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第31話 狼の群れ

「狼……ですか? 大きいですが……」


 中腹を越え、雪の残る領域に入ると、すぐに狼の群れに前方を囲まれた。


「シルバーファングってやつだ。こいつらは魔法が効かない以前に素早くて当てづらい。試してみるか?」


「もちろんです!」


 ペレは力強くそう言って剣を抜いた。ブレットから渡されたブレット愛用の剣だ。

 魔法が効かなかった場合には剣で戦わなくてはならないことを言われなくてもちゃんと理解している。

 自分の魔法に自信は持っても慢心はしていない。


「弾速の遅い【火槍(ファイアランス)】は確かに当たらない気がしますね……なら【火矢(ファイアアロー)】を試します! サラちゃんもよろしくお願いします」


 眼前の一匹のシルバーファングに対して複数の【火矢】を生み出し放つ。

 サラマンダーの力を借りて威力も数も増した【火矢】が回避しようとしたシルバーファングの跳び退いた先にも降り注ぎ、その内の二発が捉える。


「どうですか……? っ!?」


 直撃した一匹は体毛が焼けた程度でダメージを負っておらず、ペレ目掛けて跳躍してくる。



「──とまぁ、こうなる」


 そこにブレットが割り込み、槍をシルバーファングに突き刺した。


「だが、良い威力と数だったぞ。ここの魔物じゃなかったら仕留められていたはずだ」


「残念ですが援護に専念します」


 ペレは事実を受け止め、すぐに切り替える。


「ああ、まとめて来られると面倒だ。【火壁(ファイアウォール)】を頼む」


「はいっ!」


 そう言ったときには一匹やられたのを見た他のシルバーファング達が迫ってきていた。


 そこに、ペレの【火壁】が行く手を遮る。


「やつらは火自体は恐れるみたいなんだ。【火矢】も回避しようとしてただろ?」


「なるほど……」


「じゃあ、やるか。壁に隙間作れるか?」


 ペレは返事をするより実行して見せる。

 炎の壁が真ん中で分かれて僅かな隙間ができた。

 その前にブレットが移動し構える。


 シルバーファングはその隙間から一匹ずつ飛び出して来るが、待ち構えるブレットに次々と倒されていく。


 その時──



「ペレ! 【火嵐(ファイアストーム)】いけるか?!」


 ブレットが叫ぶ。


「はい!」


「ボスがいやがった。フェンリルだ! 動きを止めてくれ! 【火壁】は消してもいい!」


 ブレットの指示にペレはふうっと大きく息を吐いて集中した。


 ブレットの言うそのフェンリルの姿は【火壁】の向こうで見えない。


「いきます!」


 ペレはそう宣言して【火壁】を解くと、その瞬間に見えた一際大きな狼──フェンリルに向けて【火嵐】を発動し、フェンリルは何もできず炎に包まれた。


 同時にブレットが残ったシルバーファングを仕留める。

 後ろで見ているペレですら目で追うのがやっとな程のダッシュからの突きで、逃げようとするシルバーファングですら追いつかれて貫かれていった。


「よし、ラストだ。タイミングを合わせてくれ」


 フェンリルを包む【火嵐】に向けてブレットが走り、ペレはそれをじっと見つめる。

 そして、ブレットが炎に飛び込む瞬間、【火嵐】を解除する。


「ギャウッ!」


 フェンリルは突然現れたブレットに対応することもできずに喉元を貫かれた。


「ペレ、完璧だ。あいつは自由に動かせると俺でも捉えるのは難儀するところだった」


 ブレットが賞賛する。

 捉えるのが難しいということはペレを守ることが難しくなるということでもある。

 それが、ペレのおかげでなにもさせずに倒すことができた。


「さすがに……緊張しました……」


 目にしたのは一瞬でも、初めて見るフェンリルの危険度は感じたようだ。

 ガクッと膝を突きそうになるところをブレットが抱き止める。


「まずは血を飲め。放出し続けて消耗しただろ?」


「はい……頂きます」


 実際に消耗の激しかったペレは素直にそのままブレットの首筋に歯を立て、血を飲む。




「立てるか? もう少しだけ進むぞ。この先に昔の仲間が作った洞穴があるはずだ。そこで今日は休む」


「わかりました。もう大丈夫です」


 ブレットの血で回復したペレはしっかりとした返事をして自分の足で立つ。


 ブレットは今の歩きやすく戦いやすい道を選びつつも昔通ったポイントを意識して進んでいた。

 道はなくなっても洞穴のようなものなら残っているだろうと考えていたからだ。

 この山には二箇所ほど当時作った洞穴がある。どちらかだけでも残っていれば安心して休息が取れると期待していた。もちろん初めての登山となるペレのためだ。



「しかし、雪の降る時期じゃなくてよかった。こんな炎撃ってたら雪崩が起きてるとこだ」


 今は夏だ。雪が残っているといってもほとんど固まっていてペレの魔法でもほとんど影響はなさそうだ。


「確かに……あまり考えずに撃っていました……」


「まぁ、大丈夫だろう。上の方は群れはいねぇはずだ。そうそう魔法も使わねぇだろうしな」


「それは少し残念ですね」


「そう言うな。危険は少ない方がいい。っと、見えてきたぞ」


 絶壁になっている部分に窪みがあるのがわかる。

 二人は警戒しながら中を確認し、安全を確保すると野営の準備に取り掛かった。



「息苦しいとか身体がおかしいとかはないか?」


「はい。今のところ異常はありません」


「そうか。ペレの体は丈夫だな」


 かつての仲間には別の山に登った時、なかなか山に適応できない者もいた。それを心配していたブレットだったが、杞憂で済んだようだ。


「ブレットの血を飲んでいるからかもしれません」


「ん? まぁ、そういうこともあるか……」


 自分もシェンの血を飲んだことで不死となった。そんな自分の血にもなにか効果があっても不思議ではないと納得した。


「ふふふ、ブレットの血で不死になれたらずっと一緒にいられるんですけど」


 そんな考えを読んだようにペレは微笑む。


「そういやヴァンパイア族は血を飲むと寿命が伸びるとか言われていたな」


「サキュバス族は精を取り込むと若返るそうですよ?」


 どちらも噂だけの話だ。


「なら、ペレはずっと一緒にいられるかもな」


 そう言って笑うブレット。そこには願望も込められていた。


「私が噂が本当だと証明してみせますよ」


 お互いに壁を背にして火を囲んでいた二人だったが、ペレはそう言いながら移動し、胡座をかくブレットの足の間にストンと腰を下ろした。


「甘えたくなったのか?」


「はい。今日はここで休ませてください」


 ブレットは素直なペレを後ろから抱きしめてそのまま二人で眠ることにした。



『素敵な二人ね。シャーロットが見たら妬いちゃいそう』

『仲良シ。いいこト』

『そうだねー。僕らで見張っててあげなきゃ』

『そうね。そうしましょう』


 眠る二人を精霊たちが見守っていた。

お読みいただきありがとうございます。


次回はちょっとした昔話を挟みます。

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