第49話 ダークエルフの目的
『ブレット、向こうにも精霊がいるから気を付けてねー』
『やっぱりか。わかった。動きそうなら教えてくれ』
『おっけー』
ダークエルフのイリガルが語り始める直前、シェンが警告してくる。
可能性の一つとして考えてはいたので意外ではなかったが、確定したことで警戒を強めた。
「では、まず前提となる目的は『人の成長』です。これは母の望みでもあります」
「『人の成長』だと? 国を引っ掻き回すことがか?」
予想していたものとは違う、イリガルがやっていることとは真逆の答えにブレットの語気が強まる。
「まぁ、今回大きく動いたのは貴方をここに誘導する為ですが、それを踏まえても少し違いますね。平和が続くのは一見良いように感じますが、見方を変えるとだんだん人は弱くなっていくという側面もあります」
「…………」
イリガルの言葉を否定できなかった。
『甘やかされているだけでは人は成長しない』それがブレットの持論であったからだ。
「ぬるま湯のような環境では、戦うということを忘れがちになり、魔物に対抗する人材が足りなくなります」
イリガルの言うことは事実だった。
なかなか上級ランカーとなり得る人間がおらず中級止まりの者が溢れつつあるのが現状で、ついこの間のワイバーンの群れを単独で討伐できる者は各国に片手で足りる程しかいない。
それは千年前と比べると明らかに減っていた。
「だから活性化で危機感を煽っていると?」
言っていることは理解できるが、しかし受け入れられる話ではなかった。
ぬるま湯と言われれば否定はできない。無謀な挑戦を避けさせていたのは確かだ。
だが、危険を教えることと危険に巻き込むことはまるで違うし、勇気と無謀もまた異なる。
そう尋ねるブレットの視線に怒気が込められる。
「そういうことです。ただし、活性化を起こすには障害がありました。ここからがあなたを動かした目的の話ですね」
イリガルはその視線もあっさりと受け流し、話を続ける。
「古龍か」
思い当たったのは古龍の討伐依頼を受けた時のことだった。
しかし──
「それだけではありません」
「なんだと?」
「あなたはその前にもドラゴンを討伐したはずです」
「まさか……黒龍か?」
それはシェン──古龍と戦う時に使った槍の素材になったドラゴンだ。
「ええ。そもそも、私が生まれた頃は古龍ではなく白龍と呼ばれ、東の白龍、西の黒龍と言われていました」
「いや、俺たちが討伐に向かうことになったときそんな話はなかったぞ? そんな昔から知られているならもっと有名に……それこそ黒龍も古龍と呼ばれていたはずだ」
よくよく思い返してみてみると、その黒龍討伐も不自然だった。
周囲から勧められて──それもイリガルの息のかかった者たちだったのだが──討伐することにしたのだが、強いドラゴンだとはっきりわかっているにも関わらず、その特徴を知る者がいなかった。
古龍の次に強い、などと言われていたが、それもデタラメで、実は同格だったということになる。
「簡単な話ですよ。私以外、黒龍を知っていた者は語り継ぐ前に死んでしまったのです。私が知る限り、黒龍を見て生きて帰ったのはあなた方だけですから」
「それなら、お前はなぜ黒龍を知っている?」
「ご存知の通り、私は母の力を受け継いでいます。こうやって姿を隠せば見つからずに見に行くことができます」
そう言いながら実演してみせるが、なんとなく存在感が希薄になっただけで、見えなくなるというわけではなかった。
そして、その効果に見覚えがあった。死んだダークエルフが持っていた魔道具だ。
あれも視認している状態からでは姿は隠せなかった。
おそらくはそれを知っていることを前提に見せたのだろう。
「なるほど、それでビビって逃げ帰ったわけだ」
だからイリガルだけは黒龍のことを知っていた。
「ええ、正直勝てる気がしませんでしたよ。だからあなたのような者が現れるのをずっと待っていたのです」
その特性上、攻撃を仕掛けようとすれば見つかってしまうのだろう。
「気の遠くなる話だな」
精一杯の皮肉だった。
それしか言えなかった。
「そうですね。あの黒龍の【破壊の力】の前には誰も敵わなかった。それに白龍の【守護の力】を貫ける者もいませんでした」
誰も敵わなかった──つまりブレット以前にも何人も送り込んでいるということ。それを聞いたブレットの眉がピクリと動く。
「【破壊の力】に【守護の力】……もしかして……!」
ペレがイリガルの言葉の意図に気付く。
「ペレ……でしたね。その通り、どちらかを倒す為にどちらかの力が必要だったのです」
イリガルはペレの名前も知っていた。見るのは初めてではないというのは本当なのだろう。
特にここ数年はブレットの周囲をよく見ていた節がある。
「だから俺だったのか」
「あなたのスキル【剛体】は【守護の力】に近い能力ですから」
『そうか。それでシェンが見えるのか』
『そうみたいだねー』
千年来の疑問がここでようやく解ける。確かにそういうことならブレットとシェンは『相性がいい』といえる。
「スキルのことまで知ってけしかけてたとはな。仲間内にしか話したことはなかったはずなんだが」
「ヒントは教会、と言えばもうお分かりでしょう」
「なるほどな」
つまり洗礼の儀は全て監視されていて、何かしらの手段で得たスキルを盗み見ていたということだ。
その手段を明かす気はないようだが。
そしてブレットのスキルを知った上で成長を待ち、黒龍から倒すよう誘導した、ということらしい。
「さて、ここまでがだいたいの目的といったところでしょうか。まだ何か聞きたいですか?」
「じゃあ、なぜこの国の住民まで移動させた? その必要はなかったはずだ」
ブレットを呼ぶだけならこんな回りくどいことをしなくても手紙の一通でも送れば済む話だ。
だが、ここまでの一連の出来事は全てイリガルによって動かされていたようだ。ならば、それにも意味があるとブレットは考えていた。
「そこからは母から継いだ目的の話ですね。それも前提の話からしましょうか」
イリガルはそう言ってふうっと一呼吸入れてからまた語り出す。
お読みいただきありがとうございます。
もう一話ネタバレ回が続きます。




