第3ターン『俺を弟子にしてください』
俺が勝利すると、男は頭を下げて俺にこう言った。
「俺を弟子にしてください」
と。
それに俺はたった一言こう返す。
「ヤダ」
「ちょ、なんでですか!?」
「当たり前だ。さっきまでの自分の態度を忘れたのか。あの態度をされた後に弟子にしろって言われても無理だ」
俺は断固として男の誘いを断った。
隣にいる天崎も同じ思いなのだろう。
「俺は赤月十夜。俺を弟子にしてくれ」
「だから嫌だって」
俺は何度もそう男へ言う。
ふと天崎の方を見ると、何か考えているような表情で男を見ていた。
「なあお前、赤月って言ったな?」
「はい。赤月十夜です」
「赤月、と言えば、このカードゲームで上位ランカーを輩出する名門と聞いていたが」
その発言を聞いた十夜は、突如黙った。
その様子を見て、天崎は何かを察したらしい。
「なるほど。だから君はそうやって道から外れてしまったのか。そして一か八かで私に勝負を挑んだ。なるほどなるほど」
天崎は十夜を見て同情していた。
「つまり君は赤月家の落ちこぼれというわけか」
十夜は先ほどまでの勢いをなくし、思い出したくないことを思い出すかのような虚ろげな表情でどこか遠くを見ていた。
「巫」
「はい」
「こいつを弟子にしてやれ」
「……はい!?」
天崎の言ったことに、俺は困惑する。
先ほどまで天崎は否定的な態度だったが、その態度を一変させてこの男を俺の弟子にしろと。
俺はこの男をあまり好ましいとは思っていない。ただ俺が弟子をとりたくない理由はそれだけじゃない。ただ単に俺はこのカードゲームが下手だからだ。
だから弟子はとりたくない。
「巫、無理か?」
天崎は真っ直ぐと俺の目を見ている。
断りたかったが、断れるはずもない。俺は仕方なくこの男を弟子にすることにした。
「分かりましたよ。でも弟子になったところで、俺が教えることは何もないからな」
「それでも構いません。ありがとうございます」
天崎は意外と他人思いの性格なのだろうか?
なぜこの男を俺の弟子にしようとしたのか、それがいまいち俺には理解できなかった。
「じゃあ巫、連絡先だけ聞かせてくれ」
「連絡先ですか」
「何かあった時に連絡できるようにだ。べ、別にあれだぞ。そういうことじゃないからな」
クールに見えて、時に乙女らしい表情も見せるんだな。
そうお茶を擦るように思った。
「携帯で良いですか?」
「ああ、もちろんだ」
そこで電話番号を交換した。
「巫、そこの男とも連絡先を交換してあげろ。彼の一族とは関わっていると何かと便利だからな」
「分かりました」
そういえばこの男は赤月、という名字だったよな。赤月、その一族と関わりを持つために、天崎は俺の弟子にさせようと思ったのだろうか。
真意は分からないが、今は男と連絡先を交換した。
「それでは今日のところはお別れだ。また明日の正午ここに来てくれ」
明日は平日、とはいっても今は夏休み中。
「わかった」
「赤月、お前も良いな」
「俺も良いんですか!」
「当たり前だ。お前はこれから私の弟子の弟子なんだから、私のことは女王様と呼べよ」
「分かりました。女王様」
すんなりと受け入れ、まさかの女王様呼びで天崎を呼ぶ。
なんとまあ律儀で真面目な男なのだろう。さっきまでの半グレはどこへやら。
ひとまず事も事なきを終え、何事もなかったことへの安堵を抱く。
今日一日だけで俺の人生は人生ゲームのように大きな変革がもたらされた。そしてこの状況を、俺は楽しんでいる。
「それじゃまた明日な」
「師匠、また明日お会いしましょう」
天崎と赤月は去っていく。
俺はしばらく販売されているカードを眺めながら、これまでの自分の人生を回顧する。
人生なんて良いことなんてひとつもない、そうとばかり思っていた。けれどようやく俺の人生は少しずつ、少しずつだが良い方へ向かおうとしている。
それを密かに感じ、隠しきれない微笑みを浮かべる。
「ああ。ようやく俺の人生にも、光が差してくれたのだな」
俺は明日への期待を込めて、その足をゆっくりと進めた。