第16ターン『ぐうたら兄貴』
いつからか変わってしまった。
私が好きだった兄貴は、いつからーー
私には兄がいる。
兄はとっても優しくて、いつだって私のことを気にかけてくれている。
そんな優しい兄がいる。
ふとした時に思い出すのは、優しかった兄との記憶。
「ねえねえお兄ちゃん。このデッキどう?」
「どれどれ、って、このデッキ一枚も序列上のカードが入っていないじゃん」
「だってガチャ引いても一枚も出ないんだもん」
そんな私を酷に思ったのか、兄は自分のデッキからカードを一枚抜き、それを私に渡した。
そのカードは魔法だった。序列上の魔法。
「良いの!?」
「ああ。お前ならこのカードをきっと使いこなせる。だから強くなって、いつかお兄ちゃんを越えてくれ。
だから暝、強くあれ」
「うん分かった。約束だよ」
そう私は兄に誓った。
"強くあれ"の意味は分からなかったけど、兄が私にくれたデッキは一生の宝物だ。
尊敬していたから、私は兄を慕っていた。
だけど兄はーー
「ただいま」
そう言って家に帰る。
いつものように、二階からは壁や床を叩く大きな音が聞こえてきていた。
少し前まではうるさいと思っていたその音に、私はいつからか慣れていた。
「ああ。何でだよ」
私の部屋を、壁一枚挟んで隣に部屋がある。
その部屋からはいつものようにうるさく、そして叫ぶ兄の声がする。
慣れている。だけど集中できるはずがない。
勉強をしたくても聞こえてくる叫ぶ声と、机を激しく叩く音。しまいには何かの機器を地面に叩きつける音までもが聞こえてくる。
たったひとつ、このカードゲームが兄の全てを変えてしまった。
私は遊びでやっていただけなのに、どうして……
もう嫌だった。
逃げたしたかった。逃げたかった。
それでも過去の楽しかった日々を思い出すと、逃げ足は踏み出せない。踏み出そうとする私の腕に死神が絡みつくように、私を止めるんだ。
きっと優しかった兄は死神に誑かされたのだ。
死神に耳元で囁かれて、自我を失って、死神の傀儡にされているだけなんだ。
そう言い聞かせ、私は今日を生きている。
ある日、私は知ってしまった。
兄がこうなってしまった原因を。
兄が風呂に入っている間、兄の部屋に入ってある日記を見つけた。
そこには書かれている内容を読んで、私は理解した。
兄は世界ランキングに載りたかった。兄はそこまで強い人ではなかったから、だから世界ランキングに載ることなどなくーー敗北した。
それから兄は絶望したのだろう。
実際、学校に行くことなく、部屋に引き籠ってデッキの構築を何回も考えていたのを何度も見た。
たったひとつのカードゲームが、私の兄を破壊した。
いや、原因はこのカードゲームにはない。原因は全て兄にある。だけど私は八つ当たりをしてしまうんだ。
兄は悪くない。悪いのはこのカードゲームなんだって。
ーーねえ誰か、助けて
そんな時に出会った。
「なあお前、世界ランキング13位なんだろ」
廊下を歩いていると、そんな会話を耳にした。
このカードゲームをやっている人がいるなんて。
それもこの学校に。
巫一色。
名前も聞いたこともない。話したこともない。
それでも私は兄を助ける唯一に手がかりを、彼に見出だした気がした。
私はその時決めたんだ。
この人の弟子になる。そして強くなるんだ。
そこで目を覚ました。
随分と悪い夢を、私は見てしまったみたいだ。
「お兄ちゃん……」
右頬がやけに冷たい。
まるで雫が流れているようだ。
「もう八時か。学校に行かないと」
一時間かけ、学校に向かう。
ちょうど校門をくぐったところでチャイムが鳴った。
それから教室へ入ろうとしていると、駐輪場から声がすることに気付き、ふとその方を覗いた。
そこでは校内でも有名な不良たちが脅えている生徒を囲み、カードゲームをしていた。
そのカードゲームは『Summoned Beast and Magic』。
「はい。それじゃあお前の負けな。このカードは貰ってくぞ」
バトルで勝利した不良は、その生徒からデッキを奪った。
私はそれが許せなかった。
「おいお前。一体何をしてんだよ」
私は怒りを込めた口調で不良たちへ言い放った。
「あ?なんだてめえ」
「このカードゲームはそうやって使うんじゃないんだよ。楽しむためにあるんだよ。それをお前たちは、何をしてんだよ」
怒りが隠せなかった。
溢れんばかりの怒りを私は解き放っていた。
「返して欲しけりゃ勝負しろよ。お前もやってるだろ」
「ああ。やってやるさ」
私はデッキを取り出し、勝負を始めた。
(師匠、私はあなたの弟子なのですから、こんな奴らに負けるわけにはいきません。私は、恥じない生き方をするつもりです)
「勝負だ」