。異世界転移の体験を書き起こして応募したらな、小説大賞に入賞してそのままデビューじゃ。所謂、ライトノベルじゃがの」

「うわっ、マジですごいじゃないですか。ライトノベルなら僕も読むんですけど。えっと、ペンネームを聞いてもいいですか?」

「……じゃ」

「え?」

姫野ひめの 可憐かれんじゃ」

「ぷっ」


 姫野可憐。英語でいったらプリティープリンセス。

 見た目だけなら合ってるかもしれないけど、中身を考えたらイメージに合わない。

 僕の体を軽々と宙に浮かせるパワー。手には金棒を握りしめ。言葉遣いにまるで少女らしさを感じられない。この先輩が姫で可憐とか、僕は愚かにも、くつくつと湧き上がるものを抑えられなかった。


「くふふっ、先輩が、姫で可憐でプリティープリンセスとか、なんの冗談ですかぁああ。ふふふっ、はははーー」


 そこで僕の意識は、一旦途絶えた。

 意識が闇に沈む前、黒い物体の残像を見た。

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