反省会(第一話 完)
意識を失っていた。
徐々に意識がはっきりしてきて、二度目の体験となる白塗りの空間に戻ってきたのだと理解した。
背中やお腹の激痛は、きれいさっぱり無くなっていた。
ほっとしたせいか、何もない空間で、じんわりと身体の底から広がる温もりを感じるようだった。
高慢ちきなブロンド髪のエンジェルがそこ居て、呆れ顔になっているがそれすらも今は僕を安堵させてくれる。
「先輩ひどいじゃないっすかー。あんなの無理ゲーですよぉ」
「はぁ? 何いっとるんじゃ。強力なチートくれてやったのに、雑魚中の雑魚なんぞにやられよって」
見た目だけであれば天使そのものである金髪少女は、心底呆れたようにため息を吐いて、やれやれと首を振った。
「だって『刀を持ったら最強』なんて、刀が無ければ意味ないじゃないですかぁ。武器屋に刀無かったし、知ってる人も居なかったし」
「はぁ……まさかモブという種族がこれほど無能だとは思いもせんかった。刀が無ければ自分で作れば良かったじゃろ」
「え、いや、自分で作るなんて無理ですよ。そんな技術も道具も無いんですから」
「武器屋にナイフあったじゃろ?」
「ありましたよ?」
「それを使って作れば良かろう」
「いやいやいや、ナイフで刀なんか作れませんよ」
「木刀じゃ」
「え……あ!」
「下手くそでもよい。その辺で棒きれを拾って、木刀と言い張れる程度にナイフで削って形を作れば、それだけで最強になれたんじゃ」
「ま?」
「耐久力が無いから時々作り直す必要はあるがの。旅を進めれば刀造っている国にも辿りつけたし、ダンジョンのお宝で手に入れる手段もあったんじゃが……モブ男がまさかここまでとは、神ですら想定外なのじゃ」
確かに自分で造ろうだなんて思いつきもしなかった。
それに刀と言えば金属製という先入観もあった。
「ちなみに、酒場に怪しいローブの男がおったじゃろ」
「男かわかりませんでしたけど、居ました」
「実はアイツは異国の人間での、周りの連中と顔立ちや髪の色が違うので、ローブで顔を隠しておったんじゃが」
「その人がどうかしたんですか」
「そいつの国には刀があってな、ローブの中に短刀を隠し持ってたんじゃよ」
「ふぁへぇええ!? マジっすか!?」
「マジじゃマジマジ。お主がそやつに話し掛けておれば、ちょっとしたお使いクエストで短刀を手に入れられたというのに、コミュ障のオタクモブにはハードル高かったかのぉ。ぷっくす」
「そんなぁ。でも仕方ないですよ、酒場に入るなんて初めてだったし、ガラの悪い三馬鹿トリオには馬鹿にされるしで、すごく居づらかったんですからぁ」
「ワシなら馬鹿どもを黙らせて、しっかり情報収拾したがのぉ。まあしかし、簡単なルートがあるにも関わらず、遠回りして苦労してくれた方が、小説のネタになって助かるわい。今後もその調子で頼むぞ。わらわら」
僕にもう少し応用力かコミュ力があれば、あんな結果にならなかったんだ。きっと先輩なら同じ状況でも難なく魔王を退治できたことだろう。
先輩が異世界転移で神の力を手に入れたという話も、先輩だったからこそ成し得たことなんだろうな。それが僕だったなら、きっとさっきみたいな惨めな結末になったと思う。
神的なアレなパワー抜きに、先輩には恐れ入った。
「それにしても異世界の人達、僕への態度酷すぎですよ。王様から貰ったお金も他の人より少なかったし、これも先輩が設定したんですか?」
「何か不都合があれば、すぐ誰かのせいにしたがる……自分に責任があると考えないとは、近頃の若者は嘆かわしいのぉ」
「なんか、すんませんでした。でも、先輩も近頃の若者ですよね?」
「ん? 何か言ったかの」
「いえ、なにも」
先輩は満面の笑みを顔面に張り付けていた。
その薄皮の中には、恐ろしい魔物が潜んでいるに違いない。
「恐らく、異世界の連中は本能で察したんじゃろな」
「何をですか?」
「お主が使えん雑魚だと。ちょっとした油断が命取りの世界じゃ。足手まといのお守りをしていたら、自分の身も危ないからの。魔物との戦いの歴史から、無能を排除しようとする風潮みたいなもんが出来たんじゃろ。お主に声をかけてくれた戦士は、あの世界ではかなりのお人好しの部類に入るじゃろうな」
そうか、女性とべたべたしてて苦手だったけど。
あの戦士さん本当に良い人だったんだ。
戦士さんありがとう。そして、期待に応えられなくてごめん。
ははっ、胸から熱くこみ上げてくるものを感じる。
目から熱い感動汁が溢れてくるけど、これは戦士さんに感動しているのであって、先輩の容赦のない言葉に傷ついてるわけじゃないんだよぉおおん。
否定できないからこそ、胸に深く刺さってくる。ちっくしょおお。
「はっはっは、すまんかった。これでお主の程度も知れたからの、次はお主でも楽しめるようにしてやるから、明日も必ず部活にくるんじゃぞ」
え? 明日もまた、今日みたいな体験を?
異世界人の態度や、魔物に刃物で刺された記憶がフラッシュバックする。
「もしも来なかったら、愛魅の態度がさっきの連中みたいになるからな」
「はい、絶対来ます!」
彼らの言葉はかなりキツかったけど、旅先で出会う一期一会のような関係だったからまだ良かった。
それがもしも、こっちの世界の人達にあんな態度を取られるとしたら。
特に愛魅さんにあんなを態度をとられたら、絶対に立ち直れないと思う。
「そろそろ元の世界に戻してやるかのぉ。ワシと愛魅はとっくに帰ったでな、部室にはお主しからおらんから、適当に帰ってくれ」
「え、それなんか寂しい」
「さあ、指先を見るのじゃ。はい、ドーーーーーーーン!」
先輩の指先がフラッシュし、その光が治まると僕は旧棟の教室にポツンと立っていた。教室の窓から西日が入り込み、物悲しくて黄昏てしまいそうだった。
「……着替えて帰ろう」
体操服を着ていた自分の姿で、バスケの仮入部に参加するつもりだったことを思いだした。教室を出るときに開いたドアの音が、校舎全体に届きそうな静けさが、やけに胸に突き刺さるのであった。まる。
はあ……せめて、帰る前にもう一度、愛美さんのご尊顔を拝みたかったなぁ。
【本日の姫野可憐先生の成果】
守武太の四苦八苦する様子を楽しんだ。
小説の進捗……ゼロ。




