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第26話 シャーロット 中編

「あの……皮肉って……?」


 ペレはシャーロットが笑った理由もその言葉が意味するところもわからず問いかけた。


「私はブレットの妻に()()()()()()のよ」


「……お前が言い出したことだろ?」


 ブレットにとって唯一ペレに聞かせたくない話ではあった。ここに連れてきた時点でそれは無意味とわかっていたのだが。

 むしろ自分の口で言えず、シャーロットに甘えているという状況なのだが、その自覚はない。


「ブレット……千年前のあの約束の二年間は……私の長い人生で一番幸せな時だったわ。本当よ?」


 シャーロットは目を潤ませて言う。


「約束?」


「ブレットはあの時迷ってたの。私と一緒になるか旅に出るかでね」


「俺がここにただ残っても出来ることはない、そう思っていた」


 仲間達には人を纏め導く才能があった。

 そんな中でブレットにできるのは戦うことだけ。ならばせめて見識を広めたい、そう考えていた。

 シャーロットを愛する気持ちがあったからこそ何もせずに残ることに抵抗があった。


「だから……二年っていう期間を決めて約束したの。ブレットが決断できるように」


「何を……?」


「子供よ。二年で子供ができたら私と結婚しましょうって」


 シャーロットも役職には就かず、夫婦で子育てをしながらのんびりと過ごす。それも一つの選択肢だと提案されたのだった。


「でも……エルフって……」


 ペレもエルフに対する知識があるようだ。


「そうね。私達エルフの妊娠周期は十年に一度あるかどうか。可能性は低かったと思うわ。でも……ブレットとなら超えられるかもって、家族で過ごす毎日もいいな、って……思ったのよ」


 長寿種族はその寿命の長さに合わせるように子供を産む頻度も減る。だからその種族が爆発的に増えることもない。


「でも……何度この身にブレットの精子を受け入れても……私は妊娠できなかった」


「そして約束の二年が経っちまった」


「ふふふ、惜しいと思ってくれてたのね」


「当たり前だ!」


 珍しいブレットの怒鳴り声にシャーロットもペレも驚く。


「あの時の俺はエルフが妊娠しにくいことなんて知りもしなかった」


「ホントあの頃のブレットは戦うことばっかりだったわね」


 思い出してクスリと笑うシャーロット。


「自惚れじゃなくあなたから愛されてることはわかっていたわ。でも、だからこそあなたが迷ったまま側に居続けることは耐えられなかった」


「だから踏ん切りを付ける必要があったんですね」


「そう。それで私もブレットも一緒になることを諦めたの」


「じゃあ、皮肉っていうのは……私が結婚しようとしてるから……?」


「その通りよ。でも、ちょっと嫉妬しちゃっただけ。それに後悔はしていないわ。国の危機にはちゃんと駆けつけてくれたし、こうやって最期に会いに来てくれたしね。手紙、読んでくれたんでしょう? 手紙に書いた通り、ちゃんと紅茶も用意してあるわ。ペレも一緒に飲みましょう」


 そう言ってサイドテーブルに置かれたポットに魔法で湯を注ぐ。


「手紙……?」


 しかし、ブレットには全く心当たりがなかった。


「やだ、読んでないの? ディーネちゃんに届けてもらったはずよ?」


「いや、知らないな」


 首を左右に振って答えるブレット。


「ディーネちゃん? ブレットの机の上に置いてきてって頼んだわよね?」


『私知らなーい』


 シャーロットが持つもう一体の水の精霊ウンディーネは水でできた少女の姿をプイッと後ろに捻りながらシャーロットにだけ答えた。


「ディーネちゃん。手紙をどこへやったの? 答えて」


『……机の引き出しに入れてきた』


 そっぽを向いたままウンディーネは答える。


「あなた……それじゃブレットには取り出せないじゃない。あの引き出しは私が作ったものだって知ってるでしょう?」


 ブレットの執務机の引き出しは特別製だ。ブレット以外が開くと普通の引き出しだが、ブレットが開くと収納袋と同じ物になる。

 それを作ったのがシャーロットだった。


『だからだもん。この人、あたしのこと見えないくせにあたしよりシャーロットに頼りにされてるなんて……』


『ヤキモチ、ヤキモチ』


 問い詰められ、自棄になったように話すウンディーネにサラマンダーが割り込んでくる。


「あらあら。ごめんね、ディーネちゃん。でも、安心して。お話できる方法、見つけたのよ」


 ここまで秘めてきたウンディーネの思いを聞いて、シャーロットは優しく微笑む。


『えっ?』


「ねぇ、ブレット。この子、あなたとお話したいみたいなの。私もあなたのシェンとお話したいわ」


 良い感じになったポットからティーカップに紅茶を注ぎながらブレットに提案する。


「どういうことなんだ?」


 見えない精霊と話すなど聞いたこともないブレットは困惑する。


「サラちゃんに覚えてもらったわ。シェンもいらっしゃい。こっちでみんなで手を繋いで……」


 三体の精霊が手と前足を繋ぐと、全員の視界に全ての精霊の姿が映った。


「さ、偶然でもいいわ。来てくれてありがとう。一緒にお茶会しましょう」


 そう言ってシャーロットはそれぞれに紅茶の入ったカップと収納袋から取り出した茶菓子を配った。



「わーすごーい。みんな見えてるんだ!? 僕の声、聞こえる?」


「聞こえます。あなたがシェンなのですね」


 シェンが嬉しそうにそう言うと、ペレも同じく嬉しそうに答える。


「あ、あたしのこと、見えるの?」


「ああ。ちゃんと声も聞こえるぞ」


 ウンディーネが恐る恐る尋ね、ブレットの答えにビクッとする。


「シャーロットのお手紙、ちゃんと届けなくてごめんなさい!」


 小さな精霊なのに人型なせいか頭を下げている人間のように見える。


「気にするな、こうやって会えた。それでいい」


 ブレットもこうして会えている以上特に文句はない。


「素直な良い子でしょ? ブレットにこの子を預けたいんだけど、いいかしら?」


 我が子を自慢するようにウンディーネを褒めると、シャーロットはブレットにそう提案した。

お読みいただきありがとうございます。


やはり必要な部分なので切れませんでした。

次回後編です。

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