第15ターン『でたらめな道』
「くそー。お兄ちゃんと作ったデッキが負けたかぁ」
朝比奈は悔しそうにしていた。
その様子から本気で悔しがっているのが窺えた。
「やっぱ世界ランキング13位はそう簡単には倒せないか」
「俺にその器はないよ」
「何言っているのさ。お前は相当強いよ。いつまでもそう謙遜しないでよ。お前が謙遜すると負けた私がめちゃくちゃ弱いってことになるじゃん」
「いやー、まあ……」
「ひとまず、戦ってくれてありがとう。お前と戦ったおかげで私はまだまだだと気づいた」
どうやら面倒事はこれで終わるらしい。
意外にも呆気なく、簡単に終わっていく。その終わり方には少し儚さを感じていた。
「だから是非とも私をお前の弟子にしてくれ」
ひとまず授業に戻らないと……って、あれ?
今、朝比奈は何と言った?
俺は、何か肝心なことを聞き逃してしまったかのような気がした。
「良いよね」
「ん?」
俺は首を傾げる。
それは聞き逃したからもう一回言ってくれ、その暗示だった。
その暗示を理解してもらえなかったのか、それどころか何故か違う意味に捉えたのか、朝比奈は喜んだ。
「やったー。それじゃあ私にこのカードゲームについてもっと教えてね」
「……え、ええええええええ!?」
「私を弟子にしてくれるんでしょ。だったら責任とってよね」
「弟子!?俺がお前を弟子にするということか」
「そうだよ。私はあなたの弟子になるの」
まさかあの時聞き逃したことって、朝比奈を弟子にするということだったというわけか。
俺はそれを理解し、頭を抱える。
既に弟子は赤月十夜がいるが、何か教えているというわけではない。
それに俺は天崎の弟子だ。今さら誰かを弟子にとるなど、それは俺にとって少し荷が重すぎる。
「弟子はもう無理だ」
「良いじゃん。弟子の一人や二人増えるくらい。それに私は強くなりたいんだ。だからお願い。私を弟子にして」
朝比奈は必死に言ってくる。
必死の説得に俺の心は揺らいでいた。
とはいえ、教えられることは何一つない。
身の程をわきまえろ、今の自分にはその言葉がしっくりとくる。
「朝比奈、俺には既に弟子がいるが、実際何も教えられていない。だから弟子になったところで何かを学べるというわけではないし、それに何度も言うが、俺はそれほど強くないと言っているんだ」
「それでも良い。私を弟子にしてよ」
朝比奈は諦めない。
何が彼女をそこまでさせているか、俺には理解できない。
それでもここまで言われれば、さすがに断ることはできなかった。
「分かった。それじゃあお前を弟子にしてやる。ただし、何も教えられないということだけは胸に刻んでおけよ」
「分かってるって」
全く、正直俺では適任ではないと思うが。
色々と思うことはあるけれど、今はただこの日々を楽しもう。
「それじゃあ師匠、これからカフェに行ってもう一試合しましょう」
「いや、それよりもまずしなきゃいけないことがあるだろ」
「何ですか?」
「今、三時間目の最中だろ」
「そうだった……」
それから三時間目、四時間目を終える。
椅子に座り、机に体を倒していた。すると男子生徒が話しかけてきた。
「なあ巫、どうして三時間目遅刻してきたんだ」
顔をあげれば、知らない男子がそこには立っていた。
恐らくこのクラスになって、初めて話すだろう。
確かこの男子の名前は夕焼渦虎という名前だった気がしている。
俺は勇気を振り絞り、伸びをしながら余裕をかましながら口を開く。
「ま、まあ変な人に絡まれちゃってね」
「なあ。その変な人って、あそこでじっとこっちを見てきているあいつのことか」
夕焼が視線を向けている方へ、俺は恐る恐る顔を向けた。
教室の入口には、扉から顔を半分だけ出し、片目で俺をしっかりと捉えている朝比奈がいた。
「ははっ。なるほど」
「迎えに行ってあげな。巫」
「お、おう」
立ち上がり、俺は朝比奈のもとへと向かった。
「師匠。早くカフェに向かいましょう。昼食の時間は混みますから」
朝比奈は俺の腕を掴み、そのままカフェへと走る。
引っ張られるままに俺はカフェへと向かった。
カフェの端の席に向かい合って座り、俺と朝比奈は食事もとらず話していた。
「師匠、それでは一戦バトルをお願いできますか」
「いや。その前にまずはデッキを見せてくれ」
「分かりました」
朝比奈のデッキを俺は眺めた。
このデッキを見て驚いたのだが、序列上の召喚獣が一体も入っていなかった。
強いて言えば、序列上のカードは一枚の魔法だけ。
「朝比奈、このデッキ……改良した方が良いと思うんだが」
「駄目だよ。これはお兄ちゃんと作ったデッキなんだ。だからデッキを変えるなんてできないよ」
兄の作ったデッキ。
その大切さは俺には分からない。
だが兄弟はいないが、兄弟のように思っていた人ならいる。
その人は今頃、海外で十分活躍しているだろう。
ーーいつか私に敵うほどに強くなっていることを、願っているよ。
少し思い出した。
あの人のことを思い出すだけで、胸が温かくなる。
「師匠、私のデッキは……私とお兄ちゃんとで作ったデッキはそんなに悪いんでしょうか」
「でたらめ、それがお前の戦術だ。だがそれが悪いわけじゃないんじゃないか。実際、俺はお前との戦いでひとつ思ったことがある」
俺はあの戦いの中で思っていた。
「お前の戦い方は確かにでたらめだ。だからこそ動きが推測しづらかった。それを活かせるようになれば、そのデッキでも十分に戦える」
朝比奈はデッキを胸に当てて、喜んでいた。
「カードを活かすのも殺すのも全て俺たち次第だ。だから強くあろうぜ。朝比奈」
「うん。それじゃもう一戦お願いします」
「しかたない。一戦だけだぞ」
それから戦った。
次第にその日は終わりを告げる。
ベッドの上で、巫は思っていた。
「俺の日常は、少しずつ変わりつつある。それはきっと、良い方に」




