レッサーゴブリン
戦士の人の口振りからすれば、レッサーゴブリンより弱い魔物はほとんど居なさそう。それにすら勝てなければ、先はないだろう。
緊張してきた。心臓の音が聞こえるくらいドキドキしている。
もうちょっと素振りをしておこう。
上段と中段と、右に左と、太刀筋を変えて何度か素振りをした。
これだけでも意外と疲れる。練習はここまでだ。
戦士には3匹倒してこいと言われたが、まずは1匹。
2匹以上いたら逃げよう。覚悟を決めるか。
平原を左から右へと見渡す。
さっと見ただけだが、何も見つけられなかった。
平原とは言っても緩やかに畝っていて、真っ平らではなかった。
子供が隠れられそうな岩も、所々転がっている。草は芝生くらいの長さで、隠れられるのは小さい生き物だけだろう。
レッサーゴブリンは、どういう場所に潜んでいるんだろうか。
どこかの岩陰か、それとも畝の向こうの見えていない場所か。
しばらく眺めていたが、平原を動き回る生き物は見当たらない。
町からあまり離れたくないので、近場の岩から調べることにした。
なるべく近くで、他の岩が周りにない方がいい。
2匹目が隠れてる可能性を排除したい。
めぼしい岩を見つけ、そこへ向かった。
10メートル手前くらいから剣を構え、慎重に近寄る。
そろりそろりと注意深く岩の裏側を覗いてみた。
うん、何もいない。少しビビり過ぎだろうか。
簡単には見つからないな。
ほっとして、気を弛めた直後。
背中に強烈な痛みが走った。
何が起きたのか全くわからない。
慌てて後ろを振り向く。
「キーッシッシ」
そこに居たのだ。
周囲に岩以外何も無く、何も居なかったはずなのに。
岩は注意深く見ていた。反対側から出てこないか用心していた。
なのに見逃した。
それは二本足で立った狸みたいな大きさで、緑色の肌の人型の造形だった。
色が草原の草の色と似ている。保護色になっていたのか。
二匹目の存在を懸念して周囲を確認した。
すると黒っぽいものが見えた。良く見れば、あれは穴だ。
そうかこいつ、穴を掘って隠れてたんだ!
岩にばかり気を取られて気づかなかった。
その小さな鬼は、したり顔で笑っているようだった。
手にはナイフの様なものを握り締めて、それには赤い液体が付着していた。
僕の、血……か?
アレで刺されたのか?
パニックと焦りで背中に走る痛みについて、思考を後回しにしていたが、血を見たことでそれをリアルに実感させられた。
「ぎゃああああっ! いってぇええええ!」
ヤバい! ヤバい! ヤバい!
すぐにこいつをどうにかして町に戻らないとヤバい。
こうなったら追い払うだけでもいい、とにかく剣を振り回して威嚇しなければ。
剣を上段に構える。
「いっっ、ぐぅっっ」
背中の傷が痛み、一瞬硬直してしまった。
そいつはその隙を見逃さなかった。
野生の動物のように素早い動きで、ナイフを突き立てて僕に体当たりしてきやがった。
「あああああああああああああっ!」
奴はすぐに離れ、距離を取った。
腹がすごく熱い。布の服に赤黒いシミが広がる。
痛くて動くのもキツい。剣を振るうどころじゃない。
小さくて、素早くて、万全な状態でも剣を当てるのは難しそうなのに、これでは倒すどころか、逃げれるような状態でもなくなった。
最悪の結果が脳裏をよぎる。
「せ、先輩、魅夢先ぱーーーーい! 見てますか? 見てますよねぇええ? 助けて助けて。ギブギブギブギブ! ギブアップしますから助けてくださぁああい!」
小説のネタにする為、先輩は見ているはずなんだ。
もうチート能力とかどうでもいいから、元の世界に戻りたい!
絶対死ぬ。これ以上痛いのは嫌だよぉおお。
助けてください、先ぱーーーーい!
「キシャッシャッシャッ、キシャシャアア」
そいつはもう勝利を確信しているようだった。
人間より表情はわかりにくいものの、ニタニタと笑みを浮かべているのは理解できた。
ナイフを右手と左手で投げて持ち替えながら、また近づいてくる。
僕は自力で立っているのもままならない。剣を杖代わりにして、どうにか倒れないように堪えるのがやっとだった。
「お願いします、先輩! 美人で優しくて、偉大なる女神様! どうか哀れな僕をお救いくださぁああい!!」
小さな悪魔は足を止め、ぐっと力を込めたようだった。
やばい……来る!?
「キッッシャーーーー!」
とどめを刺しに、奴がまた飛び込んでくる。
『なんとも情けない奴じゃ。今回はお試しみたいなもんじゃからな。仕方ない、ここいらで許してやるかの』
聞き覚えのある声が、脳内に直接響いた。
それと同時に視界がホワイトアウトし、何もかもが視界から消滅した。




