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第50話 始祖ハイエルフの望み

「では、前提から話しますね」


 イリガルは先程と変わらないペースで話し始める。


「母は人間や獣人と亜人が離れてから、最初に耳長族だけで生き抜く力を求めました」


「ああ、それは聞いている」


「なるほど。では、その先は?」


「いや……」


「そうですか……。母は将来的に亜人が人間達と和解することを望んでいました」


「和解!?」


「ええ、私はこんな姿ですから耳長族の集落──現在のエルフの里ですね──には連れて行けなかったみたいで、他の亜人の村やまだ亜人を受け入れていた人間の町で暮らしていました。たまに迎えに来ては次の町へと二人で旅をしたのですが、そのときいつも三つの種族が共存していたときのことを楽しそうに話していましたよ」


「素敵な方ですね……」


「それも私の前だけだったみたいですがね」


 唐突にイリガルの雰囲気が変わり、空気が冷たくなる。


「どういうことだ?」


「あなたは友人が突然若返って帰ってきて、しかも老けないとわかったらどうしますか?」


「──っ! そういうことか」


「そう。母の周りは()()()()()()()()()()()()()()()()


「ブレット、気にしてはダメです」


「ああ、わかってる。大丈夫だ」


 ペレはシャーロットとのやりとりを見て、かつての仲間たちが不死となったブレットに対してどういう態度をとっていたのか理解していた。

 だからここに来て初めて見せるイリガルの怒気にも動揺せずに済んだ。



「七人です」


「……?」


「母の精神は壊れてしまっていました。私がそれに気付くまでに母は七人のエルフの子を産んでいました」


「く……」


「それって……」


「その子たちは生まれた経緯はどうあれ私の弟や妹にあたるわけですから、私もどうこうするつもりはありませんでしたし、母もそれまで私に気付かせまいとしていましたので恨んではいなかったのだと思います」


「なぜそう言える?」


「既に何人も産んだ母が嬉々として将来を語っていたのですよ。よくよく考えると、母は元々耳長族がエルフに──長寿になることも望んでいたんだと思います」


「なるほど……」


「ですが、同族の反応に心を削られていたのでしょうね。次第に母から笑顔が消えていきました。あまりに不自然になってようやく問いただしたときには事実と夢を語ることしかできなくなっていました」


「それで、お前はその夢を継いだってことか?」


「そうなりますね」


「それは……呪いだな。本当の意味で継いでいるなら活性化なんて起こしたりはしねぇはずだ」


「そうかもしれませんね。それでも……」


「なんだ」


「それでも人は危機を感じれば協力することができる。それはこの国が証明している」


「だからこの国を──帝国を興したのか」


「そうです。ここでは全ての種族が手を取り合えることを知っている」


 まさに始祖ハイエルフの理想を体現した国と言える。

 だが、世界という中ではごく一部のことだ。


「まさか、住民を移動させたのは……」


「ええ、彼らはもうここへは戻りません。いや、()()()()でしょう?」


「やはりここの備蓄全てを持ち出したんだな。確かにそれなら戻したところで飢えて死んじまうだけだ」


「そういうことです。となれば彼らはそちら側の国に入らざるを得なくなる。ふふ、どう受け入れてくれるのか、期待していますよ」


 イリガルは強制的に互いを知る者たちを共存させるとこでいまだに残る亜人差別を取り払うつもりらしい。

 だが、そのやり方には焦りも感じる。


「随分と投げやりじゃねぇか。そんなに()()()()()()()?」


 見た目にも老いが始まっており、先程からの言動も明らかに死期が近いことを匂わせていた。


「フフフ……私と母は寿命を分け合っていたみたいですね。といっても本当はただあなたを焚き付けてここで殺して貰おうかと思ったんですがね……気が変わりました」


 パチンッ。


「きゃっ!」


 イリガルが指を鳴らすと、ペレの足元の床が抜け、ブレットが反応する間もなくペレが地下に落ちる。


「ペレ!!」


「ご安心を。下にいる配下は彼女にはとても敵いませんから。ただし、倒して戻るのにはそれなりに時間がかかるでしょう」


「てめぇ……! 結局お前も戦いたいだけか」


「おや、なぜそう思うのか聞かせてもらっても?」


「とぼけるな。さっき『黒龍には勝てる気がしなかった』と言ってただろ。あれは戦おうと思わなきゃ出ねぇ感想だ。つまりお前はそういうやつだってことだろ?」


「フフフ……いいですよ、ブレット。一度も使ったことのなかった【破壊の力】、やはり試すならあなた相手が相応しい」


「やっぱりお前の精霊は黒龍か。それに……お前も壊れちまってたんだな」


「当然でしょう。あなたは運が良かった、それだけの違いです」


「俺があいつらと出会ったことは幸運でも、あいつらが良い奴らだったこととは関係ねぇ。それを運が良いで済ませたくはねぇな」


 穏やかだった空気が一度冷え、今度は熱を帯び始めた。



「人が弱くなる原因に、絶対的強者の存在、つまりあなたがある。自分は倒せなくてもあなたが倒してくれる、そんな甘えが人を弱くする……!」


「ふっ、ちゃんと理由も用意してたんだな。だがな、人はそこまで甘えちゃいねぇよ!」


「あなたがいなくなれば人はまた成長するはずです。その為に……最期にあなたを超えてみせましょう!」


(わり)いが死ぬわけにはいかねぇな。お前の言うこともわからんでもないが、ペレと約束したからな!」

お読みいただきありがとうございます。


長々と戦わせるつもりはないので次回で決着します。

そして次々回が最終回になる予定です。

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