第42話 再会と報告
「俺にも気付かねぇとはレオンも緊張してんだな」
先程のワイバーンとの戦闘では仕留めたジュリィとペレが目立ち、手を出さなかったブレットに騎士団長のレオンは気付かなかった。
「仕方ないだろう。それに俺だけじゃない、皆戦争の経験などないのだ」
そう、ここしばらく国同士では小さな諍いすらなく平和な時代が続いていた。ブレットの記憶を遡っても、前回の戦争など百年以上前のことだ。ドラギーユ王国軍にそれを経験している者はいない。
それに対して帝国軍には多様な種族がおり、その時代を生きた者もいるだろう。
この経験の差は如何ともし難く、まともにぶつかればその差によって戦局が左右されるということもあるかもしれない。
レオンはそのことを理解しているが故に接近したブレットに気付く余裕がなかった。
「そのことだが、そんなに気張らなくていい。王国軍はさっきみてぇに守りを固めててくれればいい」
帝国軍もおそらく【催眠】によって操られているだけで、解放してしまえば停戦も可能だと考えている。
「やはり……そうなのか?」
レオンもその可能性には気付いていたようだが、確信を持つには至らなかったらしい。
「むしろそれ以外に今戦争を起こす理由がねぇからな」
ブレットにもそうだと言える確証はなかったので、一番納得できそうな言葉を選ぶ。ただ確証はなくとも、そうだと確信している。
「うむ。ブレットがそう言うなら信じよう。解除する時間を稼げば良いのだろう?」
「そういうことだ。できればどっちも死人は出したくねぇ」
ブレットとしては自分に原因があるかもしれない戦争など御免蒙りたい。だが、避けられないのならばせめて死者は出したくなかった。
「まぁ、こちらも精鋭の軍で、サンドリアにも増援を依頼している。守りに徹すればそう簡単にはやられないさ」
ドラギーユはブレットとは入れ違いで増援要請を出していたらしい。サンドリアの王も元々出すと言っていたので、増援は来るだろう。
その言葉にブレットも頼もしさを感じながら歩を進めて行った。
そして、一度野営を挟み、翌日昼過ぎには国境の砦に着いた。
「おお、ブレットさん! 来てくれたか」
出迎えたのはグランツだ。
「なんだ、国に戻らなかったのか? 代わりが来ただろ?」
グランツは二年もの間この砦に残っていて、【催眠】が解けたことでようやく戻れるはずだった。
「タイミングが悪かった。いざ戻ろうという時にスパイが見つかってな。長いことここにいた俺がいた方がいいだろう?」
グランツはこちらでの生活が長かった分、周囲のことも把握しているし、伝手もある。ブレットも悪いと思う反面、頼もしくもあった。
「そうか。残念だったな」
「そうでもない。ここに慣れているというのもあるし、俺はここの専任になるつもりだ。家族をこちらに呼べそうだからな。もちろん、戦争を終わらせてからだが」
「なるほどな。しかし国境に専任ってできるもんなのか?」
「普通は無理だな。だが、グランツなら問題なかろう。報告書で読んだが、認めるつもりだ」
「レオン団長! ありがとうございます」
ブレットの疑問にレオンが答えると、希望の通ったグランツが礼を言う。
「ただじゃ転ばねぇあたりはさすがだな」
レオンも気付かないうちに【催眠】を掛けられていた、というのは避けようもなく失態とは言えないものではあったが、その結果できたグランツの人脈などを報告書で知り、有効に活用するつもりらしい。
それと同時にグランツへの信頼も伝わってくる。
「まずは軍の皆を休ませよう。準備はできているか?」
「はい。仮設で床よりはマシといったところですが」
グランツ達砦の守備隊は王国軍を迎え入れる為にこの僅かな期間に準備をしていた。王国軍約千人を寝食させる準備を。
とはいえ食料に関しては王国軍も運んできている。問題は寝る場所の確保だったが、そこでグランツの伝手を使って大量の藁を用意して寝床としていた。
レオンはそれを確認すると、兵士達に食事を取らせたあと、そこで休むよう指示した。
「よし、私たちは情報の整理をしよう。ブレットとジュリィさんも聞いておいてほしい」
「わかりました」
「レオン、俺とペレは討伐ギルドとは別で動いている。ペレにも聞かせていいか?」
「もちろんだ」
「あ、ありがとうございます」
許可を得てペレを伴い執務室へ移動する。公私混同ではないことの説明をしたのだが、そもそもブレットがそうしたとしても誰も文句を言う者はいない。
「──と、そんなところです」
グランツが情報の共有をする。とはいえ、ダンから聞いていた内容とさほど変わっていないようだ。
むしろ、ジュノ側に変化がないというのが現状で、ドラギーユから出した密偵の報告待ちらしい。
その密偵も軍の最短での到着を想定して今日か明日には戻る予定とのことだ。
「なるほど、ならば我々も今は休んでおきましょう」
一通りグランツの報告を聞いたレオンがそう言ったときだった。
執務室に一人の男が駆け込んできた。
「大変です! あ、団長! ちょうどよかった!」
「どうした!?」
「それが、帝国軍が……!」
「落ち着け。何があった?」
「向かって来ているのは帝国軍だけではありません! 市民が……帝国の住民全てがジュノに向かっています!」
「なんだと!?」
戻ってきた密偵の齎した衝撃的な報告に全員が立ち上がり、言葉を失った。
お読みいただきありがとうございます。
どこかでダークエルフ側の話を入れるかそのまま進めるか悩み中です。




