第6話 魔導学院
ブレットがギルドに戻るとまたなにやら騒がしい。今度はカウンターの中だ。職員達が大慌てで書類を漁っている。
「おい、どうした」
「あっ、ブレットさん! 大変っスよ」
ブレットの声に反応したのはジギンだった。
「それは見ればわかる。何があった?」
「それが……例の魔導学院の貴族クラスの夏季休暇なんですが、今日ブレットさんがギルドを出た後にそこの教員が突然やってきて場所を変更すると……このお金を置いていきました」
ジギンの声でブレットに気付いた黒猫獣人のミーナが金貨の入った袋を見せながら説明を始めた。
魔導学院とは、魔法の素養がある者の為の学校で、貴族クラスと一般クラス、そして公表されていないが奴隷クラスに分けられる。ペレはそこで学んだ経験があるので、教養とそれなりの魔法を使うことができる。
また、学院は全寮制で、卒業までそこで暮らすことになる。
そこまでする理由として、素養のある者にはとある危険が付き纏う。それは誘拐だ。
いざという時の自己防衛力をつけるのと身辺警護の為に学院は存在している。
なぜ素養のある者だけなのかというと、狙われる理由に魔法の習得方法が関係している。
大分すると二つあるうちの一つに「他者に掛ける魔法を受ける」というものがある。その習得の早さには個人差はあるものの、繰り返せばいつかは必ず習得できる。
そして狙う者が掛ける魔法は隷属魔法だ。
それにより奴隷化した者が隷属魔法を覚え、指示を受けて奴隷を増やしていくという負の連鎖が存在する。
なので、特に奴隷クラスは存在を秘匿して守らなければならない。
もちろん表向きに堂々とやっている奴隷商はそんなことはしない。というよりできない。
奴隷商を開くには商人ギルドに所属した上でギルドマスターの承認が必要だ。信頼と実績のある真っ当な商人でなければ承認が下りることはない。
そして、厳しい営業条件を満たす必要があり、違反した場合、即投獄となる。
利益は大きいが、そこに到達するまでが難しい。
つまりはそれをしない闇の商人が存在するということだ。そしてそういった者たちはなかなか尻尾を掴ませず、手練れを雇っていたりするのだ。
だからこそ魔法の素養のある者の学院への入学は必須とされており、卒業には年数ではなく実力試験の突破を義務としている。
その条件だと、一般と奴隷クラスはまだいい。むしろ歓迎される。問題は貴族クラスだ。
増長しやすく、閉じ込められることによるストレスが爆発することが多々起きる。
それを回避、発散させる為に年に二度長期休暇を与えている。
一つは年末年始の帰省。家族との時間だ。
もう一つが今回問題になっている夏季休暇で、クラス単位の集団行動ではあるが、海があり、国同士の親交があるサンドリアへ行くのが通例となっていた。
そして、その護衛を討伐ギルドが受け持つ。サンドリアとは国交も頻繁にあるので道中は比較的安全で、職員や新人の研修によく用いられている。
しかし、今年はその場所を変更するというのだ。
「おいおい、出発は明後日だぞ。それで、どこにだ?」
既にギルドから行く者も決まっている。ペレだ。
ブレットの故郷へ行ってみたいと志願し、ブレットも認めた。
それに職員と新人が一人付いていく予定だった。
「南の……ジュノです」
ジュノは確かに海に面した国でビーチもあるのだが……。
それを聞いたブレットは眉間を摘んで記憶を探る。
「おい、南の入出国記録……一番新しいのはいつだ?」
とうとう自分の記憶では見つからず、職員に書類を確認させる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっス」
手元に書類を見つけたジギンが慌ててページをめくる。
「事前調査は?」
ジギンを待つ間に別の確認をする。
「【疾風】の三人です。先程向かいました。明日には戻れるはずです」
【疾風】とはダン、アッシュ、ゴードンという男性職員三人組で、移動速度に定評がありそう呼ばれている。
ちなみにブレット以外の男性職員はその三人とジギンの四人だけだ。
「あいつらか……うむ」
見事な人選だと感心する。南の国境まで通常は馬車で三日。だが、彼らなら往復で一日もあれば十分だ。
何もなければこちらの出発に合わせて国境から先に行かせて調査させれば、こちらが国境に着くまでに戻って合流できるだろう。
「あった! 見つけた……っス……あれ?」
入出国記録を探していたジギンがそれを見つけて声を上げるが、内容を見て首を傾げる。
「どうした?」
「これ……二年前っス……」
「まずいな」
その意味するところは二年前から国境から人がここに来ていないということだ。つまり……何かしら人の通れない何かがある。
ただ、ドラギーユからジュノへ向かう人はほとんどおらず、特に問題の報告は上がってきていなかった。
これで入出国記録があるのならば人が通れていて問題がないと言えるのだが、それがなく問題の報告も全くない、というのは明らかに異常だとブレットは判断する。
反応を見る限り、ジギンも同じ判断をしているようだ。
「当日は俺が行こう。それと学院の者にもう一度来るように伝えろ。そんな端金じゃ足りないとな。場合によっては中止も考えてもらう」
「えっ、ブレットさんが!?」
反応したのはココットだ。
「二年間人通りがない、もしくは襲われている。にも関わらず報告はない。この状況で考えられることを言ってみろ」
ギルドマスターであるブレットが動くということに理解ができていないココットに問題を出す。
「ええっと……魔物の可能性が高いってことですよね……。逃げられないほど素早くて強い魔物? あっ」
「わかったか?」
「ド、ドラゴン……おそらく飛行タイプの……ワイバーンだと思います」
「半分だな。ジギン、教えてやれ」
職員であるならば生態も理解していかなくてはいけない。ココットはまだまだ勉強中だ。
「俺っスか!? わかりました。いいっスか? おそらくそのワイバーンは群れっス。それで、群れるときは決まってボスになるドラゴンがいるんス」
実はココットが職員になる前、ジギンは特に彼女を気にかけていた。そして、ココットもジギンに憧れて職員になったようだ。
なのでココットの教育担当にジギンを充てた。実際ココットはジギンのアドバイスでどんどんランクを上げていたからだ。
そして今もジギンの説明を真剣に聞いている。
「そのドラゴンがなにかわからない以上、最高戦力のブレットさんが出るのが間違いないってことっス」
ジギンが説明を終えると、チラッとブレットを見る。それに対して正解だと頷いてやる。
ジギンの言う通り、群れのボスには特に共通点がなく、予想が困難だ。それこそ飛行タイプではない地龍がボスということもある。魔物は移動するものもいれば発生から動かないものもいるので、今回も地龍が生まれている可能性は否定できない。
そして、その地龍はランク8。上位中級ランカー数人でやっと戦える相手だ。
上級ランカーには常に予定を割り振って動いてもらっている現状、ブレットが出るのがベストな判断だった。
「あとは……ペレはどうするか……」
「呼びましたか? ブレットさま」
元々行く予定だったペレをどうしようかと口にしたタイミングでペレが戻ってきたようだ。今日は仕事兼その護衛の準備をしに出ていて戻る日だった。
口調はこの二年でだいぶ砕けてきた。しばらく堅苦しい敬語が抜けてくれずモヤモヤしたものだ。
「ああ、ペレ戻ったか。ちょっと問題が起きてな……」
事の顛末を教える。
すると──
「行きます! ブレットさまとの旅! 絶対行きます!」
その返事に手で顔を押さえて天を仰ぐブレット。そう言うとは思っていた。言い出したら聞かない性格だということもわかってきた。それでも連れて行きたくはなかった。
「ブレットさんが行くなら大丈夫だとは思いますが……」
ミーナがペレに味方しブレットの説得に加わる。
「お前なぁ……んー……」
ブレットは今度は腕を組み首を捻って思考を巡らすのだった。
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