第30話 サラちゃん
「ブレット、私が寝ている間に何体倒したんですか!?」
ペレは怒っていた。
山を登り始めても全く魔物の気配がなかったからだ。
予想外の反応にブレットも頭を掻くしかなかった。
「サイクロプスが9体だな……この辺りはあいつらの縄張りだったみたいだな」
縄張りといっても魔物にはいろんな種類がいる。
同種なら近付くのもいれば、奪おうとするのもいるし、そもそも先客がいれば近付かないのもいる。
なのでこれは単にブレットが誤魔化そうとしただけだ。
「そういうことを言ってるんじゃありません! 本当に魔法が効かないのか試したかったのに……」
ペレも話に聞いていても実際にそんな魔物を見たことがないので体験しておきたかったらしい。
事実、魔法が効かない魔物というのは珍しい。
ワイバーン等のドラゴンにすら魔法は効くのだから。
本当に色々な意味でこの山は異常だ。
「わかったわかった。この先でいくらでも試させてやる。ただし、効かないとわかったらすぐに退がるんだぞ?」
「はい!」
二人はなだらかな道を選びながら登っていく。
途中で食事休憩を挟み、また進む。そして、気付けば夕方になっていた。
「だいぶ冷えてきたな。平気か?」
「はい、サラちゃんのおかげですかね?」
『オレ、ペレあったかくすル』
火の精霊サラマンダーには防寒能力もあるようだ。
「ありがとうサラちゃん。それにしても魔物いませんね」
「そうだな……千年前と変わらないようだ。まるで誰かが配置したみてぇだ」
その時も登り始めに魔物がいて、そこから中腹あたりの雪が残り続けるところまでいないという状態だったが、こうも分布が変わらないという場所は他にない。
「魔物を配置する、なんて……できるんですか?」
「俺の知る限りできねぇな。テイムだってできて二体だ」
その二体というのも超優秀と言われたかつての仲間の一人の話で、普通は一人一体だ。
それも一人一人相性の良い魔物というのがあって、同じ魔物をテイムして配置するなんてことはほとんど不可能に近い。
「聞いていた以上に来てみると変な山ですね」
「そうだろう? それじゃ、今日はもう少し登るぞ。明日からは安全な場所を確保でき次第休むことになるからな。前と同じならもうしばらく魔物は出ねぇはずだ」
「わかりました。それもわかっていて……いえ、なんでもありません」
「一日じゃわからんだろうが……単純に山を登るのも一つの修行だと思え。なかなか大変だぞ」
魔物と戦えないことを残念がるペレを宥める。
「はい。すみません」
「まぁ、ペレにはサラちゃんがいる分楽だろうけどな」
「ん? どうした?」
「いえ……ブレットもサラちゃんって呼ぶんだな、って」
意外そうな顔をするペレにブレットはなぜそんな顔をするのかわからなかった。
「ペレもそう呼んでるだろ?」
「そ、それは……サラちゃんは可愛いですし、シャーロット様もそう呼んでましたから」
「だろ? 俺だってそうだ。それに俺はサラちゃんの姿はずっと見えなかったからな。シャーロットがそう呼んでるやつとしか知らなかった」
ブレットにとってはずっと「シャーロットがサラちゃんと呼ぶ何か」としかわからなかった。だからブレットも「サラちゃん」と呼ぶしかない。
先日初めてその姿を見て可愛いとは思ったが、元々そう呼んでいたのでそれとは別の話だ。
「そういえば私はディーネちゃんも可愛いと思ってそう呼んでますが、姿は見えないのが普通ですもんね」
「そういうことだ。ペレは運がいい。初めてで三体も見れたんだからな」
『えへへ、ありがと、ペレ』
ブレットがそう言うと、ウンディーネが姿を見せてペレに礼を言う。もちろんブレットには見えていない。
ウンディーネはペレの肩から離れると、シェンの隣に移動する。
「ん? どうした? って、ディーネちゃんか。どうやったんだ?」
『あたしも覚えたのよー。どう? すごい?』
今度はブレットに話しかける。ウンディーネもサラマンダー同様に繋がる秘術をマスターしたらしい。
「そんな簡単な技術じゃないだろうに。ディーネちゃんもすごいな」
そう言ってウンディーネを撫でる。
『ちょっとー! 僕も撫でてー!』
「わかったわかった。張り合うな」
ウンディーネに嫉妬したシェンも撫でてやる。
その様子を見たペレがくすくすと笑っている。
「ブレットのそんな姿、初めて見ました」
「そうか? 俺だって見た目の良いものは好きだぞ」
その言葉にドキッとするペレ。思いがけず顔が赤くなる。
「ん? 辛いなら休むから言えよ?」
「だ、だ、だ、大丈夫です!」
「おい、大丈夫じゃなさそうじゃねぇか。一旦休憩だ」
「で、でも!」
「いい。動揺したまま進むのはよくねぇ。今のは俺も悪い」
そう言って適当な岩に腰掛ける。
ブレットが完全に休憩する体制に入ったのでペレも反論を諦めた。
「そういやちゃんと言ったことなかったもんな」
「な、なにがでしょう」
ペレはイマイチ自分が何に動揺してしまったのか気付いていなかった。
「嫁にする、とか嫁候補だとかは言ったが…………好きだぞ、ペレ」
今度こそ間違いなく自分にその言葉を向けられ、顔を真っ赤に染める。
そんなペレを手招きして膝の上に座らせる。
「私も……今ならそうだと言えます……。私もブレットが……す、好き……です」
見つめ合い、唇を重ねる二人。
そういう状況じゃないのは重々承知していたはずなのだが、体が動いてしまった。
唇を離し、また見つめ合う。そしてまた顔が近付く。
「落ち着いたか?」
「はい……」
「よし、行こう」
「はい!」
思いがけず長い休憩となってしまったが、二人にとって決して無駄な時間ではなかった。
特にペレには。
二人は再び歩き始め、この日は完全に日が暮れてから見つけた開けた場所で野営をすることにした。
お読みいただきありがとうございます。
おまけで入れるような話ですが、なんとなく今入れようと思いました。




