第2話 精霊の力
ギルドを出たブレットは色街へ向かった。そこには色々な店がある。
女性が接待し男性客に酒を振る舞う店、あるいはその逆の店。そして何と言っても男が精を発散させる娼館。
前者は高級な店が多いが、後者はピンキリである。
貴族御用達のものもあればランカーのような者が臨時収入の散財に利用する店、それこそ最近では多様な趣味に対応するべくやたらと凝った店まである。
ブレットがまず足を伸ばしたのは貴族御用達の高級店。といっても、ブレットは貴族ではない。金は有り余るほど持っているが。
「ブレットはなんでいつもちゃんと理由を言わないの?」
そう問いかけてくるのは精霊のシェン。
千年前に討伐した古龍が精霊化した存在だ。
古龍だったときと変わらない白く美しい体と碧い瞳だが、サイズは手に乗るほどしかなく、長く伸びていた二本のツノは丸く短い可愛いものになっている。
そんな可愛らしい半透明なシェンは背中にある二つの小さな翼をパタパタと羽ばたかせて肩に乗る。
『別に嘘は言っていない』
精霊は相性の良い者にしかその姿を見ることはできず、声も聞こえないので、普通に話してしまうと傍目には独り言を言っているようにしか見えない。
それをシェンに言うと、触れていれば頭の中で直接会話することができるらしく、それ以降はこうやって会話している。
もちろん常に思考を読まれるのは気持ちいいものではないので、普段は離れていてシェンが話したいときに声を掛けて肩に乗るのがいつもの流れだ。
『えーでも、アレするんじゃないんでしょ?』
シェンには絶対に覗くなと言っておいたのだが、シェンは好奇心に負けて一度だけブレットの行為を見てしまった。
初めは生殖を目的としないその行為への理解は難しかったようだが、何度も娼館の客が満足する様を見てある程度は納得したらしい。
『しようがしまいが娼館に行くのには変わりない』
シェンの疑問を切り捨てて、ブレットは目的の店の前に辿り着く。もちろん目的は発散……ではない。
「ブレット! 久しぶりだね」
声を掛けて来たのはそこで働く女。艶のある長い黒髪をかき上げる彼女は色街でなければ目のやり場に困るほど胸元の空いた赤いドレスを着ている。
「キャリーか。どうした? 客引きするほどヒマなのか?」
「まさか。そろそろ来る頃かと思って待ってたのよ。さ、入って」
キャリーと呼ばれた女が手で入り口を示すと、ブレットを先導して店の中に歩き出す。
ブレットは「勘のいいやつだ」と呟きながら付いていく。
「稼ぎはどうだ?」
「おかげさまで好調よ」
ブレットが世間話程度に振ると、キャリーは腰に手を当てて軽く振って答える。
「それじゃ、やるか」
「はーい」
キャリーには聞こえていないが、シェンが返事をして肩に乗る。
「まずは……【清潔】」
ブレットがそう唱えると、店内がパァッと一瞬輝く。
これは精霊の力を利用した魔法で、単純に綺麗になるだけでなく、風邪などの病気の原因を取り除くことができる。
ブレットはそれを定期的に来ては行なっている。
本来精霊が見えるのは魔法の素養のある者で、これくらいなら魔法さえ覚えていれば精霊の力なしでできるのだが、ブレットにはその素養はなかった。
シェンの血を飲んだことでわずかに自身だけでも魔法が使えるようにはなったものの、未だにできるのは【脚力強化】と【腕力強化】だけであった。
しかし、シェンと繋がっている場合は違う。
シェンは癒しの力が強いらしく、【回復】【再生】【解毒】そして今回使った【清潔】を使うことができる。
ほぼブレット本人には必要がなかったのだが、使い道は多かった。
また、シェンの持つ精製能力と合わせて薬を作ることもできる。これはシェンが特殊な精霊だからできることで、普通は精霊は魔法の補助をするという認識だ。
精霊の話自体はこの千年以上の間何度も耳にすることがあったブレットでもそんな特殊な能力を持った精霊は一度も聞いたことがなかった。
「相変わらずすごいね。一回で全部終わるのはブレットだけだよ」
キャリーが褒め称える。どうやら他の者に頼んだら複数回必要らしい。
ただ、精霊を見ることができないということはそれだけ詐欺を行う者も出てくる。精霊持ちと偽って仕事を受ける魔法使いもいるのだ。そしてこれが存外摘発が難しい。
キャリーが見た魔法がどういうものだったのか、使った者が精霊持ちだったかどうか、それは精霊持ちが立ち会わない限り見抜くことはできない。
要は精霊は他の精霊の存在を感知することができる。それをパートナーに伝えるかどうかはその精霊次第だが。
ただし、今回に関してはシェンの力が飛び抜けていただけだ。
「褒めても何も出ないぞ。ほら、次の分だ」
謙遜しながらボトルを数本収納袋から取り出して渡す。これは【解毒】を込めた液体の入ったものでスプレー状になっており、人に一振りするだけで体内外の有害物質を取り除くことができる。
性病がこの仕事では天敵だ。店の嬢が客と自分にこれを振りかけることでその危険を排除できる。
「助かるよ。あといつものもお願い」
「ああ。十日のでいいんだな?」
そう確認しながら粒状の薬の入った瓶を取り出す。
「私らも母親になることは諦めてないからね」
その粒は避妊薬だ。以前にキャリーから相談を受けてシェンと試したら作れてしまった。
十日間効果のあるものと永久に効果のあるものの二種類。
永久効果の方は受け取った者はほとんどいない。
娼館で働いているとはいえその理由は様々だ。自ら望んだ者、金を稼ぎに来ている者などはキャリーの言うようにいつか色街を出て結婚し、母親になりたいと思う者が多い。
ただ、高級店であるここには今はいないが、安い店には望まず働く者や場合によっては奴隷として買われて働く者もいる。そういった女は永久効果を望んだ。
「ありがとう。代金だけど……」
「接待酒場に出るときにまた酒を飲ませてくれればいい」
キャリーは昼と夜で仕事を掛け持ちしている。
「そう言ってアンタは金を置いていくじゃないか」
「酒代だ。それに話ついでに情報ももらってる。それで十分だ」
元手はタダなので、ブレットとしてもそれで儲けを出す気はなかった。
「はぁ……わかったよ。ブレットには何を言っても無駄だったね」
キャリーは両手を広げて呆れたように言う。
「下にも配るの忘れるなよ」
「わかってるよ。独占する気はないしね。色街が賑わう方が助かるんだ」
ブレットが念を押すと、キャリーは腕を組んで答える。
キャリーは色街で働く者達の顔役でもある。立場的にはいち従業員ではあるが、顔が広く、薬を広めることにも協力してくれている。
これに関してはブレットが全ての店に関与しなくて済むので助かっている。
討伐ギルドのマスターが干渉をしていると色街を取り仕切っている連中に余計な波風を立てることもない。
もっとも、そう思っているのはブレットだけで、実際はそういった者達からは今の色街があるのはブレットのおかげと感謝されているのだが。
お互いの立場もあって表立って礼を言えないのでこういう誤解が起きている。
「そういや、あの子は元気かい?」
そもそもギルドマスターとはいえ貴族ではないブレットが貴族御用達の高級店で働くキャリーと知り合うきっかけにはとある少女が関わっていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回ヒロイン?登場です。
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