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第38話 サンドリア帰還

 ブレット達は復路の山越えを始めていた。ウィスプの報告を受け、急いで戻る必要ができたからだ。

 帰りは戦闘することもなく山を登っていく。


「本当に襲ってきませんね」


「ああ、原初の精霊がここまでやってくれてんだ。期待には応えねぇとな」


 ウィスプは活性化を起こすこと自体は可能だと言っていた。ならば逆に人を襲わないようにもできるんじゃないかと提案してみたところ、ブレット達の進行方向くらないならばなんとか、と実行してくれた。

 活性化は本能を刺激するだけなのでそこまで難しくはないようだが、その逆は負担が大きいらしく、保護しつつそうするのはそれが限界だった。

 それでも今は魔族の守りとして配置している魔物が減らされるよりはとウィスプも納得していた。

 なにしろブレット達が来た時にかなりの数を減らしてしまっていたので、これ以上減らすのはウィスプも本意ではない。


 そういうわけで、ブレット達は山登りに集中することができていた。



「それにしても……まさか戦争だなんて……」


 ウィスプの齎した情報は衝撃的なものだった。

 ダークエルフが皇帝の補佐官らしい位置に就いていて、その配下にも数名いる、というところまでは予想できていた。

 だが、帝国軍が軍事行動を進めているというのは青天の霹靂だった。

 明らかに軍事演習ではないというウィスプの言葉に危機感を覚えたブレットはすぐに魔族の里を出ることを決めた。


「まだそうなると決まったわけじゃねぇが、何も準備してねぇのはまずい。早く戻って情報収集に動いてもらおう」


「わかりました。では……あの……少し恥ずかしいですが、私を抱えて走って下さい。その方が早いですよね?」


 ペレは護衛任務の際にブレットが馬より早く走る姿を目撃しているし、それに加えて【脚力強化】が使えることも知っている。

 抱えられて、というのは気恥ずかしいのと情けなさがあったが、今はそれを気にしている場合ではないと感じていた。


「そうだな。まさかペレから言い出すとは思わなかったぞ。それじゃ、行くぞ?」


 ブレットがペレを抱き上げると、ペレもしっかりとしがみつく。

 【脚力強化】を発動させて一気に駆け登る。普通の人間であれば何かしらの不調を起こしてしまうかもしれないが、ペレは往路でも全く問題なかった。

 それがわかっていれば最初からそうできたのだが、山登りの経験のないペレを連れてやるとなると不安があり、ブレットも普通に登ることを選んだのだった。


 その不安が解消されたこともあり、復路では僅か一日半で走破してしまった。


 来たときと同じ麓の地点で夜を明かし、サンドリアまでは二人とも歩いて戻る。




「ペレは右を。俺は左をやる」


「はい!」


 歩き出してすぐに、ブレット達は狼の群れに囲まれた。

 山の時のように一気に向かわなかったのは、朝その気配を察知したからだ。


 さすがに狼程度に苦戦する二人ではなかったが、この現状にブレットも焦る。


「間違いねぇ。活性化が始まろうとしてやがる」


「こんなときに……」


「どういうつもりなんだ。帝国だってただじゃ済まねぇだろうに」


 もはやダークエルフが活性化を起こしているというのは間違いなさそうなのだが、理由がわからない。

 ウィスプの話だと、世界中の魔物を暴走させようと思ったら、どこかだけ襲わないようにしたりはできないとのことだった。

 つまり、暴走した魔物は帝国にも襲いかかるということだ。


「戦争じゃなくて対魔物に備えていた、とかですかね?」


「だといいんだがな。とにかくサンドリアに急ごう」


 二人は魔物と戦う余力を残しつつ、急ぎ足で歩いていった。





「ブレットさん!」


「ダン!? お前、国境に残ってたはずだろ?」


 サンドリア城に戻ると、応接室にドラギーユ南の国境に連絡役として残してきたはずの【疾風】のダンがいた。

 そして、安堵するような顔を向けている。


「ブレット、戻ったか。彼がここにいる理由については私から話そう」


「陛下? ここにいるってことは帝国の件か?」


 謁見の間ではなく応接室に国王が出てきているのを見てブレットも察する。


「なぜそれを?」


 ブレットが向かったのは帝国とは真逆の方角だったはずなのにダンから報告された案件を知っていたことに驚くサンドリア王。


「まぁ、色々とな。俺も報告があるから、そっちの話を聞いたあとでまとめて話そう」


「わかった」


「ブ、ブレットさん……国王様と普通に話してる……」


 ブレットと国王のやりとりを見て、ダンが肩を震わせる。

 先程までただの連絡役のはずが他国の王と会うことになり、ガチガチに緊張していたのだが、ブレットの登場でようやく普段の落ち着きを取り戻そうとしていた矢先だった。


「ブレットは特別なのだ。それはともかく、彼はドラギーユに戻って報告を上げたあと、ここにも来てくれたのだ。ブレットからも労ってやってくれ」


「なるほど、そいつは大変だったな。まぁ、まだしばらくは休めねぇだろうが」


「できれば戦争に駆り出されるのは勘弁してほしいんですがねぇ」


 ダンもようやくいつもの調子が戻ってくる。


「まぁ、配慮はしよう。あとで泣き言いうなよ?」


 そんなダンにニヤリと笑うブレット。


「それってどういう──」


「まずは陛下が話そうって言ってるんだ。それを聞こう」


 自分を立てるブレットに苦笑いを返して国王は話を始めた。

お読みいただきありがとうございます。


少し遅くなってしまいました。


第二章、もうすぐ終わります。

次でまとまれば次回までです。

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