第22ターン『彼女の正体』
「姉さんはやっぱ強いな」
「一色も随分強かったぞ」
相変わらず姉さんには敵わない。
メアリー姉さんはやっぱり強い人だ。
今まで一度も、俺はメアリー姉さんには勝ったことはなかった。
今回負けたのも必然と言えるだろう。
「一色、強くなったんだな」
優しい一言に、俺は静かに感動していた。
今までずっと追いつけなかったメアリー姉さんに、ようやく追いつけそうに、あと少しでこの手が届きそうになったのだから。
「久しぶりにカードを買いにでも行こうよ」
「分かりました」
向かった場所は都会中の都会。
電車に乗って八つほど駅を進んだ先にある場所。
都会に来たことはない。
初めて見る都会に、俺は唖然とする。
人の多さ、建ち並ぶ無数の巨大建造物。まるで宇宙人にでも占領されたかのような街。
その街には多種多様な服装を着た有象無象の衆が往来している。
「姉さん、ここが都会?」
「ああ。かなり広いだろ」
「はい。凄すぎて……怖いくらいです」
「そう脅えるな。この街は案外普通の街なのだから。ゆっくりと観光でもしような」
優しい姉さんの声を聞き、俺の不安は薄らいでいた。
「まずはあそこの喫茶店で昼食をとろうね」
喫茶店。
そこはなんと言えば良いのだろうか、とにかく落ち着く。のどかな雰囲気が静寂のごとき静けさを纏いながら流れている。
メニュー表もおしゃれで、どれもシンプルだが美味しそうだ。
「一色は何にするか決まったか?」
まずい。早く決めなければ。
そう急かされるままにメニュー表を見ていくと、ひとつのメニューを見つけた。
「しょ、ショートケーキ」
「オッケー」
店員を引き留め、姉さんはバニラアイスを、俺はショートケーキを頼んだ。
その商品を待つ間、俺は姉さんと話をする。
「姉さん、ひとつ相談があるんだけど良い?」
「いいよ。なんでも話して」
「姉さんも世界ランキングに載っているんでしょ。世界ランキングってさ、やっぱりプレッシャーとかあるの?」
「私の場合は自信があったからね。自分は強いと確信していたから。だから不安とかプレッシャーはなかった。でもね、自信がある分、自分よりも強い人がいるっていうのはさ、私の自信を容易に破壊していくんだよ」
「そうなんですか!」
「だって自分が絶対的な自信を抱いていたことで負けたんだ。さすがにメンタルが傷つくよ。おかげで私は強くなれた。だから順位をここまで伸ばせたんだって思うんだ」
経験者は語る。
ランキングに載っている人はきっと、皆強い人なのだろう。
俺なんかが入るには到底おこがましいんだ。それもいきなり13位なんかに。
姉さんはしばらく俺の顔をじっと見つめてきた。
「一色はさ、自分に自信がないのか」
「俺は13位には相応しくない。そう思ったからです」
「さっき私と戦っただろ。その時に私は君の強さをちゃんと理解している。だから一色はもう少し自分に自信を持て」
「はい」
そう返事をした。
けど俺はそれほどの実力は持ち合わせていない。
「自信を得るためには戦うのが手っ取り早い。一色、これからカードショップに行ってバトルをしに行こう。そしたらその貧弱な心だって直るはずだ」
「勝負を……ですか」
「この都会には数々の上位のカードゲーマーがいる。彼らに勝つことができるのならば、お前は自分にもう少しだけ自信が持てるんじゃないか」
勝てるかどうか、分からない。
「一応、やってはみます」
「では行こうな。一色の独壇場に」
そして向かった先は都会のカードショップ。
そのカードショップはよく行くカードショップよりも遥かに大きく、一万人以上が収容できるほど大きな場所だ。
売られているカードも種類が豊富で、俺の知らないカードが何百枚とあった。
「姉さん、ここが……」
驚きのあまり、喋ろうとしたことすら忘れていた。
「凄いだろ。だからここに、各地から自信のあるカードゲーマーが集うんだよ」
このカードショップでは、既に何人もの人たちが、ショップ内にある椅子に腰かけ、勝負を行っていた。
「俺が、勝てるでしょうか」
「私の言葉を信用できないか」
「いえ。そういうわけでは」
「なら私を信じてくれ。お前は相当な腕前を持っている強いカードゲーマーだ。だから私を信じて戦ってくれ」
「はい。分かりました」
姉さんは言ってくれた。
俺は強いんだって。
まだ明確な自信はないけど、メアリー姉さんの期待に応えたい。
だから俺は、ここで負けるわけにはいかない。
「それではまず誰と戦おうか」
そう呟き、姉さんは会場を見回していた。
「へえ、見つけちゃった。世界ランキング9位の大物ーー神原メアリーみぞれ様」
背後から聞こえた女性の声。
振り向けば、そこには高校生くらいの女性が立っている。紫色の髪の中に白色の髪を混ぜ、紫色の瞳をしている女性。
服装にも紫色を織り混ぜている。
「君は何者かな?」
「私はね、半魔四天王の一人のね、黒島美麗なのね。あなたとバトルしたいのね」
口調とは裏腹に、クールに彼女はそう言った。
「私とか。私を世界ランキング9位と分かった上で戦いを挑んでくるということは、君もランキングに載っているのか?」
「ううん。私は載ってないのね。でも私はあなたとバトルがしたいのね」
「そうか。そうだなー」
姉さんはしばらく考えていた。
考えながら、視線は徐々に俺の方へと向いていった。
俺と目が合うと、ひらめいたような素振りを見せる。
「黒島さん、世界ランキング上位の人と戦いたいんだな」
「うん。上位の人と戦いたいのね」
「なら私よりもとっておきの人物がいる。世界ランキング13位のとある人物。その人となら戦えるが、どうだ?」
「是非戦いたいのね」
ということは……
俺はすぐに姉さんを止めようとしたが、もっと早く気づくべきだった。
「世界ランキング13位、巫一色。彼と戦うと良い」
そう言って俺の肩に手を当てた。
黒島の視線は完全に俺へと向けられる。
「君が13位なのね。それじゃあ早速戦おうなのね。世界ランキング上位の人と戦えるなんて、嬉しいのね」
黒島は嬉しそうに微笑んでいた。
こうなったら戦うしかない。
そう決意し、俺はデッキを取り出した。
「分かった。勝負しよう」
この勝負で自信をつける。
たとえ今の俺が強くなくとも、自信をつけなくちゃいけない。そうでなくちゃ、きっと姉さんは認めてくれないから。
ずっと姉さんに敵わないままだから。
だからーー
「勝つ。きっと勝つ」
「私は半魔四天王という称号を着飾っているのね。負けるわけにはいかないのね」
「俺も世界ランキング13位という座に座らせてもらっている。なら勝たなければ俺はこの座から落ちてしまう。それではこの座に俺を選んでくれた人に申し訳ない」
「それでは開始なのね」
これから始まる。
俺と黒島の戦いが。
始まる直前、姉さんは耳元で呟いた。
ーー気を付けろ。彼女は昔、世界ランキングに載っていた。