第8話 依頼の裏
翌日、ギリギリまで【疾風】を待ったが、三人は戻らなかった。
太陽が頂点を超え、更に残り半分を進んだころ、魔導学院の院長が討伐ギルド内のブレットの執務室を訪れていた。
白く長い眉毛以外はほとんど毛はなく、肉付きの薄い顔から結構な老齢であることがわかる。
熟練の魔法使いが好む黒いローブで体型はわからないがおそらく痩せ細っているであろうことが想像できるその老人は、しかししっかりと二本の足だけで歩いている。
「わざわざ院長自ら来てもらえるとは。狭い部屋ですいませんね」
迎えたブレットの声には嫌味っぽさがありありと出ていた。ただでさえケチな魔導学院のそれもトップがわざわざ来るのはどうせ出費を抑えようとしているのだろうと思ったからだ。
「いやいや、お構いなく。その様子だと使いの者からは詳細を聞いていないようですね」
「詳細?」
院長はそんなブレットの態度にも不機嫌になるどころか理解を示す。
「ええ、貴方は誤解をしている。というよりこちらの説明不足かな」
「聞かせてもらいましょう」
態度を改めたブレットが促し、執務机の前に置かれたテーブルを挟んだソファーに向かい合って腰掛ける。
「まず、今回の変更についてですが、まぁ、ご想像の通り貴族の子たちの我儘です」
それについては、院長の言う通り予想できたことだ。
ブレットは何も言わず頷いて続きを待つ。
「問題は誰がそれを言い出したのか、それがわからない」
院長は身を乗り出して両肘をテーブルに乗せ、顎を組んだ手の上に乗せて続きを話す。
「というと?」
「いえ、我儘なんてのはよくあることですが、それには必ず言い出しっぺがいるものです」
「まぁ……そうですね」
「我々は全員を監視しているわけですから、普通はそれが誰かなどすぐわかるのです」
最初は胡散臭いと思っていたブレットもこの言い回しに院長の立場をなんとなく察した。
「それが今回はわからない、と」
「そうです。いつの間にか貴族クラスの総意になっていた、というのが正しいでしょうか。それにこのことは使いの者に伝えてくるように言っておいたはずなのですが」
つまり、意図的に隠されたということになる。
その辺りを聞いていればミーナも事前調査はブレットの判断を仰いだかもしれない。
「そこまで手回しできるやつに心当たりは?」
「ありません。これまで私の周囲も協力的でしたし、使いの者はそういった者ですし」
嘘を言っているようには聞こえない。
ブレットは腕を組んで考え込む。
「第三者……もしくはこの機を待っていたか……どちらだと?」
「それがわからないからここに来ました。私は両方の可能性もあると思っています」
「両方?」
「この機を狙って入り込んでいた第三者──又は組織、というところでしょうか」
なるほど、と組んでいた腕を解いて今度は顎に手を当てる。
「それなら狙いはやはり……?」
「そうだと思います。ただ全く相手の尻尾が掴めないんですよ。なので、これは予想の一つでしかありません」
内部に入り込んだ者だけなのか、外部にもいるのか、それすらもわからないが、貴族の子たちが狙われている可能性が高い。
「つまりある程度泳がせられるようにしてほしい、と?」
「そうなりますね」
「だが──」
予想される道中の現状を伝えると、今度は院長が腕を組んで唸り出す。
「うー……む……。無茶を言うようですまないが、増員は貴方ともう一人だけで頼めないだろうか。元々の者達もできればそのまま護衛に付いて貰いたい」
つまりなるべく予定通りに見せかけたい、ということだ。
護衛に新人や新米職員が付くのもこの学院の夏季休暇ではいつものことだ。
それをそのままにすることで相手の狙いを看破したいということだろう。
「あんたは自分の生徒達を囮にしようというのか?」
さっきからその生徒達への配慮を感じない。ブレットは気になったので確認を入れる。
「言ってしまえばその通りです。彼らは日頃から危機感が足りなさすぎる。ただ特別なだけではないということを知ってもらいたい。今後の為にもね。とはいえ貴方がたの力を信じていますので、危険はないと思っております」
「なるほど。食えないお方だ」
ブレットも長く人の上に立っているからわかる。守られて甘やかされているだけの者は成長しない。そのくせ異常に増長して周りに混乱を齎す。
今回のことはその貴族クラスの子たちにお灸を据える意味もあるらしい。
そもそも夏季休暇に行く連中の大半が卒業試験に落ちた者たちだ。
「ですが、我々の仕事はあくまでも護衛です。犯人探しのような真似はできませんからね」
そっちはそっちでやってくれ、とブレットは面倒事の種は避けた。
ただし、今回のドラゴンの(おそらく)発生は気になる。たまたま人通りが少なく、偶発的に生まれただけの可能性の方が高いのだが、いろいろ重なっていることが頭の隅で引っかかっていた。
そもそも魔物の発生とは、空気中の魔素が集まって起こる。
この魔素は人の中に入っていく。なので人通りのある街道には魔物は生まれにくいし、人が住む街や村ではほぼ生まれない。
逆に人通りの少ない草原などでは頻繁に発生するし、魔物にも魔素が集まる習性があることがわかっていて、今回のワイバーンのように群れをなしている場合、より魔素が溜まりやすく、かつ同種族の魔物が発生する。
今回はおそらく逃げられた者がいないという状況からワイバーンと予想されたが、群れる魔物はだいたい決まっており、ワイバーンもその一種だ。
そして、人の中に入った魔素は人には特に害はなく、むしろ魔法の素養のある者はそれを操って魔法に変えることができるし、素養のない者は他者から掛けられる魔法によって変換される。
稀に魔素を取り込めない、魔素を持たない者もいる。
そういった者は他者からの探知魔法に引っかからない、行動を阻害する魔法を受けないというメリットもあるが、回復魔法による治療ができない、能力強化を受けられない等のデメリットもある。
「わかっています。それと、報酬の件ですが……これで足りますかな?」
院長がドンっと収納袋から金貨の入った袋を取り出してテーブルに置いた。どう見ても五百枚以上ある。
「多すぎないか?」
「迷惑料も入れてあります。本当は今にも出て行きたいのでしょう?」
単なる依頼であればその通りだ。おそらく足止めをしているであろう【疾風】の救出に向かいたい。
だが、今回は護衛依頼だ。護衛対象を待って、一緒に進まなくてはならない。
どの位置にいるのかもわからないが、明日からまる一日は移動してやっと遭遇するかどうか。
逸る気持ちは隠していたつもりだったが、見透かされていたようだ。
「わかっているなら俺一人でも向かわせて欲しいところだ」
面倒なことになったと、建前でも本音でも愚痴るブレットであった。
お読みいただきありがとうございます。
書くタイミングを逃していた魔物発生、魔素の設定でした。
活性化とは異なります。それについてはまたおいおい。
面白いと思えたらブックマークや下の★で評価して頂けると嬉しいです。




