第29話 サナトス山脈の魔物
「さて、なんとか日が暮れる前に麓まで来れたな」
ブレット達はサンドリア北側の国境を出て、二日かけてサナトス山脈の麓に辿り着いた。
北側のここはどこの国にも属さない。ただし、魔物の発生に備えてサンドリアから警備隊が組まれ、定期的に周回している。
とはいえ麓までは誰もやって来ない。ブレット以外で来るとしたら、よっぽどの命知らずの馬鹿だ。
そんな麓で野営の準備を始める二人。
「何度か教えたはずだが、山の魔物の特徴は覚えてるか?」
魔物の発生には地形や環境によって大きく分けて三つのパターンがある。
一つは人里や街道近くの平原のような人通りによって魔素が薄くなり、発生しにくく、生まれても弱いパターン。
もう一つが森で、あまり強くない魔物が頻繁に生まれる。
そして、残りの山の場合についてペレに確認を入れる。
「はい。山は魔物が生まれにくい分魔素が溜まりやすく、強い魔物が生まれます」
人の近くで生まれにくいのはともかく、山や森で違いが出る理由は未だに解明されていない。
長い時を生きたシェンですらわからないと言うのだから、もはやそういうものなのだと理解するしかなかった。
一応シェンは精霊化した後の旅で、森には精霊が多くいたのを確認していて、それが原因じゃないかと予想していたが、その精霊の大半が意思を持たなかったらしく、解明には至っていない。
「正解だ。それじゃあこの山を含めた魔族の里周辺の魔物の特徴は?」
「魔法が効かない魔物が多い……でしたよね?」
「そうだ。前に一度言っただけだったがよく覚えてたな」
そう言って頭を撫でる。
「具体的には弱体化はまず効かねぇ。寒ぃところだからか冷気系や水系もダメだ。唯一効くのが火だな」
「だから私を?」
「いや? ペレを連れてきたのは一緒にいたかったからだ」
ブレットはペレが奴隷でなくなってからは名前で呼ぶことが多くなった。意識したわけではないが、ペレから「ブレット」と呼ばれるようになったことがキッカケになったようだ。
そして、直球をぶつけられたペレが照れる。
「火が効くといっても【火矢】や【火槍】みたいな貫通系は効かねぇ。【火球】の方がまだマシだが、それは大したダメージにならねぇ。だから【火嵐】で動きを封じるか、【火壁】で近付けさせねぇようにするといい」
「わかりました」
「囲まれてもペレが時間を稼いでくれりゃあ俺がトドメを刺せる。シャーロット達もそうやってここを凌いでいた」
ちなみにブレット一人で来たときは、死なない体を活かした特攻によるゴリ押しで通った。スキル【剛体】は反動による発動できない時間があるので対多数にはあまり意味がない。
シェンと戦った時のような一対一の状況であれば連発は無理でも発動時間をギリギリまで短くする事で反動を抑えて次の行動に移れるが、敵が複数だと結局攻撃を受けてしまう。
今回はペレがいるので、魔物が複数いればペレが足止めしている間にブレットが各個撃破していく作戦だ。
「なるほど……英雄様達の戦法なのですね」
「ああ。あの時は俺に如何に参加させないか、ってあーだこーだ考えたもんだ」
「わかりました! 私も考えます!」
「それでいい。だが、なにより大事なのは戦う場所だ。ここに道はねぇ。如何に早く広い場所を見つけてそこで戦うか。それを考えながら進め」
ブレットが仲間と通ったときも道なき道を選びながら進んだ。その時多少は通りやすいように地面を弄ったりしたのだが、さすがに千年以上前だ。残っていないし、当時とは若干地形も変わっている。
ブレットは魔族が里を出たのならその時通った道がないかとも思ったが、そこはもとより期待はしていない。
山脈なのだ。どこを通ったかなど、予想のしようもなかった。それこそ、空を飛んだと言われても驚かないくらいあらゆる可能性を頭に入れていた。
「はいっ!」
「よし、山登りはまず第一に体力だ。俺と違ってペレは初めてなんだ。しっかり寝ておけ」
ブレットの体力なら集中していれば一週間は寝なくても平気だ。つまり、今のブレットはそれくらい集中しているということでもある。
「では、おやすみなさい」
ペレはその指示に素直に従い、横になって毛布を被った。
「おいおい、しばらく来ねーうちにでけぇのの巣窟になってるじゃねぇか」
ブレットはペレが眠った後、様子見で山に入った。
そこにいたのはサイクロプスという単眼の巨人の魔物の群れだった。
「やっぱり先に一人で来てみて正解だったぜ」
この辺りはまだ大して寒くないせいか、出る魔物に火の魔法もあまり効果がない。
だからこそ数を減らしておこうと思ったのだが、想定よりも多い。
元々この山は異常なのだ。山に強い魔物が生まれるのはペレの言った通りなのだが、他の山の魔物は数が少なく、強いといっても人数さえ揃えれば討伐できないことはない。
なのにこの山は本来群れのボスとして生まれるような魔物がいきなり生まれる。それも他の山よりもその頻度が高い。
それが誰も越えたことがないと言われる所以なのだ。
第一次活性化の際にここに魔物が残っていたらと思うとブレットですらゾッとする。
「まぁ、知ってるヤツで助かったかな」
ブレットは槍を構え、サイクロプスの頭部に向かって跳躍する。
サイクロプスは攻撃の破壊力こそ脅威だが、弱点がその大きな眼球とわかりやすい。
ブレットの大槍の穂先が正確にその眼を捉えると、まず一体が地に伏す。
『右からくるよー』
「おうっ」
シェンは暗くても視えるらしく、的確に相手を捉えて教えてくれる。
ブレットの今の作戦は単純だ。自分に向いたサイクロプスの眼を順に潰していくだけ。
だからシェンには襲ってくるやつの方向を教えてもらっている。
襲ってくるなら眼はこちらを向いているし、古龍の槍なら合わせて突き立てるだけで十分倒せる。
というかこの槍、ブレットが本気で振るうにはあまりにも強力すぎた。
手に入れてすぐに試した跡が未だに山脈の山頂部分に残っているくらいだ。
これを持ち出したのはもちろんペレを守るためだ。実質自分の我儘で連れてきたのに怪我一つさせる気はない。
十体近くいたサイクロプスはあっという間に全て倒された。
『もういないよー』
「うし、戻るか」
シェンからの報告を受けたブレットはそう言ってペレのところに戻った。
お読みいただきありがとうございます。
ようやく最強ブレットの無双が……あっという間に終わりました。




