第24話 サンドリアの討伐ギルド
出発から七日目の夕方、ブレット達はサンドリアの城下町へと到着した。
そこで運び屋の御者と別れ、徒歩で討伐ギルドへ向かっている。
「ギルドの用事は顔見せと報告くらいだ。それが済んだらこっちの俺の家に行こう」
当然だが、サンドリアにも自宅がある。ドラギーユの家と違い、自分で選んだ街外れにある平屋建ての質素な家だ。
仲間達の配慮で周囲の土地は国が保有し、近所には誰も住んだりできないようにされている。
近所付き合いなどで見た目に変化のないブレットを不審がられないようにする為だ。
「はい! 楽しみです!」
ペレはようやく来ることができたブレットの故郷にテンションが高まっている。
本来なら魔導学院の夏季休暇の護衛で来るはずだった。それが目的地が変更になってしまい残念そうにしていたが、結果だけみればブレットと一緒に来るというペレには最高の状況になった。
「ブレットさん!?」
ギルドの扉を開けるなり近くにいた男が反応した。そして、その声に連鎖するように驚きと喜びの混じった声がギルド中に広がっていく。
「おう、お前ら落ち着け。久しぶりだな」
「久しぶり……じゃないですよ!」
「ブレットさんがドラギーユ支部に移ったって聞いてどれだけの人が落ち込んだか……」
「人っていうか、女な」
「って、隣の美女は!?」
「もしや!?」
「落ち着けって。こいつはペレ。俺の……まぁ、嫁候補だな」
ブレットのその発言にギルドが壊れるんじゃないかという程の声が爆発した。
ペレの顔面も爆発寸前だ。
「か、可愛い……!」
「やべぇ。ブレットさんの女だってわかっててもやべぇ」
「おい、バカやめろ!」
男たちはペレにも反応する。
「これはブレットさんが落ちるのもわかるわ」
「そうね。完敗だねー」
「ペレちゃん、おめでとー!」
「私達が何年かけてもできなかったことをこのたった三年であっさり……」
対して女の方もペレに脱帽、といった様子だ。
ちなみに実際は僅か一年だ。
「ぶ、ぶ、ブ、ブレットさま!?」
さすがのペレも見たことのないくらい動揺していた。
「なんだ? 本気だぞ?」
「う……嬉しい……です」
ガバっとフードを被って目元まで引っ張りながらそう言ったペレの仕草にまた声が上がる。
「それで、パンセはいるか? 顔見せとあいつに用があって来たんだ」
「は、はいっ、ギルドマスターなら執務室に!」
「こんな煩かったら出てくるわよ」
ブレットが探していたギルドマスターのパンセという人族の女性はドラギーユを任せたミーナよりも若い。
長い黒髪をハーフアップで後ろで結んでいて、つり目で勝気な黒い瞳は何人もの男をダメにしてきた。──といっても仕事は完璧にこなして帰ってくるのだが。
そして、騒ぎを聞いて出てきていたようだ。
「お、パンセ、久しぶりだ。ちょっと報告と相談がある」
「お久しぶりです、ブレットさん。では、執務室で聞かせて頂きます」
パンセの先導でブレットとペレは執務室に入り、そこのソファーに腰掛けた。
「なんだ、お前まだ独り身か?」
「貴方のせいなんですけどねぇ。というか、嫁候補なんでしょう? 聞かせていいんですか?」
ペレを見ながら呆れたようにそう言うパンセ。
「ブレットさまがおモテになるのは存じておりますので。お構いなく」
それでもペレは動じない。
「はぁ……。まぁ、これくらいじゃないとブレットさんの相手は無理ですよね」
「なにか過去にあったのですか?」
「貴女ならわかるでしょう? この人の相手をしたら他の男なんて満足できるわけないじゃない」
「ああ……それは……たしかに」
右拳をポンと左手に乗せて納得する。というか、過去の女の話に対するリアクションではない。
「そろそろ本題に入っていいか?」
「貴方が振った話でしょうに」
そう返したパンセをブレットはため息を吐きながらじっと見つめる。
「あーはいはい。私が興味本位で抱かれたのがいけないんですー。わかってますよー」
お手上げと言わんばかりに話をまとめるパンセ。その態度はまるで子供のようだ。
「それじゃ、まずは相談の方からいくぞ」
「わかりました」
ようやくお互い真面目な顔になる。
「ペレは先日中級に上がったんだが、まだ洗礼を受けてなくてな。来年21になるし受けられないか?」
「え? 中級? この子が!?」
「ああ。魔法も剣も相当な才能だぞ」
「はぁー。あ、いえ、ごめんなさい。ブレットさんがそう言うなら間違いないでしょうね。それで、洗礼ですけど、前例はありますし、問題ないと思いますよ」
21歳での洗礼は問題なさそうだ。このパンセに聞いたのにも理由がある。
「そうか。よかった。やはりお前に聞いてみて正解だったよ」
「ブレットさんが興味ないことを知らなすぎるんですよ」
「いや、お前の知識量が凄いんだ。頼りにしている」
ギルドマスターを任せたのもその知識量の多さを買ってのことだった。
「もう……またそういうことを……」
「ダメです」
珍しくペレが止める。
「わかってるわよ。貴女のご主人様にはもう手は出さないわ」
その答えにペレは驚く。奴隷だとは言っていないはずなのだ。
「よくわかったな」
「女のカンですよ。解放したいんですよね?」
「ああ」
「えっ」
その話をするのは初めてだったのでペレが焦る。
「話してなかったんですね。まぁ、当然ですけど」
「どういうことでしょう?」
すぐにその焦りが思い過ごしだと気付き冷静になる。
その頭の回転の速さにパンセも驚く。
「貴女みたいな子はね、奴隷商で解放しようとすると──」
「奪われるだろうな」
ブレットが食い気味に続く。
奴隷商の犯罪の大半がこれだ。解放された奴隷を隷属魔法の上書きで自らの奴隷にしてしまう。
こうなるとそれを解放させるのにまた手間がかかる上に最悪逃げられる。
なので解放は状況を整える必要があるが、奴隷の解放程度では騎士団は動かないし、あまり脅しのような状況だと奴隷商が嫌がる。
嫌がる時点で信用できないわけだが。
「そうなんですね。でも私は別に──」
「俺が嫌なんだ」
解放されなくても──そう言いかけたペレの言葉を遮る。
「なら……シャーロット様なら何かご存知かもしれません」
「そうか。わかった。とりあえず相談はこれだけだ。あとは報告だな」
ブレットは自分の現状と今起こっていることやここへ来た理由などを説明する。
「わかりました。ギルドにはブレットさんもご存知の精霊持ちのフィアが居ますので、動いてもらいましょう」
「頼む。城の方は明日俺が向かう。シャーロットがいるから大丈夫だろうが」
「シャーロット様を呼び捨てにできるのはブレットさんくらいですね……と、それはともかく、シャーロット様は……」
「ん? あいつがどうかしたのか?」
「いえ、もうかなりお年を召していらっしゃるので無理は……」
パンセは含みを持たせつつ、ブレットの考えを否定する。
「そうだったな。やはり俺が動こう」
「そうですね……」
ブレットはパンセのその態度に疑問を浮かべつつも、聞いても答えないだろうと話を切り上げた。
「さて、家に帰るか」
「ブレットさま」
「ん?」
「ありがとうございます」
「気にすんな。念のため聞いとくが、奴隷から解放されてもついてきてくれるか?」
「もちろんです」
「ありがとう」
「どういたしまして」
お互いに礼を言い合って、ブレットの家に向かった。
お読みいただきありがとうございます。
元カレ元カノトーク、私だったら耐えられません。




