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第4話 亜人の少女 中編

「わかった。俺が買い取ろう」


「え!?」

「ちょっ! ブレットさん!?」


 ブレットの出した結論に理解が追いつかないオーナーとジギン。


 更に──


「あんた、本気かい?」


 キャリーだった。ちょうど客の相手を終えて、戻りが遅いオーナーと少女を心配して出てきたらしい。

 それがブレットとキャリーの出会いだ。


「ああ。金ならあるし、それが誰も損しないだろう?」


 ブレットの言葉にキャリーは組んでいた腕を解いて目を丸くする。


「あんたが損してる気がするんだけどねぇ」


「ん? お前も家事くらいはできるだろう?」


 何も言わない少女に問いかける。

 そこで初めて彼女は顔を上げ、ブレットの方を見る。


 歳はまだ十代だろうか。普通の人と同じ黒い髪の少し長めの前髪の間から紅い瞳が力強く見つめてくる。

 奴隷だというのに生きることを諦めていない眼。


「はい。一通りできます」


 初めて声も出した。女性にしてはやや低めだが、それでも奴隷という負の暗さは感じなかった。

 彼女の目を見て、その声を聞いたブレットは不老不死となって初めて「いい女だ」と思った。その前を含めると二人目だ。

 そして、娼婦にしておくのは惜しいと感じた。


「なら十分だ。俺の家で働いてもらう。さっき見せたように俺は治療ができるから血が飲みたいなら飲ませてやる。どうだ?」


 本当は単に不死だからでいくら血を飲まれてもブレットが死ぬことはないが、こう言った方が納得しやすいと思った。


「お願いします。どうか私を買ってください」


 ブレットの問いかけに力強く答える。


「というわけだ、どうだオーナー。こいつを買い取らせてくれねぇか?」


「あなたがそれでいいのなら、私に断る理由はありません」


 オーナーに金を取り出し渡す。額は金貨10枚。庶民の家なら一等地の物件が軽く買えるほどの性奴隷としては破格の金額だった。


 それが済むと彼女の隷属紋にブレットが右手を置き、オーナーの手が重なる。その手には隷属紋と同じ紋様が白く光っている。


「それでは……私はあなたにこの奴隷を【譲渡】致します」


 こうして取り引きが成立し、彼女はブレットを主人として登録された。

 ブレットの右手の甲には同じく紋様が白く光り、少女から離すと消えた。


「では、私はこれで……」


「待ちなよオーナー。それは店の金だろう?」


 去ろうとしたオーナーをキャリーが呼び止める。

 そもそも店に戻らずどこへ行こうというのか。


 逃げようとしたのでジギンに捕まえさせる。


 ブレットは少女を抱え上げ、キャリーに促されて店内へ入った。

 少女がブレットの胸に顔を埋めていたので誰も見ていないが、少女はその顔を紅潮させて悶えていた。


「色々と迷惑かけたね。私はキャリー。ここの顔役みたいなことをさせてもらってるよ。それで、その子のこと、本当に良かったのかい?」


 事務用の部屋に案内されてキャリーが頭を下げてから改めて確認してくる。


「ああ。俺は家事に疎くてな。毎回掃除屋に頼んでいたが、こういうのも悪くないだろう。部屋も余っているしな」


 ここドラギーユ王国に移ってきたときに家も用意されていたのだが、いかんせん大きすぎた。

 掃除屋というのは方便だが、あまりにも手が回らず気になったら【清潔クリーン】を使うようにはしていた。

 できれば普段からちゃんと家の管理ができるように家政婦でも雇おうかと考えていた矢先のことだった。


 料理にしても旅をしていた経験から焼いて味付けをするくらいはできるが、ちゃんとしたものが作れるわけでもない。


 ヴァンパイア族は血が食糧といっても普通の食事をしないわけではない。というよりむしろ血を飲む機会の方が少ない。


 高い金は払ったが、ブレットが損をしていないというのはあながち嘘ではなかった。

 亜人ということもあり、下手に解放するよりも手元で保護しておいた方が良いと判断したのも理由の一つだ。


「そういうことなら私も口出しはしないよ。もう契約は済んでることだしね」


 キャリーも諦めたという感じではあるが、納得したようだ。


「お前もそれでいいか? あー……っと、名前は?」


源氏名(店での名前)しか与えてないみたいだから別の名前をつけてやりなよ」


 少女に聞いたつもりがキャリーから答えが返ってくる。


「それでも両親から貰った名前くらいあるだろう?」


 それがあるなら苦手な名付けをせずに済む、とわずかに頭をよぎったが、それよりも少女がそれを大事にしているなら尊重しようとブレットは配慮する。


 しかし、少女は頭を左右にブンブンと振った。それによって長い髪がぶぁっと広がり、前髪が目を隠してしまった。

 ブレットは彼女の綺麗な紅い瞳が見えないのはもったいないと感じ、まずは前髪を切らせようと心に決めた。


「両親に売られた私がそれで呼ばれるのは苦痛です。ご主人様につけて頂けると嬉しいです」


 言葉遣いもしっかりしている。学が全く無いわけではなさそうだ。


「そうか……といってもすぐには思いつかない。少し時間をくれるか?」


『僕にはすぐに付けてくれたのに?』


『まだこの子をよく知らないからな』


 少女の返事よりもシェンが先に質問を入れてきた。


「はい、よろしくお願いします。ご主人様」


「ご主人様はやめてくれ。俺の名前はブレットだ」


「かしこまりました。ブレットさま」


 さま、もまだむず痒かったが、その眼に押し切られた。


「なんか似た者同士っスね」

「そうだね。そんな気がするよ。どっちも頑固者みたいだ」


 キャリーとジギンが二人を見て笑っていた。


「で、この子はもう連れて帰るのかい?」


 そういえばジギンと飲みに行くところだっだが、その気が失せてしまったな、とジギンに視線を送って頭を掻く。


「飲みはまた今度でいいっスよ」


 ジギンも気を遣ってくれたらしい。


「悪いな。それで、なにか都合が悪いのか?」


 思い当たるのはまだ営業中だから今日までは働け、ということくらいだったが、どうやら違うらしい。


「なに、綺麗にしてやろうと思ってね。聞いたよ。あの貴族の汚いモノをその歯で咥えたんだって? そんなままであんたんとこに行くのは可哀想だろ?」


「いや、それくらいは俺がどうにでもできるから……」


「ああ、色街には酒を飲みに来たんだろ? それなら私が働いてる店に行くといい。【舞姫】って店だ。私が後から来るって言えば通してくれる。そこの小悪党を捕まえてくれた礼だよ」


 キャリーはそう言うとブレットの返事も聞かずに少女を奥へ連れて行った。

 そして、ブレット達のやり取りの間ずっとオーナーはプレイ用の麻縄で手足を縛られて黙っていた。



 ブレットとジギンはキャリーの勢いに呆気にとられていたが、気を取り直して言われた店へ向かった。

お読みいただきありがとうございます。


すいません!

前回後編と言いましたが中編になってしまいました。

次回こそ後編です。

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