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第28話 謁見

「ブレット、久しいな」


「久しぶりだな。お前も元気そうだ」


 謁見の間で国王とブレットが挨拶を交わす。

 ブレットはこれまで歴代の王達を幼少の頃から見てきたが、今代の王は特にブレットに懐いていた。といっても見た目だけならもう既にブレットを追い抜いている歳なのだが。

 それもあって謁見という形は取っているが、やり取り自体は対等だ。


 そうは言っても大陸最大の国、サンドリアの国王に向かって「お前」などと呼べるのはブレット以外には誰もいない。

 もちろん、即位直後はブレットも礼儀正しく話そうとしたのだが、国王ほか宰相達側近にまで気持ち悪がられ、結局元の話し方に落ち着いた。


「それで、わざわざ来たからには何かあるのだろう?」


 国王の問いに、ブレットはここへ来た理由を説明する。



「──そういうわけで、俺は北のサナトス山脈の向こう……そこにある魔族の里に行こうと思ってる。その道中の不安を減らす為にここに預けてある槍を持ち出す報告をしておこうとな」


「それをわざわざ言いに来たのか? ブレットらしいが、嬉しいぞ」


 そもそもがブレットはそれを持ち出す許可を得ているのでその報告の義務はない。

 そんな気遣いが国王には嬉しかった。


「偶にはお前の顔も見ておきたいしな。どちらにしろここは通り道だ」



「それで魔族が関わっているならそこにいくのは危険じゃないのか?」


 ブレットの次の目的地を知り、疑問と心配を同時に投げる。

 魔族に関しては昔のブレットの報告がこの城の中にのみ残されている。この国王もそれを読んでいるようだ。


「いや、前に行って会ったやつらは本当に外に出てくるようには見えなかった。だから今回は前回会えなかった精霊の話を聞こうと思ってる。何か知ってるならそこだろう」


 前回は近付くことすら許されなかったが、今回は事情も違う。多少強引でもそこに連れて行ってもらうつもりだ。


「精霊に話を……? 可能なのか?」


 国王もブレットが精霊持ちであることは知っているのだが、精霊同士がどうするかまでは精霊持ちでなければわからないことだ。


「シェンに橋渡しをしてもらうつもりだったんだが、シャーロットがその手間を省いてくれたしな」


「シャーロット殿が?」


 その返しに頷くと、シャーロットが編み出した精霊同士を繋ぐ秘術を伝える。

 それと合わせてシャーロットからウンディーネを預かり、ペレがサラマンダーを受け継いだことも伝えた。



「なるほど……それならブレットが行くのが一番か……というよりそもそもブレット以外にはサナトス山脈は超えられぬのだが」


 国王もそれを聞いて納得する。


「お前たちはこの国を頼む。不自然な言動をするからすぐにわかるだろう。それに今言ったようにシャーロットにはもう精霊はいない。精霊たちの力で永らえていたようだから……」

 

「それではシャーロット殿は……」


「ああ、おそらくは……既に」


「そうか……」


 国王もそう言ってしばらく目を閉じていた。ブレットもその目が再び開かれるのを待った。



「あいつの遺言だ。俺に「寝顔を見られたくない」らしい。だから、俺のいない間にこの国で弔ってやってくれ」


「わかった。任せてくれ」


 ブレットの依頼に力強く答える国王。

 そして、王の指示でシャーロットの部屋は立ち入り禁止とし、昼食は予定通りに用意して同時に様子を確認する、ということになった。


 その後、シェンが国王や側近たちに加護を与え、ブレット達は退室した。



「こっちだ、ペレ。ここから先は城の者は知らないからな」


「は、はい」


 向かう先は秘密の保管庫。今ではブレットと国王しか知らない場所だ。


「それにしても……お前が俺に命令するとはな」


「も、申し訳ありません……」


「いや、怒ってるわけじゃねぇ。ただ、聞きたい。なんでキスさせたんだ?」


 シャーロットとの最期のキスはペレの後押しを受けてのことだった。


「私は自分の生きる糧と快楽の為にブレットさまとの子供を拒否した女です。シャーロット様は望んでも得られなかったというのに──」


 ペレは永久効果の避妊薬を飲んだ。だからこれからもブレットの子を身篭ることはない。その事が負い目になったようだ。


 そう言い、なおも自分を卑下しようとするペレの口をシャーロットにしたように塞ぐ。


「むぐっ」


「お前に快楽を求めてるのは俺も同じだ。だからそのことでお前が負い目を感じる必要はねぇ。それにもしかしたらシェンと妊娠できるように戻せる薬くらい作れるかもしれねぇからな」


「ありがとうございます」


「それにだ。お前はもう奴隷じゃねぇ。その敬語と「さま」はもうやめねぇか?」


 ブレットもペレに対して感じていたことを良い機会だと伝えた。奴隷であったときはどうあっても変える気はなさそうだったが、今は違う。


「ココットにも言ったのですが、話し方はこれが私の普通なので……ですが、その……ブレットと……呼んでも──」


 ブレットはペレが言い終わる前に抱きしめた。


「十分だ。何度でも言うが、お前はいい女だ。ペレ」


「ありがとうございます、ブレット」


 そして、これ以後ペレは「ブレット」と呼ぶようになった。

 ブレットも今はそれで満足するのだった。



「さて、ここの床だ」


 とある一室に入り、下を示す。

 その部屋にはこれまでブレットが王に献上した物が雑多に並べてある。置いたのがブレット自身だからだ。

 いざというときはここを解放し、売ったり使ったりとその時に必要なようにしてくれと言ってある。


 そして床のカーペットを剥がすと扉があり、ブレットの持つ鍵で開く。これだけはブレットが自分で使う為に残していた。


「綺麗です……」


 そこにある槍を取り出すと、ペレが感嘆の息を漏らす。


「シェンの生前の体で作った槍だからな。俺も美しいと思う」


 柄尻から刃まで真っ白で龍の模様が走る、長身のブレットの倍はある長い大槍。

 それは精霊となったシェンが自らの精製能力で死んだ自分の体を使って作り上げたものだった。


「シェンは凄いんですね」


 ペレがそう言うと、シェンは「へへん」と胸を張った。ペレには見えていないのだが。


「よし、これでこの城での目的は終わりだ。今日の残りの時間で山登りの準備をするぞ」


「はいっ」


 そう言って二人は城を出る。

 そして、城門へと歩く途中で立ち止まって振り返る。


「シャーロット……」


 ブレットは胸に手を当て、目を閉じた。

 そこにペレの手が重なり、更にウンディーネとサラマンダーも集まる。


「ありがとう」


 ウンディーネのその言葉は誰にも聞かれることなく響いた。

お読みいただきありがとうございます。


次回から山登りを始めます。

戦闘2話、昔話1話でまとまるといいなあ、という予定。

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